不良未満と顔だけさん

マライヤ・ムー
マライヤ・ムー

本編

9話 出かけよっか

公開日時: 2020年10月18日(日) 18:16
更新日時: 2020年10月21日(水) 23:59
文字数:3,092

 ふたり手を繋いで、駅へと向かう。

 なんだか、いつもの景色が変な感じだ。


 理髪店のくるくる回るやつが、西日を浴びてノスタルジックに見える。

 ガーデニングに力を入れている家の、普段は気にも止めない花々が変に色鮮やかで。

 特に緑色が妙に光っていた。


 私たちの学校の生徒も含め、いろんな人にじろじろ見られたけれど、それもそのうちに慣れてしまった。


 そんなことよりも――。



「茜は、柊木先輩がいることを確認してから手を繋いだよね」

「ええ」



 私の顔のすぐ隣には、白くて滑らかな首筋がある。

 その下には、ぴんと張った肩があって、歩いていてもあまり揺れない。



「なんというかさ、見せつけたかったの?」



 私がそう言うと、茜は少し複雑な笑みを見せた。

 悲しくも見えたり、何かから立ち上がったばかりみたいに見えたり。

 そんな表情。



「違うわ、見て欲しかったの」



 茜は、温まってきた手で、私の手を握りなおした。

 再び私を見下ろす。

 夕暮れの世界が、茜の瞳に吸い込まれていく。



「巴がいて、私が嬉しいということ」



 町の形に切り取られた空が、淡いオレンジに染まり始めている。

 ひどくきれいな色だった。



「………………」



 茜は柊木英子と、どんな関係なんだろう。

 ただの部活の先輩に、自分の幸福を見て欲しいなんて思うものだろうか。


 そこには、私がダシに使われていないか、なんていう汚い不安もあった。


 駅について、茜はようやく私の手を解放した。

 しっとりとした感触が、手のひらに残っている。



「また、手を繋いで帰りましょう」

「柊木先輩がいなくても?」



 ちょっといじわるな聞き方をしてしまったかもしれない。

 茜はきっと、そういう皮肉を読み取るタイプではないけれど。



「まあ、柊木先輩は置いといてさ。ときどきってことにしよう」

「どうして?」

「……こういうのは、ときどきだからいいんだよ」



 なんでこんな返事をしたのか、私自身もよくわからなかった。


 私は軽く手を振って、茜を見送った。

 それからひとりの帰り道――私は少し手のひらが寂しくて、グーを作って歩いていた。




 ――――――。




 ネモフィラの水やりを、ほんの少しだけ茜にやらせてみた。

 やっぱり花びらにばかり水をかけてしまう。

 口で言ってもダメだったし、やってみせてもダメだった。



「まあ、またなんかやってみよう」

「ええ」



 水場に行って、今日はジョウロで茜の手を洗ってやった。

 スカートを濡らさないように気をつけながら。

 これはうまくいった。

 明日からこれで行こう。


 私は私で、水道で手を洗う。

 そのときちらっと茜が手を拭くのを見たのだけれど、やっぱりなんか高そうな、縁にレースの付いた、つるりと光るハンカチを使っていた。


 あのシルクは本物だろう。

 と、生地のことなど何も知らないのに、私はそう決め込んだ。

 やっぱり良いとこのお嬢様だ。

 イニシャルとか刺繍してあるに違いない。


 そしてふたり、園芸部室へ。


 今日は紅茶を飲む前に手を繋いでみた。

 私がテーブルの上に両手を前に出したら、茜はすぐにパイプ椅子に座ってそれを包んだ。


 花壇に水をやって、手を洗ったばかりだから、私たちの手はしっとりと冷たい。

 それがじんじんと温まっていく。

 乾いた手よりも、ずっと早いスピードで。


 なんだかそれが、変にどきどきした。

 私は茜に慣れたようでいて、やっぱりまだどこか慣れていない。


 ふと目が合うと、今でも少し平衡感覚を失いそうになる。

 私はパイプ椅子の脚に、運動靴をひっかけて少し力を入れた。



 ――すると、茜が目をつぶった。



 近くで見るとやっぱり、なんて長い睫毛だろう。

 根本の太さと、先端の細さの違いが見て取れるくらい。

 シャープな鼻筋が、その華やかさを静かに受け流している。



「……茜、なんで目ぇつぶってるの?」

「お祈りをしているの」



 目をつぶっていると、赤いくちびるがより強い印象を放つ。

 美しく動く茜のくちびる。

 ガラス風鈴とヴァイオリンの音色。



「何を?」

「巴とデートに行けますようにって」



 下の名前で呼び合う。

 手を繋ぐ。

 その次の段階として、私が提示したのがデートだった。


 正当なキスに続く、道程。

 この“正当な”という部分も、私はよくわかっていなかったりする。

 だってそんなの、誰が決めるというのか。



「そんなのはさ。私に……直接言いなよ」



 私がそう答えると、茜は切れ長の目をぱちりと開いた。

 光を吸い込む瞳が、私を見据える。



「巴自身が決めることを、巴にお願いしてもいいの?」



 茜は、私が明確にリードを握っていると思っているらしい。

 確かにそうだし、そうでないと困る。

 茜の“赤ちゃん”の思うままにさせないために、私は状況をコントロールしているのだ。



 でも――デートって。



 こんな言い方したのはきっと、キスにはそれだけの重みがあるんだぞ、と言いたかったんだろう私は。

 でもいざその段になってみると、こんなこっぱずかしい言葉もない。

 女同士のお出かけをデートって、くすぐったすぎる。


 まあ、ただのお出かけじゃないからデートというのだろう。

 だからといって、お出かけとは違う特別な何かをしなくちゃいけない、なんてこともないんだろうけど。



「デート、なあ」



 私の手を白い手で包んで、茜はじっと私を見つめている。

 後ろ頭を掻くこともできない。



「……じゃあ、今度の土曜さ。出かけよっか」

「ええ」



 茜が目を細めると、睫毛の間で狭められた反射光が、ちかちかして見えた。



「お茶、淹れるからさ。手」



 私は茜の手のひらから解放されて、なんだか寒々しくなった手でお茶を淹れた。

 先輩が残したティーバッグも、そろそろ終わる。




 ――――――。




 何を着ていこうか、悩まないはずがない。

 でもそんないろんなタイプの服を持っているわけではない。


 3つくらい気に入ったアイテムを買って、それに合わせて適当に揃えていくスタイル。

 大胆に雰囲気を変えるということをしないから、アイテムはそれぞれ使い回せる。

 無駄がないと言えば聞こえが良いけれど、遊びが少ないとも言える。


 これカワイー、の勢いで服を買っちゃったりしないのだ、私は。


 とはいえ、ひと晩悩み抜くには充分だ。

 でも、その前にしなくてはいけないことがある。



 ――親に、軍資金をもらう。



 うちでは、服代は親持ちということになっている。

 茜とは服を買おうという話をしたから、そのための資金が必要だ。


 私は部屋で食事を済ませて、1階に降りて食器を洗うと、母の部屋に行った。

 私が中学1年の頃に姉が亡くなって、その頃から両親は別々に寝るようになった。

 部屋をノックして入ると、母はベッドに座って小説を読んでいた。



「どうしたの」

「5000円ちょうだい」



 母は目で頷いて、バッグの財布から5000円札を抜き取って渡した。



「ありがと」



 何に使うかは聞かれなかった。

 5万くれと言ったら、さすがに何か尋ねてくるだろう。

 まあともかく、うちはそういう家だ。


 そんなことはともかく。

 薄手のピンクのパーカーを持っていて、それを着たい。

 このピンク色の濃さが、金髪に合っていて気に入っている。


 それに9分丈のスキニーでちょうど良いだろう。

 キャップも、同じような色のデニム地に星模様が入ったもので。

 私は帽子が好きなのだ。


 これカワイーで服を買わないとは言ったけれど、帽子はちょっと別かもしれない。


 靴はどうしようかな。

 ピンクのスニーカーを持っているけれど、最近ちょっとくすんできている。

 汚いというほどではないけれど、茜に見せたいかと言われると――。


 そうだ、あまり履いてない黄色いスニーカーがあった。

 あれだとパーカーのピンク色にもよく合う。


 ちょっとはしゃぎすぎ感が無きにしもあらずだけれど、せっかくのお出かけなんだから、少しくらい元気を出したってバチは当たらないだろう。




 そして翌日、私は駅のホームに立っていた。

読んでくださって、ありがとうございます。


各話ごとにある☆☆☆☆☆でのポイント評価、ブックマーク、ご感想などもいただけると、大きな励みになります。


引き続き、なにとぞよろしくお願いします。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート