剣の乙女と学院騎士団

秋永真琴
秋永真琴

2 嘘

公開日時: 2020年10月19日(月) 10:00
更新日時: 2020年10月19日(月) 12:20
文字数:1,791

 庭園に、これまでとは異なる緊張が満ちた。

 居残る皆の視線は、カズヤからユキトに移っていた。

 それは純粋な期待や頼もしさが篭もったものではなかった。むしろ、カズヤ以上におそるるべき存在を仰ぎ見るまなざしだった。


 この金髪の少年から、普段の無邪気な明るさを削ぎ落とすと、こんな殺気の結晶があらわれるとは。

 中身が入れ替わったと言われたほうが、アユミはまだ信じられただろう。

 だが、いつものユキトが擬態というわけではなく、ただ居るだけで周囲を凍りつかせる今のユキトが贋者でもない。どちらも間違いなくユキトだった。アユミは、ユキトの半分しか見ていなかったのだ。


「アユ、ごめんね」


 ユキトが、ふいにそんなことを言った。

 全身から放たれる気配に似合わぬ、柔らかい声だった。どんな顔をしているのかは、こちらに背を向けたままなのでわからなかった。


「いつもアユが団長代理らしくしろって言うから、自分なりに考えてさ、こういうのが団長代理らしいのかなーってことを言ってみたけど、やっぱり俺には無理だ。アユが望む通りにはできないや」

「何を――何を、言っているのですか」


 アユミには応えず、ユキトは「なあ、カズヤ」と呼びかけた。

「どうしてヒトシをやったの」


「俺にやられるような衛士などゴミだろう!」

 コノミを捕らえたまま、カズヤは大声でわめいた。「俺よりそいつを衛士に選んだきさまらもゴミということだ! 恨むなら自分たちの判断を恨め。そして反省しろ。きさまらのせいで、あの衛士は殺されかけたのだからなぁ。哀れなものだ」


 身勝手極まりない理屈に、アユミの身体が怒りで震える。

 だが――


「ああ、反省したよ」


 ユキトは、そう言った。


「俺の甘さがヒトシを傷つけた」


 それは、カズヤを肯定するように聞こえる言葉だった。

 しかしカズヤは、喜びも嘲りもしなかった。狂的な興奮に染まった顔に、初めて怯えが走った。


「お前はヒトシより強いかもしれない。でも、俺たちに手がかりを残すために命を懸けることはできない」


 人質を取っている側なのに、カズヤの形相は追い詰められた者のそれだった。


「ヒトシはすごいやつだよ。何回試験に落ちても、俺たちを恨まないで、少しずつ腕を上げてきた。心が強い。あいつは絶対いい衛士になる。俺はヒトシが好きだよ」


 コノミもカズヤの存在を忘れたかのように、変貌したユキトに目を奪われている。


「俺の好きな仲間を、お前はおもしろ半分にやった。許せないよ。カズヤ、俺はどうしてもお前を許せないんだ。俺が甘かった。もっと早く、お前をどうにかするべきだった」


「――何よ」

 アユミの唇から、文句がこぼれ落ちていた。「わたしのせいにしないでくださいよ……」


 治療院の廊下で、ユキトは「衛士は学院のために死ぬのが当然だ」と言い放ち、ヒトシを切り棄てるような態度をとった。


 ――ヒトシがもう少し強かったら、こうはならなかった。ヒトシが悪い。


 あれが嘘だったことを、ユキトはアユミに謝ったのだ。

 鼻が熱くなった。目尻に涙がにじむのがわかった。


 ――ヒトシくんのことでいちばん怒ってるのは、本当はあなたじゃないですか。


「お前は一回落ちただけで簡単に諦めて、そうなった。本気で衛士になりたいんじゃないんだろ。カズヤ――本当は何になりたいんだ」


 団長代理はゆっくりとカズヤの右に回りこんだ。

 カズヤが後退る。反射的な行動であることは、そのあとのあぜんとした顔にあらわれていた。

 邪魔な荷物を捨てるように、コノミを突き飛ばす。

 きゃあっと叫んで、女帝は芝生の上に横坐りになった。すかさず巡視の衛士たちが駆けつけて抱え起こし、避難させる。


「うるさい、うるさい……!」


 カズヤは西洋剣を両手で握り、身体の横で構えた。

 アユミは目をみはった。

 そのたたずまいで、大まかな技量は見てとれる。剣士としてのアユミは、カズヤの人格を脇に置いて、意外なほど実力はあると評価した。


「俺を認めないやつらが悪いんだ! 自分たちの愚かさを思い知れ!」


 哀れな叫びではあった。だが、そこに同情できる段階は過ぎている。

 ユキトは、足元を見回した。

 あたりには倒れた食卓、料理、食器などが散乱している。ひょいと身をかがめて、その中からテーブルナイフを拾いあげた。フォークといっしょに使うあれだ。

 まさか、とアユミは思った。

 その場にいた全員が思っただろう。


「いいよ。やるか」


 ユキトは右手にナイフを握り、自然体で立った。

 小さな武器を構えもしない。

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