庭園に、これまでとは異なる緊張が満ちた。
居残る皆の視線は、カズヤからユキトに移っていた。
それは純粋な期待や頼もしさが篭もったものではなかった。むしろ、カズヤ以上に畏るべき存在を仰ぎ見るまなざしだった。
この金髪の少年から、普段の無邪気な明るさを削ぎ落とすと、こんな殺気の結晶が顕われるとは。
中身が入れ替わったと言われたほうが、アユミはまだ信じられただろう。
だが、いつものユキトが擬態というわけではなく、ただ居るだけで周囲を凍りつかせる今のユキトが贋者でもない。どちらも間違いなくユキトだった。アユミは、ユキトの半分しか見ていなかったのだ。
「アユ、ごめんね」
ユキトが、ふいにそんなことを言った。
全身から放たれる気配に似合わぬ、柔らかい声だった。どんな顔をしているのかは、こちらに背を向けたままなのでわからなかった。
「いつもアユが団長代理らしくしろって言うから、自分なりに考えてさ、こういうのが団長代理らしいのかなーってことを言ってみたけど、やっぱり俺には無理だ。アユが望む通りにはできないや」
「何を――何を、言っているのですか」
アユミには応えず、ユキトは「なあ、カズヤ」と呼びかけた。
「どうしてヒトシをやったの」
「俺にやられるような衛士などゴミだろう!」
コノミを捕らえたまま、カズヤは大声でわめいた。「俺よりそいつを衛士に選んだきさまらもゴミということだ! 恨むなら自分たちの判断を恨め。そして反省しろ。きさまらのせいで、あの衛士は殺されかけたのだからなぁ。哀れなものだ」
身勝手極まりない理屈に、アユミの身体が怒りで震える。
だが――
「ああ、反省したよ」
ユキトは、そう言った。
「俺の甘さがヒトシを傷つけた」
それは、カズヤを肯定するように聞こえる言葉だった。
しかしカズヤは、喜びも嘲りもしなかった。狂的な興奮に染まった顔に、初めて怯えが走った。
「お前はヒトシより強いかもしれない。でも、俺たちに手がかりを残すために命を懸けることはできない」
人質を取っている側なのに、カズヤの形相は追い詰められた者のそれだった。
「ヒトシはすごいやつだよ。何回試験に落ちても、俺たちを恨まないで、少しずつ腕を上げてきた。心が強い。あいつは絶対いい衛士になる。俺はヒトシが好きだよ」
コノミもカズヤの存在を忘れたかのように、変貌したユキトに目を奪われている。
「俺の好きな仲間を、お前はおもしろ半分にやった。許せないよ。カズヤ、俺はどうしてもお前を許せないんだ。俺が甘かった。もっと早く、お前をどうにかするべきだった」
「――何よ」
アユミの唇から、文句がこぼれ落ちていた。「わたしのせいにしないでくださいよ……」
治療院の廊下で、ユキトは「衛士は学院のために死ぬのが当然だ」と言い放ち、ヒトシを切り棄てるような態度をとった。
――ヒトシがもう少し強かったら、こうはならなかった。ヒトシが悪い。
あれが嘘だったことを、ユキトはアユミに謝ったのだ。
鼻が熱くなった。目尻に涙がにじむのがわかった。
――ヒトシくんのことでいちばん怒ってるのは、本当はあなたじゃないですか。
「お前は一回落ちただけで簡単に諦めて、そうなった。本気で衛士になりたいんじゃないんだろ。カズヤ――本当は何になりたいんだ」
団長代理はゆっくりとカズヤの右に回りこんだ。
カズヤが後退る。反射的な行動であることは、そのあとのあぜんとした顔にあらわれていた。
邪魔な荷物を捨てるように、コノミを突き飛ばす。
きゃあっと叫んで、女帝は芝生の上に横坐りになった。すかさず巡視の衛士たちが駆けつけて抱え起こし、避難させる。
「うるさい、うるさい……!」
カズヤは西洋剣を両手で握り、身体の横で構えた。
アユミは目をみはった。
そのたたずまいで、大まかな技量は見てとれる。剣士としてのアユミは、カズヤの人格を脇に置いて、意外なほど実力はあると評価した。
「俺を認めないやつらが悪いんだ! 自分たちの愚かさを思い知れ!」
哀れな叫びではあった。だが、そこに同情できる段階は過ぎている。
ユキトは、足元を見回した。
あたりには倒れた食卓、料理、食器などが散乱している。ひょいと身をかがめて、その中からテーブルナイフを拾いあげた。フォークといっしょに使うあれだ。
まさか、とアユミは思った。
その場にいた全員が思っただろう。
「いいよ。やるか」
ユキトは右手にナイフを握り、自然体で立った。
小さな武器を構えもしない。
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