不良未満と顔だけさん

マライヤ・ムー
マライヤ・ムー

10話 デート、ちょっとした決意

公開日時: 2020年10月18日(日) 18:16
更新日時: 2020年10月21日(水) 23:59
文字数:3,373

 私は交通カードにチャージして、改札をくぐった。

 駅のホームの喧噪は、きっと通学時とは違っているのだろう。

 私が知っているのは、休日ばかりだ。


 茜はきっと毎日、違う景色を見ている。

 スーツと制服の海の中で、きっと茜はひときわ目立っていることだろう。


 でも、茜の私服ってどんなのだろう。

 やっぱり、お嬢様っぽいフワフワした感じのを着てくるのだろうか。

 それともいつものアレっぷりを発揮して、とんでもない格好で来るのかもしれない。


 もしそんなことがあれば、私の軍資金をつぎ込んででもマトモに仕上げなければ。


 そんなことを考えているうちに、やがて待ち合わせの電車が来た。

 茜が遅刻しているところは見たことがないから、電車にはきちんと乗れるのだろう。

 花に水もあげられないのに、たいしたものだと思う。


 電車の扉が開いた。

 茜が乗っていたのは、すぐ近くの車両だ。

 電車から茜が降りてきたとき、視界がぶわっと拡がったような気がした。


 紺色のノースリーブのワンピースは、腕の白さが眩しい。

 細い腰にベルトがふわりと留まっていて、シルエットがきれいだ。

 真珠色のポシェットを提げて、足もとは同色のハイヒール。


 フワフワでもめちゃくちゃでもない。

 私の想像は、全部外れた。



 ――本当に大人にしか見えなかった。



「服、似合ってるね……」

「母が選んでくれるから」



 なるほど、茜のセンスというわけではないらしい。



「巴も素敵よ」

「……ありがとう」



 私はキャップのつばをつまんで、ちょっと深めに被りなおした。

 ピンクのパーカーにジーンズな私は、なんだか浮いている気がする。


 いや、ふたりきりで浮くも浮かないもないんだけれど。

 茜がきらきらしたものを振りまいていて、その隣に私がいるのは、何か変だ。

 もしもうひとりの私がいて、ふたりの姿を見たとしたら「美しくない」と思うだろう。


 だからといって、逃げ出すわけにもいかないんだけれど。



「とりあえず、街に出よっか」

「ええ」



 次の急行を待って、私たちは電車に乗り込んだ。

 電車の中に入ってわかったのだけれど、茜の香りがいつもと違う。


 香水でもつけているのかもしれない。

 キツい感じはなくて、鼻先をそよぐフローラル系の香り。

 酸味が薄くて、落ち着いている。


 静かに澄ました、いかにも茜って感じの香りだ。

 これもお母さんのセンスなのだろう。



 ――良い匂いするね、とはちょっと言いづらい。



 そのうちに街についたのだけれど、ここで問題だ。

 私たちの来ている服の系統が違いすぎる。

 どんな店に行けばいいのか、さっぱりだ。


 茜の服を選ぶとなると、婦人服系のお店に行けばいいのだろうか。

 でも、そんな店に入ったことがないし選びようもない。

 値段も、ちょっと凄そうなイメージがある。



「茜、予算、どれくらい?」

「10万円までなら使っても良いと言われているわ」

「じゅっ……!」



 私の予算の20倍――。

 やっぱりお嬢様だ。

 絶対お嬢様だ。


 どんな服を選べばいいのか、ますますわからなくなってきた。

 とりあえず高そうな店に突撃すればいいのか。


 そんなことを考えながらふと隣を見ると、茜が私の身体を上から下まで眺めていた。



「ねえ、巴」



 茜はおとがいに指を当てて言った。



「私、巴みたいな格好がしてみたいわ」



 意外なことを言い出した。

 でもこれなら話は早い。

 私の知っている店に連れて行けば良いだけだ。

 そこに、うずうずと胸の底をくすぐるような感覚が湧いてきた。


 この美しい茜を、自分のセンスで包んでみたい。

 なんだか、とても悪いことを企んでいるような気もする。

 私は制服デザイナーのような腕もなければ、茜のお母さんのような優れたセンスもない。


 でも私は女の子で、やっぱり服は嫌いではない。

 そして茜の美しさが好きだ。

 このふたつが交わることに、不思議はないように思う。


 奇妙な思い上がり。

 美への浸食。

 相反する、そういった言葉もぐるぐるしてくる。

 そうして大抵は、そういった言葉の方が強いのだ。


 なんだか唾が苦くなってきた頃、茜は私に言った。



「私、巴に服を選んで欲しい」

「……なんで私なの?」



 ふたりきりのお出かけで、これが異常な会話だということはわかっている。

 それでも私は尋ねずにはいられなかった。


 そもそも隣にいるのが私なのがおかしいのだ。

 それは学校でふたりでいるときから、ずっとおなかの中で淀んでいたものかもしれなかった。



「だって、私はどんな服を選んだら巴みたいになれるのか、わからないから」

「どうして、私みたいになる必要があるの?」



 変につっかかっている。

 今日の私はちょっとおかしい。

 茜の私服にアテられたのか、茜の隣に居続けることが急に惨めになってきたのか。


 だって、服は人だ。

 誰かに選んでもらったって、それは同じことだ。

 茜の隣にいたら、ピンクのパーカーも黄色いスニーカーも、雑踏の醜さに取り込まれる。


 私はいつも、世界の醜さを考えるときに、自分を度外視していた。

 その報いが来たのだと思った。

 

 醜い街の中で、その中の醜さのひとつまみと並んで。

 そこに茜がひとり、美しくいるのだ。


 私は背の高い茜を見上げた。

 相変わらずの無表情で、それでもくちもとは風を受けて涼しげだ。

 そのくちびるで、茜は言った。



「私が、巴を好きだからよ」

「………………」



 私は、わかった、と答えた。

 すると、服選びのことを考えたときのわくわくがよみがえってきた。

 どうやら私は、かなり単純にできているらしい。


 まずはジーンズショップで1本スタンダードなやつを買った。

 丈を詰めるのは、ほんの少しで良かった。

 改めて、足の長さに驚く。


 それから、いつもの店だ。


 茜はワンピースを着ているし、服はジーンズに合わせたいから。頻繁に試着室に出たり入ったりできない。

 私は茜を試着室に放り込んで、茜に着せたい服をいろいろと選んだ。


 茜ならどんな服でも着こなせるだろう。

 でもどうせなら、うんと別なイメージを表現したい。

 茜のお母さんをびっくりさせるくらいに。


 悩みに悩んで、いろいろ着せてみて。

 結果は、チカチカするような原色オレンジの無地カットソーに、黒のジャケット。

 同じく黒のキャップに、気に入った缶バッヂを3つ。

 向かいの店でオレンジのラインが入ったスニーカーを買った。

 私はそこで、自分の買い物もした。


 茜はこの格好に真珠色のポシェットというのは変だから、白のトートバッグを買って、ポシェットはその中に入れた。


 うん、なんだか茜じゃないみたいな茜。

 そして、心配していたような、美しさへの浸食などみじんもなかった。

 茜は、やっぱり茜だ。



「なんだか、不思議な感じがするわ。自分が自分じゃないみたい」



 茜は私を見下ろした。



「巴になってしまったわね」

「茜は、茜だよ……似合ってるよ」

「ありがとう」



 茜はあまり表情を変えないけれど、くちもとが少しほころんでいた。



「小物、見に行こうか」



 まだお金は少し余っている。

 茜は少しどころではないだろうけれど。


 小物屋さんに入って、私は茜に言った。



「次はさ、茜が私の何か選んでよ」

「私が、巴の物を」

「うん、いいでしょ?」



 そのとき一瞬、茜の端正なおもてに影が差したような気がしたのだ。

 けれども、密かにはしゃいでいた私は、それを気のせいだと思い込んだ。


 結論として、茜はあまりにも真面目すぎた。


 私はシールピアスでも買ってあげようと、その辺りをうろついていた。

 しかしときどき茜の様子を見てみると、1か所に張り付いたように動かない。

 表情は相変わらずほとんど変わらない――けれども私はそこにようやく、不安のようなものを読み取った。



「悩んでるの?」

「ええ、何を選べば良いのかわからないの」



 服も母親に選んでもらうような生活の中で、茜は自ら何かを選び取るという経験をしたことが、ほとんどないのかもしれない。


 けれど、私は茜のその経験を知っている。



「茜はその……たくさんの目の中から私の目を選んだでしょ? そんな感じでピンと来た物を選んでくれると……嬉しいよ」



 吊り棚に並ぶ無数の目。

 茜は大いに悩んで、ようやくそのひとつを手に取った。



「巴の目の方がきれいだわ」

「それでも、選んでくれた」



 茜が選んだのは、小さな青い花が付いた――ピアスだった。



「………………」



 ――仕方ない。穴、空けるか。



「ありがと」

「ええ」



 いずれ空けようか、なんて思ってもいたのだ。

 私は茜に隠れて、こっそりピアッサーを買った。



「映画館でも、行ってみる?」



 店から出た私の提案に、茜はいつものように「ええ」と答えた。

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