ハリネズミのジレンマ

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番外編 次世代の覚醒

基本姿勢は専守防衛

公開日時: 2021年6月4日(金) 22:27
文字数:4,443

 日曜日の昼下がり。隆也は今年五歳になる息子の勇貴ゆうきに声をかけ、子供部屋に誘導した上で命じた。

「勇貴。お前に大事な話がある。ここに座れ」

「うん、何? おとうさん」

 自分の真正面に正座する勇貴を見ながら、隆也は数日前に届いた手紙の内容を思い返した。


(貴子の伯母が『宇田川の甥達は仕事が長続きしなくて、未だにどちらも結婚していない。血縁関係にある久住家が何度も就職を斡旋したのに、その就職先で色々問題を起こされて、久住家側でも相当腹に据えかねているらしい』 と、書き送ってきたからな)

 溜め息を吐きたくなるのを堪えつつ、隆也は考えを巡らせる。

(挙げ句に『現時点では弟の孫は勇貴君と凛ちゃんだけ。孫可愛さに目が眩んで、昔の事を都合よく綺麗きっぱり忘れて、恥ずかしげも無くそちらに接触してもおかしく無い』とまで断言してくるとは……。何かでそう察したか、あるいは実際にそういう言動があったのか……)

 そこでふと思い付いた隆也は、無意識に顔を緩めた。

(だがそれを貴子に直接ではなく、こっそり俺に伝えてくる辺り、素直じゃなくてひねくれているのは、やはり貴子の伯母だな。あいつに嫌な思いをさせず知らせず、夫の俺に『何とかしろ』と暗に言っているわけだ)

「……本当に面白過ぎる。機会があったら、是非一度、直に顔を合わせたいものだ」

 無意識に考えていた事を口に出していた隆也は、息子から不審そうな目を向けられた。


「おとうさん。ブツブツ言いながら、ひとりでなにわらってるの?」

「悪い。思い出し笑いだ。気にするな」

「へんなの」

 そこで隆也は真顔になり、勇貴に向かって重々しく言い出した。


「勇貴、お前はもう五歳だ。それなりに分別が付く年になった筈だ」

「おとうさんの言う『ふんべつ』が、どのていどの物かに、よると思う」

「それだけ分かっていれば十分だ。小さくてもお前は男だ。貴子や凛を守らないといけないのは、分かっているよな?」

 そう確認を入れると、勇貴は気分を害したように言い返した。


「おとうさん……。ぼくをバカにしてる?」

「一応、確認を入れただけだ。それで本題に入るが、お前には父方母方、双方の祖父母が存在しているのは知っているな?」

 そう尋ねると、勇貴は完全に腹を立てながら言い返した。


「やっぱりバカにしてる……。おじいちゃんとおばあちゃんと、りゅうじおじいちゃんとようこおばあちゃんだろ?」

「ああ。だが、今まで言っていなかったが、一つ訂正する点がある。竜司さんは、貴子の本当の父親じゃない」

 それを聞いた勇貴はちょっと驚いた顔をしてから、慎重に確認を入れてきた。


「そうすると……、りゅうじおじいちゃんは、ぎりのおじいちゃん、ってこと?」

「そういう事だ。血の繋がったお前の母方の祖父は、別にいる」

「おとうさんがそういうかおをしてる時は、ろくでもないはなしだよね?」

 どうやら宇田川の事を考えただけで嫌悪感が顔に出ていたらしいと隆也は反省し、平常心を取り戻してから勇貴に言い聞かせた。


「やはりお前は頭が良いな。口にするのも不愉快だから、二度は言わん。これから言う事を、頭の中に叩き込んでおけ」

「わかった。それで、たごんむようだよね?」

「ああ、勿論だ」

(やっぱり俺の息子ながら、物分かりが良い)

 心の中で息子を誉めてから、隆也は貴子と父親の間にあったあれこれを、順を追って説明した。勇貴はそれにひたすら大人しく聞き入り、最後まで父親の邪魔などはしなかった。


「……とまあ、こういう事があったわけだ」

 しかし隆也が話を締めくくっても、勇貴は怒りも動揺もせず、いつも通りの様子だった。


「ふぅん? それで? 終わり?」

「ああ。感想は?」

「思ったより、つまらなかった」

「……そうか?」

(随分あっさりとした反応だな。やはり良く分からなかったか?)

 期待外れの反応に、隆也がこれからどうすれば良いか内心で悩んでいると、そんな彼に勇貴が、冷静に声をかけてきた。


「おとうさん」

「何だ?」

「きほんしせいは、せんしゅぼうえいだよね?」

 いつもの顔ながら、その瞳に物騒な輝きを宿しながらのその問いかけに、隆也は一瞬呆気に取られてから、不敵な笑みを浮かべて頷いた。


「そうだな。向こうがちょっかいを出さない限りは、放置しておけ」

「じゃあ、ちょっかいを出してきたら、いちげきひっさつでいいよね?」

「……お前にできるのか?」

 物騒な台詞が出てきた事で、隆也は懐疑的な視線を息子に向けたが、勇貴は気負う事無く淡々と述べた。


「はなしをきくかぎり、あたま弱そうだし。力でかてないなら、あたまをつかえばいいだけだよ。ちがう?」

「その通りだな。分かった。その場合はお前に任せるから、好きにしろ」

「わかった。すきにする」

 思わず笑ってしまった隆也は即座に了承し、親から御墨付きを貰った勇貴は真顔で頷いた。ここでタイミング良く、ノックに続いてドアを開けた貴子が顔を覗かせ、二人に呼びかける。


「あなた、勇貴。ケーキが焼けたから、お茶にするわよ?」

「やった! おかあさんのケーキだ!」

「こら、勇貴! 走らないの!」

 途端に年相応の笑顔でバタバタとキッチンに向かった勇貴を、貴子はすかさず叱りつけてから、苦笑気味に立ち上がった隆也に尋ねた。


「隆也、二人で何をしていたの? 遊んでいたわけじゃ無いみたいだし」

「ちょっと、男同士の話だ」

「はぁ? 勇貴はまだ五歳よ?」

「小さくとも、あいつは立派な男だからな」

 先程の顔を思い出しながら隆也はしみじみと告げたが、それを聞いた貴子は変な顔になった。


「真顔で何を言ってるのよ?」

「本当の事なんだがな……。取り敢えず俺も、久しぶりにお前の料理の腕前を堪能したいんだが?」

「期待を裏切らない出来映えだと思うわ」

「そうか。それは何よりだ」

 そうして貴子と笑い合ってから、彼女と並んで歩き出した隆也だったが、内心で密かに考え込んでいた。


(取り敢えず、あの様子を見る限り、勇貴に任せておけば大丈夫だろう。貴子に不愉快な思いはさせたくないし、あいつ自身に撃退させるのが、一番手っ取り早くて効果的だな)

 そして彼のその推測は、少し後に現実の物となった。



 ※※※



 ある日の午後。幼稚園から戻って来た勇貴は、遊ぶ約束をしていた為、香苗に向かって声をかけた。


「おばあちゃん、なおくんの家にいってくるね? あそぶやくそくしてるから。ごじにかえる」

「勇貴、気を付けてね?」

「すぐちかくだから、だいじょうぶ!」

 妹の凛の相手をしていた祖母に、行き先と帰宅時間を告げた勇貴は、近所の同じ幼稚園仲間の子供の家に出かけた。


「よっと、うん。ちゃんとしめた。よし、いくぞ!」

 しかし玄関を出て門まで行き、門扉をきちんと閉めて歩き出そうとした時、背後から声をかけられる。

「勇貴君? 榊勇貴君だよね?」

 その声に振り返った勇貴は、その見知らぬ年配の男性を見上げて問いを発した。


「……おじさん、だれ?」

「おじさんじゃなくて、おじいちゃんだよ? 私は勇貴君のママのお父さんなんだ。分かるかな?」

 それを聞いた勇貴は、愛想笑いを浮かべている相手の正体に気が付き、冷静に考えを巡らせた。


(やっぱり、あたまが弱いじじいだ。これはむすことして、おかあさんのかたきをとる、ぜっこうのチャンス)

 内心で辛辣な事を考えながらも、勇貴はその顔に笑みを浮かべながら、愛想良く頷いた。

「しってるよ? うだがわのおじいちゃんだよね? けいさつの、すごいえらい人だったんだよね? おとうさんより、えらかったんだよね?」

 さり気なく持ち上げてみると、啓介が忽ち笑み崩れる。


「おう! そうだとも! 勇貴君は良く分かってるな!」

「うわぁ、会えてうれしいなぁ! じゃあ、ゆっくりおはなしできるところにいかない?」

「そうだな」

「そこまで、あんないしてあげる」

「そうか。勇貴君は優しいな」

 笑顔で提案して手を伸ばすと、啓介は疑いもせずに手を握り、勇貴と並んで歩き出した。


(だれからじぶんの事をきいたのかって、かんがえないのかな? それに、おやからはなしを聞いたら、こんなにしたしげなのって、ふつうあやしいとおもうんだけど)

 そんな考えをおくびにも出さずに、勇貴は啓介に愛想を振り撒きながら目的地へと向かった。


「ぼく、おじいちゃんみたいな、りっぱなけいさつかんになりたいなぁ」

「そうかそうか、勇貴君ならきっとなれるぞ? 何と言っても私の孫だからな!」

「そうかな? うれしいなぁ」

(マジでウザい……。これからちかくをうろうろしないように、てっていてきにあかっぱじかかせてやる)

 にこにこ笑いながら徹底排除を決心した勇貴は、そこで目の前に広がった空間について、何食わぬ顔で説明した。


「あのね、ここがえきでね、ひろばがあって、すわるところもいっぱいあるんだ!」

「本当だな」

「それじゃあ、おまわりさんにごあいさつするから、つきあってね?」

「え? どうしてだ?」

 広場の片隅にある交番を指さしながら勇貴が言い出した為、啓介は怪訝な顔をした。しかし勇貴は大真面目に、その理由を説明する。


「このまえをとおる時は、きちんとおまわりさんにあいさつしろって、おとうさんに言われてるんだ。ちいきのみんなのあんぜんをまもっているから、けいいをはらえって。おじいちゃんだってけいさつかんだったんだから、そう思うよね?」

「……確かにそうだな」

 咄嗟に反論できなかった啓介は、勇貴と手を繋いだまま大人しく付いて行き、二人は交番の前までやって来た。


「おまわりさん、こんにちは!」

 開けてある戸口から中を覗き込みながら勇貴が挨拶すると、その元気な声に、中にいた警官二人が顔を向けた。


「お! 勇貴君、こんにちは」

「永瀬さん、知り合いのお子さんですか?」

「ああ、三宅君。君は初めてだったか。勇貴君は、ここの交番では有名なんだ。父親の榊さんが警察庁のお偉いさんで、しっかり躾をされているからな。いつもこの前を通る度に、きちんと挨拶してくれるんだ」

「そうなんですか」

 顔見知りの年配の警官が、後輩に説明していると、勇貴は若い方の警官に向かって、笑顔で挨拶した。


「お兄さん、はじめまして。おとうさんは、けいさつちょうけいじきょくの、とくしゅさぎたいさくしつの、しつちょうをしてます。それでいつも『ちいきのへいわとあんぜんを守るのは、げんばのけいかんだ。いついかなる時も、けいいをはらえ』って言われてます。おしごと、ごくろうさまです!」

 そう言って頭を下げた勇貴を見て、三宅は心底感心したような声を出した。


「いやぁ、凄いな。これはしっかりしたお子さんですね」

「だろう? さすが、キャリアの方のお子さんは違うよな」

 二人がしみじみと感想を述べ合っているのを、啓介は自分が誉められたかのように鼻高々で聞いていたが、ここで未だに手を繋いでいる勇貴が、全く予想だにしていなかった事を言い出した。


「それできょうは、このおじいさんをつれてきたの。ちほうしょうで、まいごみたい。ほごして、かぞくにれんらくしてください」

「え?」

「は?」

 それを耳にした警官達は当惑し、啓介は予想外の事態に絶句した。


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