視界が明るくなった。
部屋の灯りがついたのだ。それで、日が沈んだのだと気づいた。
ベッドに腰かけてぼんやりしていたアユミは、
「おかえりなさい」
と、帰ってきたルームメイトを笑顔で迎えた。
キョウコは痛ましげにアユミを見つめる。
「だいじょうぶ、アユミさん?」
虚ろな笑顔なのは、自分でもわかっていた。
「ごめんなさい――わたしが暗いと、キョウコさんも暗くなりますよね」
「そんなこと言ってないわ」
キョウコはちょっと憤然とした。
「ごめんなさい」
アユミはふたたび謝って、キョウコを嘆息させた。
先週からずっと、無気力が続いている。肉体の疲労は、治療院で三日三晩眠り続けることで回復した。問題は精神だった。
剣道部が使っていない格技場の前を通るたびに――
別の講師が教える近代史の授業を受けるたびに――
内臓がギュッと縮んで息苦しくなる。
剣の稽古にも、授業の予習や復習にも身が入らず、ただ部屋でじっとしていることが多かった。
最低限のやるべきことは、なんとかこなそうとしている。だが、アユミにとって、ゲオルギウス学院衛士団での生活は「こなす」というレベルで足りるほど甘くない。小さなミスを冒すたびに叱られたり、労られたりする。後者のほうが堪えた。
ユキトやロウも、こんな憂鬱を幾度も克服してきたのだろうか。それとも、アユミのように悩んだりしない強さを最初から持っていたのだろうか。
「アユミさん」
キョウコはアユミのとなりに座った。「明日はいよいよ朗読会ね」
「ドレスを貸してくれる約束だったのに、無駄になってしまいました」
明るく言ったつもりだが、声は弱々しくかすれた。
アユミが唯一、パーティに誘おうと思っていた相手は、もう学院にいないのだ。
アユミが与えた傷が癒えれば、治療院から、社会と隔絶したところへ送られる。そこから何年も還ってこられない。
「無駄だなんて言わないで。ねえ、いっしょに出ましょう」
「ごめんなさい」
アユミは首を横に振った。
キョウコはめげずにアユミの手を握った。
「正装するからかしこまった感じがするかもしれないけど、立食形式だし、気軽な会なのよ――って、警備の計画があるから衛士ならご存じね。朗読会の翌日は購買部や食堂の売り上げがぐんと落ちるんですって。みんな食べすぎてしまうから、翌日からダイエットに励む人が多いの。一回くらいご飯を抜いたって後の祭りなのに」
ふふっとキョウコは笑ったが、アユミはうつむいた。笑い話に反応する気力が、どうしても沸いてこない。
「それにみんな、アユミさんとお話をしたがっているわ」
「わたしは」
「お願い、アユミさん。何かさせてちょうだい」
はっとして、アユミは顔を上げた。
キョウコは涙ぐんでいた。
「わたくしには、何もできない?」
アユミは自分の卑屈な態度を恥じた。
ちゃんと生きて。
わたしが、彼にそういったんじゃないか。
思い詰めて、腐っていても仕方がない。楽しみから目を背けて、自分を罰したような気分に浸ることが、ちゃんと生きることではない。
「――行っても、いいですか」
アユミはおそるおそる訊く。
キョウコの顔が灯りよりも明るく輝いた。
「もちろん! じゃあ、衣装合わせをしましょうね」
手をにぎったまま立ちあがって、アユミを急かす。
アユミも腰を上げて、キョウコをまっすぐ見つめた。
「えっ、アユミさん、何? いやだ、照れるわね、いきなり! でも、そんなに言うなら部屋を暗くしましょうか?」
「何も言っていません」
ときどき――しばしば――いつもは言い過ぎか――とにかくかなりの頻度で、こうやって胡乱なことを言う人だ。でも、この学院でアユミと友だちになってくれた初めての人は、とても可憐でやさしい。
この人のことも、必ず護りたいと思う。
「キョウコさん」
「うん」
「いつも、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「なあに、急に改まって」
不思議そうにキョウコは首をかしげる。ごく自然に、自分がしたいようにしているだけなのだろう。それがアユミを救っているとは思わずに。
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