「どうする」
ロウの猛禽の目が、アユミの答えを待っている。
副団長は、ずっとわたしのことを考えてくれていたのだ――そう理解した。
衛士でなくても、剣を生かせる場所はある――厳しい問いかけであった。アユミにその決断を迫るのは、深いやさしさだった。それも理解できた。
アユミもずっと考えていた。
学院のこと。トーキョーのこと。
ジン先生のこと。トーマのこと。
衛士であること。
明鏡流の剣士であること。
亜弓=ヴェルノであること。
返答は決まっていた。
アユミは言った。
「続けます。衛士でいさせてください」
「――わかった」
ロウはかすかに唇をゆるめた。
「これからも頼むぞ」
「はい。がんばります」
アユミは一礼してから、後ろを向いた。
ユキトとヒトシが病室の入口から顔を出していた。
「アユミさん、これからもよろしくお願いします!」
「はい、こちらこそ」
やっと真っ直ぐこちらを見てくれたヒトシに、アユミは微笑んだ。
「何をもったいぶって訊くのかと思ったら、ばっかくせえ。ロウは過保護すぎるよ」
ユキトが頭を掻いて、ロウをじろりと見やった。
「アユは大丈夫だって言っただろう。もっと気楽に行こうぜ」
「あなたが気楽すぎるから副団長が苦労なさっているとは思いませんか」
「ほら、かっこいい格好してても、いつもの俺にだけ厳しいアユじゃん」
ユキトは言って、こんなふうに続ける。「落ち込んでも、絶望しても、アユはアユだ。俺はそれを知ってる」
アユミは、ユキトを見つめた。
こんなふざけた人だけど、わたしはこの人に見守られ、導かれているのだ――それは認めざるを得なかった。ユキトさんがいなかったら、わたしは本当に何も護れず、トーマくんの魂を救えず、自分も冥いところに堕ちていた……
「ユキトさん」
「うん」
「今後もよろしくご指導ご鞭撻のほどを――」
「いきなり硬えな! 厭味か! ベンタツって意味わかって言ってる?」
「まさか……ユキトさんがこんな難しい熟語をご存じのはずは……」
「それ! まさにそれ! 鞭でピシピシ打ってくるのはどっちだよ」
頬をふくらませるユキトに、アユミは内心でそっと誓う。
護ってあげると言ってくれたあなたと、いつか並び立って戦えるように。
あなたと共に大切なものを護れるように、きっとなります、と。
*
いったん寮の自室に帰って、制服に着替えた。
鏡面に映る少女は、立ち襟のジャケットを着て、ネクタイをきちんと締め、折りめのついたスラックスに足を通している。
髪にブラシを入れ、化粧を落として、眼鏡をかけ直す。
左の腰に、刀を差す。
いちばん自分らしい格好にもどって、アユミは安堵の息をついた。着飾るのが楽しくなかったわけではないが、やはり、これがもっとも落ち着く。
衛士の服装だ。
今度は巡視のために、朗読会の会場に出入りする。
――これはこれで、キョウコさんたちに喜んでもらえるかもしれない。
そんなふうに考えた自分にぞっとして、かぶりをふった。いけない。彼女たちの謎の熱意に当てられておかしくなっている。気を引き締めなければ。
会場の庭園に行く途中で、時計塔の前を通った。
足を止めて、見あげる。
竜の爪痕が刻まれた、〈大戦〉の記憶をとどめる絢爛な建造物。
たとえ幻生物の王が還ってきても、わたしは戦うだろう。ここで生きる人たちを護るために。わたしの魂のために。
戦う。どんな敵でも。
「――おばけでも、神さまでも」
そうつぶやいて、アユミは再び歩き出した。
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