そして迎えた元日。余裕を持って起床した高木家の面々は、出向いた食事処での朝の膳を眺めて、全員感嘆の声を上げた。
「うわ~、やっぱり正月だから、お節だよな」
「こういうのは初めてね」
「偶にはこんなのも良いだろう」
傍目には平気に見える男達だったが、昨日の飲みっぷりを間近で見ている貴子は、一応確認を入れてみた。
「ところで、お義父さん達は体調とか大丈夫? 昨日随分飲んでいたみたいだし」
「見ての通り平気だから」
代表して孝司が胸を張って答えた為、貴子は溜め息を吐いて感想を述べた。
「良かったわね、酒に強い家系で。元旦から二日酔いなんて、洒落にもならないわ」
さすがに酒抜きで祝い膳に箸を付けつつ、食べ始めた一家だったが、ここで誰かの携帯の着メロが響いた。それが聞き慣れないものだった為、蓉子が貴子に声をかける。
「あら、貴子の着信じゃない?」
「うん、ちょっと出てみるから」
そして小さなトートバッグに入れておいた携帯を引っ張り出し、発信者名をディスプレイで確認して、小さく首を捻った。
(隆也? 朝から何かしら?)
そして個室の隅に寄って、電話に出てみる。
「もしもし? どうしたの」
「ここは、新年明けましておめでとうじゃないのか?」
開口一番、笑い声での突っ込みに、貴子は反論する気も失せてやる気がなさそうに言葉を返した。
「はいはい。新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「一つ報告がある」
「何? 帰ってからじゃ駄目なわけ?」
唐突に本題に入った隆也に(相変わらずの俺様ね)と半ば呆れながら尋ねると、隆也は淡々ととんでもない事を口にした。
「二分程前に、婚姻届を提出した。お前はもう榊貴子になっているから、そのつもりでいろ」
「はい?」
「自動車免許に調理師免許、年金手帳に預金通帳、その他諸々申請書類や変更届を、書いたり出したりする事になるぞ? 今月から講師の仕事も再開するし、駆けずり回るのを覚悟で帰って来い。報告は以上だ。切るぞ」
そこであっさり通話を終わらせる気配を察知したのと、漸く頭が回転した為我に返った貴子は、盛大に電話の向こうの隆也を怒鳴りつけた。
「ちょっと待って!! 何? 人に断り無くどういう事!? 提出するのは私に任せるとか言ってたわよね!? この大嘘つき!!」
その糾弾に、些か気分を害した様な声が返ってきた。
「お前、夜の電話で『結婚しても良い』と、言っていただろうが」
「それは、確かにそう言ったけど!」
「だからマンションに記入してあった用紙を取りに行って、区役所に提出しただけだ。それのどこが悪い」
「どこもかしこもよ! どうして婚姻届をしまっておいた場所を知ってるわけ?」
「捜査は俺の仕事だ」
すこぶる平然と言い返されて、思わず挫けそうになった貴子だったが、気力を振り絞って話を続けた。
「しれっと言わないでよ! 第一、今日は元日よ? 窓口は閉まっている筈でしょうが!?」
「知らないのか? 婚姻届を含む、出生、死亡、離婚届け等の戸籍に関する届け出は、一年中二十四時間受付可能だ。確かに事務手続きは窓口が開いてからの処理になるが、警備の当直担当者に渡して来たから今日受理された扱いになる。結婚記念日が元日というのもめでたいな」
「おめでたいのは、あんたの頭の中よっ!」
「そういう事だから、高木さん達に宜しく。今夜は高木さんの家に泊まって、明日マンションに戻るんだったな。俺も明日戻るから。それじゃあ今度こそ切るぞ」
「あ、ちょっと! それじゃあ、じゃ無いでしょうが!!」
そして宣言通り通話が途切れ、文句を言おうと再度かけ直しても繋がらない状況に、貴子は携帯片手に壁に手を付いて項垂れた。
「やられた……」
その光景を見て、この間不思議そうに彼女の様子を窺っていた祐司と孝司が話しかけてくる。
「姉貴、どうしたんだ? いきなり喚き出して」
「榊さんだろう? なにも新年早々、喧嘩しなくても……」
「喧嘩じゃなくて、呆れただけよ」
「榊さんが何をしたんだ?」
「記入しておいて、後は出すだけにしておいた婚姻届を、勝手に出しやがったわ」
忌々しげに貴子がそう告げると、その場全員揃って目を丸くした。
「え?」
「マジ?」
「貴子、本当なの?」
「榊さんと、そういう話になってたのか?」
「ええと……、まあ、一応確かに、出しても良いかなって気には、なってはいたけど……」
そこで微妙に視線を逸らしながら、蓉子と竜司に弁解がましく述べた貴子を半ば無視して、祐司と孝司は一気に盛り上がった。
「正月からめでたい! よし祝いだ、飲むぞ! 孝司、酒注文しろ!」
「おう、めでたさも二倍だな! じゃんじゃん頼もうぜ!」
「ちょっと祐司、孝司! あんた達、元旦から何を言ってるのよ! 昨夜も散々飲んだのに、止めなさい!」
早速仲居の呼び出しボタンを押しつつ、嬉々として酒類のリストを手にした弟達を貴子は本気で叱り付け、そんな子供達の様子を親達は微笑ましく眺めた。
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