カズヤが悲鳴を上げた。
魂消る――と言うが、まさに聞いた者の魂が吹き飛ばされてしまうような、ものすごい悲鳴だった。
影を斬れば本体も斬れる――ひと抱えもある樹木を切断できるユキトの魔術剣が、カズヤの頭を薙いだのだ。筆舌に尽くしがたい酸鼻な光景が、庭園にいる皆の目に焼きつくはずだった。
竜の仮面が割れて落ちた。
縛っていた髪がほどけて、ばさりと広がった。
外にさらされたカズヤの顔は、一瞬にして何十歳も年老いたように生気を失っていた。
だが、それだけだった。
「あっはっは、ビビってる」
ユキトは悪戯小僧のように笑った。
見守るアユミはとても笑えなかった。戦慄が身体を震えさせ、それをこらえるのに必死だった。ユキトは手加減して、仮面だけを断ったのだ。「あまり好きじゃない」と言いつつ、そこまで自在に魔術剣を扱えるのか。
「よし、構えて、カズヤ」
ユキトはさらに信じがたいことを言った。「俺はこれからまっすぐお前に向かっていって、お前の左肩から斜めに斬りつける。わかった?」
「か、攪乱か」
カズヤはなけなしの気力を振り絞って、刀を掲げた。
「そうやって予告すること自体が小賢しいフェイント――」
「フェイントじゃない」
カズヤを遮って、ユキトはきっぱりと言った。
「他の動きはしない。なんの飛び道具も魔術剣も使わない。このままお前に近づいて、左肩から斬る。それだけをやる」
ユキトは初めて、両手で刀を持ち、身体の正面で中段に構えた。
一般に正眼の構えと呼ばれる、基本的な姿勢だ。
その美しさ。
アユミは一瞬、すべてを忘れて見惚れた。
正眼の構えとはこうあるべきという理想のバランスだった。これをできるようになるために、剣士は稽古を積むのだ。その「これ」が、ユキトから生み出されていた。
「アユ、合ってる?」
「な、何がですか、今度は」
「セーガンの構えってこんな感じだっけ。めちゃくちゃ疲れるんだけど。いいのかな」
「完璧……です……」
それ以外の回答はできなかった。
「たまにアユに全肯定されるとかえって怖えな」
そんなことを言って、ユキトは笑った。
こんな状況で、アユミの反応に対して、軽やかに笑うのだった。
「――怖ろしい男だな」
「トーマくん!」
トーマがアユミのそばに来ていた。もちろん、兄弟子の目にも、ユキトの正統的な構えは宝石のごとく輝いて見えているはずだった。
「徹底的に、カズヤを叩き潰すつもりだ。どんな『たられば』も許さないように」
「うん……そうだと、思う」
勝負に「たられば」はないと、よく言われる。もし少しでも条件が違っていたら負けなかった、あのときに別の攻撃を仕掛けていれば勝っていた――そんな仮定は無意味だ。結果がすべてだ。それは、その通りだとアユミも思う。
だが――
努力を重ねたら、次は勝てるかもしれない。
諦めなければ、いつか強くなれるかもしれない。
それは、未来への希望だ。
「そういう『希望』を根こそぎ奪われた者が、挫折から立ち直り、成長することはできない」
トーマは言って、カズヤを痛ましそうに見やった。
優秀な指導者でもあるトーマは、その残酷さをアユミ以上に知っている。
だから――ユキトは本当に怒っているのだと、トーマとアユミは心の底から理解できるのだった。
圧倒的という言葉をいくつ重ねても足りないほどの実力差を示して、剣士としてのカズヤを、完全に殺す気なのだ。
「カズヤ、行っていい?」
「う……」
カズヤはうめく。
「心の準備ができるまで待つよ。何時間でも」
「うああ……」
カズヤは退がる。
「今日はもう無理なら、明日にしようか」
構えを一ミリも崩さず、ユキトは穏やかに言葉を重ねる。
もうやめてください――
アユミの喉まで、そんな叫びが出かかった。まさか、カズヤを庇いたくなるような気持ちに自分がなるとは想像もしなかった。
――明日まで休んで、それからまた、このユキトさんと向き合う? そんな精神力、わたしにはない。
次にユキトが動いたとき、この戦いは終わる。
その瞬間を見届けるのが、この庭園にいる皆に課せられた責務であるかのように、ロウも、マダムも、トーマも、コノミも――誰も彼も、息を詰めて、ユキトとカズヤの対峙を見守っている。
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