剣の乙女と学院騎士団

秋永真琴
秋永真琴

11 犬でも虎でもない

公開日時: 2020年9月7日(月) 10:00
更新日時: 2020年9月7日(月) 10:23
文字数:1,788

 アユミのような「庶民の女」が衛士団に入れたのは、お情けでお飾りの採用に過ぎない――長髪をくくった男子生徒はそう言いたいのだ。


「わたしが未熟なのは認めますが――」

「やれやれ!」

 アユミの反論をさえぎって、男は言葉を継いだ。「能力のある人間を正当に採用してもらわないと、一般の生徒が安心して暮らせない。衛士団の入団基準はどうなっているのか」

「ほんと、困ったもんだよ、ウチの基準は」

 と、ユキトはあっさり同意した。


 アユミは一瞬、目の前が暗くなった。まさか、この男の邪推は的を射ているのか。

 ユキトは腕を組み、不服そうに言葉を継いだ。


「俺は入りたいやつは全員入れりゃいいと思うんだけど、幹部連中が『見込みのない者を抱える余力は衛士団にない』っつって片っ端から落としまくるんだよね。だから、石頭の怒りんぼでもアユみたいなのが残っちゃう。ダンチョーの思いだよ。団長代理だし、俺」

「――それは、団長でなく断腸です」


 訂正しながら、アユミは胸をなで下ろす思いだった。

 ユキトは、お世辞は言わない。正確にはお世辞を言えるだけの社会性を持ち合わせていない。引っかかる物言いはともかく、自分は実力で入団できたのだ。

 

 長髪の男は細い目を険しくした。「何が言いたい、ユキト」

「だから、ダンチョーの思いなんだよ。代理だけど」

「ユキトさん、わたしの言うことを聞いてましたか」

「団長代理の断腸の思いなんだよ。何も変じゃない」

「その格言を口にしたいだけですね」

「あ、わかった? なんか響きが気にいってさー」

「舐めるなよ、ユキト! 女!」


 ふたりのやりとりに割りこんで、男は声を荒げた。

 仲間たちもこちらを睨みつけてくるが、長髪の男があらわにするユキトとアユミへの敵意はとくに尖っている。


「思い違いをするんじゃない。きさまらはあくまでも番犬。我ら学院生のために飼われている身分だということを忘れるな」

「俺もアユも学院生で、人間だよ。お前とおんなじさ」

「同じだと? きさまらと?」

「うん。たとえ〈旧科学〉の人造人間ロボットでも〈旧魔術〉の人造人間ホムンクルスでも、学院生ならみんな同じ」


 長髪の男とユキトの視線がからむ。片方は禍々しい。片方は悠々としている。

 アユミは腰の重心をわずかに沈めた。闘いが起こったとき、瞬時に動けるように備えたのだが――


「ところで、誰だっけお前」


 おもむろにユキトが言った。


「なん、だと?」


 長髪の男は、口を半開きにした。

 アユミも同じ表情になりかけた。男と衛士団のあいだに何か因縁があるのだと、信じて疑わなかった。いや、きっとあるのだろう。ユキトが忘れているだけで。

 闘いの気配が急速にしぼむのをアユミは感じた。


「いつまでもそんな態度でいられると思うな」


 男の顔は屈辱に引き攣れていた。


「きさまらがしょせん張り子の虎に過ぎないことを暴いてやる」

「犬でも虎でもないってば。で、名前なんだっけ。教えてよ」


 これが挑発でなく、純粋な質問だから始末が悪い。

 もちろん長髪の男は応えず、ユキトの横を通り過ぎていった。振り返りもしないことが、かえって怒りの濃さを証明していた。

 仲間たちも男に続いた。アユミばかりを、いまいましそうに一瞥してゆく。ユキトはそれなりに畏れられているらしい。

 中でも特に大柄なひとりが、わざとアユミに肩をぶつけてきた。軽い置き土産くらいの気持ちだったのだろう。


 体当たりは、空振りした。

 よろめいた大柄な男は、なんとか踏みとどまってアユミを振り仰ごうとしたが、その脇腹に硬いものを当てられて凍りついた。


 行きかけていた長髪の男たちの足が止まった。

 ユキトが「わお」と感嘆の声を上げた。


 アユミが左手で、左腰から刀を鞘ごと少し抜き、逆手に握った柄の頭で、大柄な男の脇腹を軽く押していた。

 男と接触する瞬間、すかさず足を引いて半身になりつつ、この攻撃未満の警告を発したのだ。本気で突けば内臓まで震わせる一撃となり、男はたちまち悶絶しているはずだった。


 大柄な男を凍りつかせたものは、もうひとつあった。

 アユミが眼鏡の奥から放つ眼光だった。


 アユミは、自ら退がって大柄な男と距離を取り、鞘の位置を元に戻した。それ以上はやらないという意思表示だった。

 男の顔は蒼白になっていた。自分が完全に負けたことがわかる程度の分別はあるらしい。


 長髪の男はアユミをしばらく、刺すようなまなざしで見てきたが――


「――行くぞ」


 仲間たちを連れて、今度こそ橋の向こうに去っていった。

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