不良未満と顔だけさん

マライヤ・ムー
マライヤ・ムー

14話 ふたりの庭へ

公開日時: 2020年10月19日(月) 18:16
更新日時: 2020年10月22日(木) 00:00
文字数:3,552

 アメリカンブルー、ケイトウ、サルビア、トレニア――。

 茜とふたりで花を選んでいく。



「この辺かなあ、これで別に間違いないよなあ……」

「私もこれがきれいだと思うわ」



 何せ植物を育てた経験といったら、小学校の頃にアサガオの観察日記をつけさせられたくらいだ。

 植え付けの時期と花の写真だけを確認して、適当に決める以外に方法がなかった。


 ノートにそれだけ走り書きして、北川先生に見せに行った。



「これ、植えようと思うんですけど」

「ふーん……」



 先生は、私のノートをまじまじと眺めて言った。



「やる気、あったんだ」

「はい、まあ一応」

「ふーん……」



 ノートを私に返すと、先生はよっこいせと声に出して立ち上がった。

 わりと美人なのに、もったいないことだ。



「よし、じゃあ行こっか」

「買いにですか?」

「違うよ、花壇見に行くの。ふたりとも体操着持ってる?」



 先生に連れられて園芸部室に戻ると、体操着に着替えさせられた。

 茜はいつも体育を見学しているけれど、毎度生真面目に体操着に着替えている。


 狭い空間で、更衣室とは違う場所で、ふたりで着替えているとなんだか変な感じだった。

 するすると衣擦れの音が、背後でいやに大きく感じられた。

 何を意識してるんだろう、私は。


 茜は着替えるのに時間がかかる。

 私は茜に背を向けたまま、じっと茜の立てる音を聞いていた。

 なんか我ながら、変態みたいでイヤだ。


 そうしてふたり揃って、外に出た。



「うわあ、ひどいもんだね」



 先生はほったらかしにしていた方の花壇を見て言った。

 当然、雑草が生え放題だ。



「これ、全部抜いちゃいな」



 先生は物置からゴミ袋と軍手を取ってきて、私たちに渡した。

 自分はというと、ひとり部室に入っていく。


 なんだか、心の大事なところに入られたようで変な感じがした。

 でも、そんなふうに考えるべきでないのはわかっている。

 先生がようやくやる気を出したのだ。



 ――いや、私か。やる気を出したのは。



 茜とふたり並んで雑草を抜いていく。

 しかしやっぱり、茜は草抜きをさせてもダメだった。


 根っこごと抜くということができなくて、どうしても茎の半ばほどを千切ってしまう。

 私はそれを軍手で掘り返してゴミ袋に放り込む。

 つまむ部分が無くなった分、2度手間以上にやりづらい。


 こんな日に限って真夏日で、茜は玉のような汗を流していた。

 熱で少し赤くなった頬に、長い黒髪を貼り付かせて、それがなんだか色っぽい。

 私は茜が日焼けしないか、それがとても心配になった。


 見とれている場合じゃない。

 早く終わらせなければ。


 でも茜が茎をブチブチ折っていくせいで、結局なかなかの時間がかかってしまった。



「遅かったねー」



 私のパイプ椅子に座った先生は、報告を聞いて大きく伸びをした。



「物置見てきたけど、土もしっかり揃ってるみたいだね。そうそう、ネモフィラも抜いちゃって」

「え……苗が届いてからじゃないんですか?」

「先に土作りをしなきゃなんないの。植える1週間くらい」



 こんなことに、変に動揺してしまった。

 入学当初は鮮やかなスカイブルーを見せていた花は、今は力を失って萎れている。

 それでも私は、土が乾けば水をやっていた。



 ――そうか、このネモフィラ、もう抜いちゃうんだ。



 私は花壇に向かってしゃがんだ。

 うぶ毛のある葉をかきわけて、茎を探した。



「園芸って、サバサバしてないとダメよ。大事なのは時期が過ぎたらスパッと首を切っちゃうドライさ」



 まさか先生は、私がネモフィラと先輩を重ねていることを、見抜いたわけじゃないと思う。

 ただ、私の動きがあまりにまどろっこしかったのだろう。


 そうだ。

 先輩には、花壇をきれいにしてくれと頼まれたのだ。

 萎れたネモフィラに水をやり続けてくれなんて言われてない。


 私は固い茎を見つけると、慎重に引っぱった。

 根は真っ直ぐにずるずると抜ける。

 白くて、思ったより太い根っこだった。


 萎れた花の下にある、まだまだ生命力を持った根っこ。



「………………」



 私はそれを、黄色いゴミ袋に放り込んだ。

 先輩も、こういうことをしてきたのだ。


 私が茎を1本引き抜くと、先生も手を動かし始めた。

 茜も、また茎をぶちぶちと千切り始めた。



「あ」



 最後に1本だけ、茜は根っこを引き抜くことができた。

 私はつやつやな黒髪を撫でてやりたくなったけれど、ドロドロの軍手じゃそういうわけにもいかない。


 茜を見ると、くちびるがほんの少しばかりほころんでいた。

 いつも失敗ばかりで、それでも涼しい顔をしているけれど、うまくいけばやっぱり嬉しいらしい。


 茜がそれをゴミ袋に放り込んで、花壇にはさっぱりと何もなくなった。



「ネモフィラの後だから、まあこのままでいいでしょ。アメリカンブルーは強いし。問題はあっちだ、もう土が古くなってるからね」



 そう言いながら、先生は物置から石灰の袋を出してきて、わさわさと花壇に撒いた。

 そして袋を戻すと、私に大きなスコップを渡した。



「がっつりかき混ぜるのよ」



 先生は先生で、スコップを持っている。

 さすがに危ないと感じたのか、茜には渡さなかった。

 そこに。



「あの」



 意外な人物が現われた。

 私は思わずスコップを取り落としそうになった。



「何か手伝えることはありますか?」



 ――神崎要芽だった。



「この子も園芸部に入れるの?」

「いや、そんな予定はないです」



 私はきっぱりと、先生に答える。

 神崎要芽は澄ました顔で言った。



「いつも写生させていただいているので、何かお力になれればと」



 嘘ばっかり。

 私は花壇に神崎要芽が来ているところなど、見たこともない。



「大丈夫よ、手は足りてるから」

「じゃあ、見学してていいですか」

「構わないわよ。美術の役に立つならね」



 先生と神崎要芽のやり取りに、部長の私はおいてけぼりだ。

 結局、ふたりで花壇の土をかき混ぜるのを、神崎要芽はじっと眺めるということになった。



「………………」



 神崎要芽は、じっとこちらを見つめている。

 非常にやりづらい。



「先生」



 思い出したように、彼女はこんなことを言った。



「円城さんも園芸部員ですよね。彼女も見学ですか」



 いつもシャープな雰囲気を放っている彼女にしても、かなりトゲのある言い方だった。



「そうよ、手は足りてるからね」



 あっさりと先生はそう答える。

 先生がこの場にいて良かったと心から思った。

 私なら、とてもそんなふうに答えることはできなかったと思う。



 茜を持て余している――そんな印象は絶対に誰にも与えたくない。



 園芸部の部員なのだ、茜は。

 できることはやってもらう。

 その、できることが少ないだけで――。



「………………」



 神崎要芽は私たちから、茜へと視線を移した。

 茜も、切れ長の目で神崎要芽を見る。


 ふたりの視線の交錯は、どんな意味を持っているのだろう。

 美術部に対する裏切りとか、そんなことを思っていたりするのだろうか。

 神崎要芽は、表情が読みにくい。



「小此木さん、手元」

「あ、はい」



 気づくと、同じところの土をひたすらかき回していた。

 作業に集中しなければ。

 茜も、神崎要芽も、あとの話だ。



「……こんなもんかね」



 先生のひとことで、作業が終わった。

 私は袖でひたいの汗を拭う。

 涼しげに作業を眺めている神崎要芽がうらめしい。


 茜はまあ、仕方ない。



「では、これで私は失礼します」



 神崎要芽は、先生に向かって軽く頭を下げた。



「また明日、円城さん。それと、小此木さんも」



 茜はいつものように「ええ」と返事をし、私は黙って軽く会釈を返した。

 “それと”の小此木さんだ、声を出すまでもないだろう。



「これで土を1週間寝かせて、それからまた堆肥を入れるからね。それからもう1週間寝かせて、ようやく植え付けよ」

「そんなにかかるんですか」

「夏に向けた植え付けのタイミングとしてはギリギリね。雨も多くなるし」



 そのギリギリでも、私が思い立ったのは茜がくれた花のピアスがあったからだ。

 人さし指の先に乗るような、ほんの小さなひと押しが、私を動かした。



「じゃあ、あと片付けしといてね」



 そう言い残すと、先生は校舎に戻っていった。



「……片付けよっか」

「ええ」



 私たちは雑草とネモフィラの詰まったゴミ袋を縛って、ゴミ捨て場まで持っていった。

 入学した頃はあんなに青く咲き誇っていたのに、なんだか妙に軽かった。

 私は軽いゴミ袋を、コンクリートのゴミ捨て場の片隅に、そっと置いた。



「……早く着替えよ、ドロドロ」



 茜はたいした作業もしていないのに、異様に土に汚れていた。

 鼻の頭にも土がついている。

 ぬぐってやりたいけれど、軍手を脱いだ指も汚れている。



「あそこに、新しい花を植えるのね」



 茜がぽつりと言った。



「楽しみだったりする?」

「ええ、ふたりで決めた花だから」



 茜は不器用でほとんどロクに作業できないけれど、それでも園芸部員のひとりだ。



「まあ、それなりに一緒にやってこ。ふたりの花壇だ」

「ありがとう」

「ん」




 ――先輩、どうやらあそこは、私たちの庭に変わっていくみたいです。

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