ふたり手を繋いで、駅へと向かう。
なんだか、いつもの景色が変な感じだ。
理髪店のくるくる回るやつが、西日を浴びてノスタルジックに見える。
ガーデニングに力を入れている家の、普段は気にも止めない花々が変に色鮮やかで。
特に緑色が妙に光っていた。
私たちの学校の生徒も含め、いろんな人にじろじろ見られたけれど、それもそのうちに慣れてしまった。
そんなことよりも――。
「茜は、柊木先輩がいることを確認してから手を繋いだよね」
「ええ」
私の顔のすぐ隣には、白くて滑らかな首筋がある。
その下には、ぴんと張った肩があって、歩いていてもあまり揺れない。
「なんというかさ、見せつけたかったの?」
私がそう言うと、茜は少し複雑な笑みを見せた。
悲しくも見えたり、何かから立ち上がったばかりみたいに見えたり。
そんな表情。
「違うわ、見て欲しかったの」
茜は、温まってきた手で、私の手を握りなおした。
再び私を見下ろす。
夕暮れの世界が、茜の瞳に吸い込まれていく。
「巴がいて、私が嬉しいということ」
町の形に切り取られた空が、淡いオレンジに染まり始めている。
ひどくきれいな色だった。
「………………」
茜は柊木英子と、どんな関係なんだろう。
ただの部活の先輩に、自分の幸福を見て欲しいなんて思うものだろうか。
そこには、私がダシに使われていないか、なんていう汚い不安もあった。
駅について、茜はようやく私の手を解放した。
しっとりとした感触が、手のひらに残っている。
「また、手を繋いで帰りましょう」
「柊木先輩がいなくても?」
ちょっといじわるな聞き方をしてしまったかもしれない。
茜はきっと、そういう皮肉を読み取るタイプではないけれど。
「まあ、柊木先輩は置いといてさ。ときどきってことにしよう」
「どうして?」
「……こういうのは、ときどきだからいいんだよ」
なんでこんな返事をしたのか、私自身もよくわからなかった。
私は軽く手を振って、茜を見送った。
それからひとりの帰り道――私は少し手のひらが寂しくて、グーを作って歩いていた。
――――――。
ネモフィラの水やりを、ほんの少しだけ茜にやらせてみた。
やっぱり花びらにばかり水をかけてしまう。
口で言ってもダメだったし、やってみせてもダメだった。
「まあ、またなんかやってみよう」
「ええ」
水場に行って、今日はジョウロで茜の手を洗ってやった。
スカートを濡らさないように気をつけながら。
これはうまくいった。
明日からこれで行こう。
私は私で、水道で手を洗う。
そのときちらっと茜が手を拭くのを見たのだけれど、やっぱりなんか高そうな、縁にレースの付いた、つるりと光るハンカチを使っていた。
あのシルクは本物だろう。
と、生地のことなど何も知らないのに、私はそう決め込んだ。
やっぱり良いとこのお嬢様だ。
イニシャルとか刺繍してあるに違いない。
そしてふたり、園芸部室へ。
今日は紅茶を飲む前に手を繋いでみた。
私がテーブルの上に両手を前に出したら、茜はすぐにパイプ椅子に座ってそれを包んだ。
花壇に水をやって、手を洗ったばかりだから、私たちの手はしっとりと冷たい。
それがじんじんと温まっていく。
乾いた手よりも、ずっと早いスピードで。
なんだかそれが、変にどきどきした。
私は茜に慣れたようでいて、やっぱりまだどこか慣れていない。
ふと目が合うと、今でも少し平衡感覚を失いそうになる。
私はパイプ椅子の脚に、運動靴をひっかけて少し力を入れた。
――すると、茜が目をつぶった。
近くで見るとやっぱり、なんて長い睫毛だろう。
根本の太さと、先端の細さの違いが見て取れるくらい。
シャープな鼻筋が、その華やかさを静かに受け流している。
「……茜、なんで目ぇつぶってるの?」
「お祈りをしているの」
目をつぶっていると、赤いくちびるがより強い印象を放つ。
美しく動く茜のくちびる。
ガラス風鈴とヴァイオリンの音色。
「何を?」
「巴とデートに行けますようにって」
下の名前で呼び合う。
手を繋ぐ。
その次の段階として、私が提示したのがデートだった。
正当なキスに続く、道程。
この“正当な”という部分も、私はよくわかっていなかったりする。
だってそんなの、誰が決めるというのか。
「そんなのはさ。私に……直接言いなよ」
私がそう答えると、茜は切れ長の目をぱちりと開いた。
光を吸い込む瞳が、私を見据える。
「巴自身が決めることを、巴にお願いしてもいいの?」
茜は、私が明確にリードを握っていると思っているらしい。
確かにそうだし、そうでないと困る。
茜の“赤ちゃん”の思うままにさせないために、私は状況をコントロールしているのだ。
でも――デートって。
こんな言い方したのはきっと、キスにはそれだけの重みがあるんだぞ、と言いたかったんだろう私は。
でもいざその段になってみると、こんなこっぱずかしい言葉もない。
女同士のお出かけをデートって、くすぐったすぎる。
まあ、ただのお出かけじゃないからデートというのだろう。
だからといって、お出かけとは違う特別な何かをしなくちゃいけない、なんてこともないんだろうけど。
「デート、なあ」
私の手を白い手で包んで、茜はじっと私を見つめている。
後ろ頭を掻くこともできない。
「……じゃあ、今度の土曜さ。出かけよっか」
「ええ」
茜が目を細めると、睫毛の間で狭められた反射光が、ちかちかして見えた。
「お茶、淹れるからさ。手」
私は茜の手のひらから解放されて、なんだか寒々しくなった手でお茶を淹れた。
先輩が残したティーバッグも、そろそろ終わる。
――――――。
何を着ていこうか、悩まないはずがない。
でもそんないろんなタイプの服を持っているわけではない。
3つくらい気に入ったアイテムを買って、それに合わせて適当に揃えていくスタイル。
大胆に雰囲気を変えるということをしないから、アイテムはそれぞれ使い回せる。
無駄がないと言えば聞こえが良いけれど、遊びが少ないとも言える。
これカワイー、の勢いで服を買っちゃったりしないのだ、私は。
とはいえ、ひと晩悩み抜くには充分だ。
でも、その前にしなくてはいけないことがある。
――親に、軍資金をもらう。
うちでは、服代は親持ちということになっている。
茜とは服を買おうという話をしたから、そのための資金が必要だ。
私は部屋で食事を済ませて、1階に降りて食器を洗うと、母の部屋に行った。
私が中学1年の頃に姉が亡くなって、その頃から両親は別々に寝るようになった。
部屋をノックして入ると、母はベッドに座って小説を読んでいた。
「どうしたの」
「5000円ちょうだい」
母は目で頷いて、バッグの財布から5000円札を抜き取って渡した。
「ありがと」
何に使うかは聞かれなかった。
5万くれと言ったら、さすがに何か尋ねてくるだろう。
まあともかく、うちはそういう家だ。
そんなことはともかく。
薄手のピンクのパーカーを持っていて、それを着たい。
このピンク色の濃さが、金髪に合っていて気に入っている。
それに9分丈のスキニーでちょうど良いだろう。
キャップも、同じような色のデニム地に星模様が入ったもので。
私は帽子が好きなのだ。
これカワイーで服を買わないとは言ったけれど、帽子はちょっと別かもしれない。
靴はどうしようかな。
ピンクのスニーカーを持っているけれど、最近ちょっとくすんできている。
汚いというほどではないけれど、茜に見せたいかと言われると――。
そうだ、あまり履いてない黄色いスニーカーがあった。
あれだとパーカーのピンク色にもよく合う。
ちょっとはしゃぎすぎ感が無きにしもあらずだけれど、せっかくのお出かけなんだから、少しくらい元気を出したってバチは当たらないだろう。
そして翌日、私は駅のホームに立っていた。
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