「……さあ、それでは、ゆみみんの自宅に突撃時に、押収した食材はこれだ!」
どうやらグラドル上がりのタレントの自宅を奇襲し、その冷蔵庫内の食材で料理を作って食べるといった主旨のコーナーだったらしいが、司会者が景気良く引きはらった白い布の下にあった物を認めて、榊家の面々は思わず絶句した。
「うわぁ……」
「あらあら、あれでお料理を?」
「お前、できるか?」
「…………」
台の上に並べられた食材は、大根半分、ピーマンと生姜が一個ずつ、開封済みの味海苔やチーズ、人参やジャガイモなど根菜類が使いかけで放置した物など、どれもこれも中途半端な量と統一性が無い代物だった。そして普段の食生活を暴露されて、項垂れている二十歳前後の女性に、司会者が追い討ちをかける様に説明を付け加える。
「あ、押収時はかなりしなびたり、賞味期限が切れた食材ばかりだったんだけど、一応これは新鮮な物を同量準備したから、心配要らないよ、貴ちゃん」
「どうも……」
どうやら本当に事前に内容を知らされていなかったらしい貴子が、引き攣った笑みを司会者に向けてから、居心地悪そうにしている彼女に声をかけた。
「ゆみちゃん……、頑張って野菜を取ろうとしている気持ちは分かるわ。でも忙しいし一人暮らしだと、小分けの食材を買っても使い切れないのよね?」
そう取りなす様に話しかけると、相手は救われた様に勢い込んで訴え出した。
「そうなんですよ~! 朝はゆっくり食べてる暇ないし、昼は仕事場でマネージャーが調達してくれたお弁当だし! 夜帰っても色々考えるのが面倒で~」
「納豆もね。3パックなら食べられるかなって油断してると、ついつい忘れちゃうのよね」
「そうなんです! 朝に納豆を食べると大変だし!」
「お酒を飲むときのおつまみにって買った物って、意外に持て余すわよね~」
「やっぱり分かってくれるのは、貴子さんだけです~」
「はいはい、そこまで。それではこっちでクイズをやってる間に、貴ちゃんこれで何とかして。できるかな?」
「私を誰だと思っているのかしら?」
多少意地悪く尋ねた司会者に、貴子が不敵に笑い返す。そして和気あいあいと他のゲスト達がクイズに興じ始めると、スタジオの傍らの厨房スペースで、エプロンを付けた貴子の手が猛然と動き出した。
「うっわ、さすがの包丁捌き。今、手元見ないで千切りしながら、インカムで会話してたよね?」
「本当に、危なげないわね~。それに手際が良い上に、色々な事を同時進行してるわ」
「え? 大根の皮と葉っぱ、捨てないの?」
「綺麗に洗ってたから、きんぴらとかお味噌汁の具にでもするんじゃないの?」
「そういえばさっき、セロリの切れ端を切ってたみたいだけど……、サラダにする様な材料って無いわよね?」
「ビニール袋に入れて口を縛ってたし、浅漬けにでもするんじゃないの?」
「セロリって、サラダ以外で食べられるの!?」
「眞紀子……。あなたちゃんと、マンションで自炊してるんでしょうね?」
「……一応」
クイズの合間に時折映し出される調理の様子を見ながら、母娘で調理内容である意味盛り上がっている間、男二人は黙ってテレビと目の前の女二人の会話の推移を見守った。
そして予め収録されていた番組であり、CMを二回挟んだ程度で、クイズコーナーが終了し、出演者がぞろぞろと厨房スペースに移動してきた。
「貴ちゃん、こっちは終わったけどどうかな?」
「こっちも終了。ゆみちゃん、どうぞ?」
「うわぁ、美味しそうです!」
味見担当の女性タレントが歓声を上げ、その視線の先には数々の料理が並んでいた。炊き込みご飯と味噌汁は分かるにしても、何かのかき揚げ風に大根の皮と人参のきんぴら。セロリとズッキーニの浅漬け、枝豆のソース掛けミニオムレツ、鶏の唐揚げ風甘酢あんかけなど、一見元の食材が不明な物も見られた。しかし彼女は恐れげも無く、嬉々としてテーブルに着いて食べ始める。
「じゃあ、いただきます!」
「どうぞ」
そしてすぐに、彼女達の間で、楽しげに会話が交わされた。
「え? これって、まさか納豆?」
「そう。納豆と一緒にチーズや根菜の切れ端をみじん切りしたものを生地に混ぜて、スプーンで掬ってかき揚げ風に揚げたの。冷めるとべしゃべしゃして美味しくないから、これはやっぱり揚げたてね」
「このオムレツも美味しいです! ソースは確かに豆の味なんだけど、変に臭みとかは無いし」
「それはちょっと一工夫してるから。企業秘密だから教えられないけど」
「えぇ~、教えて下さいよ~」
新たに料理に箸を付ける毎にテレビでは感嘆の声が上がり、隆也達も感心しながらそれを眺めていた。そして司会者が出演者達に向かって、厨房スペースの隅を指差す。
「さあ、それではゆみみんだけに美味しい料理を堪能して貰うのも何だから、クイズで最下位の高野さん以外には、貴ちゃん特製のオニギリとけんちん汁が準備してあるんですよ。さあ、皆さん、そちらにどうぞ!」
そう告げられた途端、スタジオ内が活気に満ち溢れた。
「やった! 腹減ってたんだよね~。収録長丁場だし」
「宇田川さんの手料理なんて初めてだな。期待してます」
「ちっくしょう……、もっと本気でやっときゃ良かった!!」
「高野さん、私のを少し分けてあげますから」
そんな事を言い合いながら移動した先で、貴子が大鍋から汁椀によそいながら、オニギリについて述べた。
「そのオニギリは、お皿毎に種類が違うんです。一つや二つでお腹一杯にならない様に、ミニサイズで作ってみましたから、是非五種類全部、挑戦してみて下さいね?」
「え? そうなんですか?」
「楽勝楽勝! じゃあこれから頂きます」
そうして汁椀を受け取る前に何人かが早速食べ始め、満足げな声が上がった。
「宇田川さん、このアサリの佃煮入り、ゴマオニギリ美味い!」
「ありがとう。アサリはやっぱり酒蒸しが一番だとは思うけど、そういうのも良いでしょ?」
「これは……、基本梅干しだけど……、他にも入ってますよね? 紫蘇の千切りと、何か食感が違う物が……」
「大根の梅酢漬けを、余計な水分を取って刻んで入れたの。微妙な甘味と食感が楽しめるでしょう?」
(そう言えば……、以前あいつの部屋に行った時に、色々なオニギリを食べさせられて、感想を聞かれた事があったな。これの為に試作した奴か?)
貴子が問われるまま出演者に具の説明をしているのを、隆也は香苗が途中で淹れ直してくれた珈琲を飲みながら、ぼんやりと眺めていた。するとここで司会者が、何気なく問い掛ける。
「貴ちゃん、今回もオリジナルレシピ満載だよね。因みにこれらのオニギリとかに、宇田川流の名前とかあるの?」
「ええ、一応有りますよ? 因みに、そのアサリの佃煮のオニギリは《隆也スペシャル》って言うんです」
「ぅ、……ぶふっ! がっ、……ぅあっ!」
「ちょっと! 兄さん、何やってるのよ!」
「ほら、ティッシュだ。拭け」
「大丈夫?」
「……ああ、ちょっと、気管に入りかけた、……だけ」
貴子が全国ネットでとんでもない事を口にした途端、隆也は飲んでいた珈琲を吹き出して盛大にむせた。それを家族が驚いて眺めたが、隆也の動揺など関係無く、番組は続行される。
「え? 何? そのネーミング? まさか男の名前付けてんの?」
嬉々として食らいついてきた司会者に、貴子は負けず劣らずの笑顔で応じた。
「そうですよ? 因みに他は、左から《昌宏スペシャル》に《克徳スペシャル》に《潤スペシャル》に《敏夫スペシャル》です。その時々に付き合ってる男に『どれが一番美味しい?』って聞いた時に指定した物に、その名前を付けてるんですよね」
「うわ~、貴ちゃんの男遍歴の一端が見えたね~」
「あら、相手に敬意を表して、忘れないように名前を残してあげてるのに、誉めてくれないんですか?」
「貴ちゃん……、それ気配りと違う。男を作る度ムシャムシャ食ってる事になるよ?」
「あ、それもそうか~」
そこでスタジオ中が爆笑に包まれた所で、口元を押さえていた隆也が無言で立ち上がった。
「隆也? どうしたの?」
「ちょっと台所で、水を飲んでくる」
声をかけた香苗に素っ気なく断りを入れた隆也は、台所を通り過ぎて階段を上がり、自室に飛び込むと同時に充電中のスマホを取り上げて、迷わず番号を選択した。そして呼び出し音が途切れると同時に、盛大に怒鳴りつける。
「おい! 何なんだ、あのふざけた名前はっ!?」
それに少し時間が空いてから、心底嫌そうな声が返ってきた。
「……いきなり怒鳴らないでよ。鼓膜が破れるわ」
「お前の鼓膜なんか知った事か!?」
「随分な言われ様ね。それにあれが一番美味いって言ってたじゃない。何か文句あるの?」
「大有りだ! 人の名前を勝手に使うな!」
「別に良いじゃない。あんたの知り合いとかが見てるわけじゃ無いでしょ?」
「家族が見ていた」
「え?」
「俺と一緒にな」
そして貴子が黙り込んで十数秒経過してから、乾いた笑いと共に、短い言葉が返ってきた。
「……えっと、ご愁傷様。ま、不可抗力よね」
「言う事はそれだけか?」
「色々頑張ってね。それじゃあちょっと早いけど、良いお年を」
「おい!?」
こめかみに青筋を浮かべた隆也が尚も文句を言おうとしたが、貴子はあっさりと通話を終わらせた。そして舌打ちした隆也が再びスマホを充電器に戻すと、音もなくドアが開いて眞紀子が入って来る。
「全然知らなかった。兄さん、彼女と付き合ってるんだ」
ニヤニヤしながら近寄ってきた妹に、隆也は表情を消してとぼけた。
「誰の事を言っている?」
「しかも、彼女からしたら、他の男と十把一絡げ状態。笑えるっ!」
そしてわざとらしく口元を押さえ、「くふふふふっ」と笑い出した為、隆也は彼女の首の後ろを掴んで、再びリビングに向かって歩き出した。
「ちょっと、痛いっ! 兄さん横暴! 照れ隠しにも程があるわよっ!」
「俺のどこが照れてるって言うんだ! ふざけるな!」
そんな風に言い合いをしながらリビングに戻った隆也だったが、室内に入った途端、両親から生温かい目で見られる事になった。
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