志穂が美海と一緒に帰り始めたころには、小学校から長男聖夜と、次男賢斗が帰ってきた。
「ただいま、ママー!」
その声に美篶が反応すると、「お帰り!」といって二人に声をかけた。
「今日は暑かったね。冷蔵庫に冷えた麦茶があるから飲む?」
美篶の質問に聖夜と堅斗が「うん、飲みたい!」と言い出すと、すぐさまランリュックを、自分たちの部屋へと片付け始めた。美篶はその間にお茶と、冷凍庫からチョコミントのアイスクリームを取り出した。伶菜にも麦茶とアイスクリームを先に出したが、先程までのことがよほどショックだったのか、微動だにしない。
「伶菜ちゃん、大丈夫?」
美篶の問いに、伶菜は「あっ、ううん。ママ大丈夫。明日の保育園見学楽しみだね。」といって返事をした。それを聞いた美篶は「そうだね。保育園の入所が決まって、伶菜ちゃんのお友達がたくさん見つかったらいいね。」と話すと、伶菜は満面の笑みで笑ってくれた。
美篶は伶菜の様子を見て一安心をした。
夕ご飯は、仕事から帰ってきた隆治、聖夜、堅斗、伶菜の家族団欒で、土用の丑の日ということもあったので、皆で鰻の蒲焼丼を堪能していた。
伶菜が無邪気に「ママが作ってくれたお魚、美味しい。」といってもぐもぐと食べると、聖夜がこっそり伶菜の耳元で「スーパーの魚のお惣菜のコーナーで買ってきたものだよ。」と言い始めた。美篶の中で「余計なことを言いやがって。」という気持ちになったのだが、事実であることに否定はしなかった。子供たちが寝始めたことを確認した美篶は、リビングのソファアでゆっくりくつろぎながらテレビを見ている隆治に、志穂が来た際の出来事を説明した。
「あなたに、見てほしいものがある。」
美篶にそう言われた隆治は、「ああ。いいよ。」といってソファから立ち上がる。
美篶は隆治に「ついて来てほしい。」というと、二人で台所裏の収納庫へと足を運んだ。電気のスイッチをつけ、目の前に広がる光景に隆治は出る言葉も出てこなかった。志穂の娘の美海が蹴って倒れてしまったベニヤ板の壁を横にした状態で、隠されていた部屋に入るための入り口が開かれている状態のままだった。30秒ほど経って、やっと隆治が話し始める。
「まさか、隠し部屋があるだなんて、俺は鈴村不動産から一言も聞かされてねぇ!」
隆治が美篶に話し始めると、隆治が美篶に「懐中電灯はあるか?」と訊ねてきたので、美篶は予め持っていた懐中電灯を隆治に渡した。
「あの目黒って社長め!!許さねぇ!!家賃6万どころじゃ済まされねぇ!!」
怒りながら、隆治は懐中電灯の灯りを頼りに階段を下り始める。
階段を下りた先のドアを開け、隆治が中に入っていく。
隆治が勢いのまま、中に入るのだが、目に入る光景を見て、冷や汗が止まらない。
独身時代、思えば”男としての修業”たる名目で、心霊スポットと噂されたところに足げなく通ったりして悪ふざけをしていても怖いとも何とも思ったことはなかった。
しかし目の前にあるお焼香をする台や、木魚、おりんなどの仏教道具をはじめ、祭壇のセンターにはにこやかに微笑む姿が印象的な男性の遺影があり、手前には”悲願潤徳院信士”と書かれた位牌が置かれてあった。
「何でこんなもんまで残すんだ!?遺影や位牌も大事な物じゃないのか!!」
隆治の中で、大家の染澤セツの考え方が、やはり世間一般とずれていることに感じざるは得なかった。そしてついには不動産への文句が口に出てしまった。「クソッ!こんな部屋があるなんてまともな調査をしていない鈴村不動産も同罪だな、家賃7万から1万引き下げてもらったけど、んなもん今までやってきたことを考えたら、”子供たちが遊んでいたら隠し部屋を発見しました”といって見せるしかないな。」といって話し始めた。
隆治が部屋の内部を一通り見て、入ってきたドアのほうへと振り返ろうとした瞬間だった。
何かの気配がする。
部屋には俺しかいないはずだった。
「美篶、階段の近くまで来ているのか?」
俺の質問に何の反応も返っては来なかった。
何かの勘違いだろうと思い、ドアのほうへと向かって歩こうとした瞬間だった。
「・・・・・・・・・・・・!?」
隆治の目の前に、般若のお面のような表情で睨み付け、切腹をした痕跡が見られる男性がいた。
隆治は男の右腕でガッと首元を掴まれると壁に叩きつけられると、左腕でさらに掴まれると、首を絞められた。「ウッ、ウッ、ウッ・・・!」 意識が遠のきそうになりながらも必死で顔を振ったりして抵抗をしようとした。隆治は何とか男に蹴りを入れて、首を絞められる攻撃からは何とか逃れることが出来た。必死になってドアの前まで駆けつけドアを開けると、力一杯にドアを閉めた。そしてダッシュで階段を駆け上がった。上がった先には美篶が待っていた。
「あなた、どうしたの!?」
聞かれた隆治は美篶にこう話した。
「美篶、他にこの部屋に入ってくる人はいなかったのか?」
隆治が聞くと美篶は「いえ、わたし一人でずっとあなたが上がってくるのを待っていたのよ。」と話した。隆治は思わず首を傾げてしまった。
二人はその後、夫婦の寝室へと入ると、美篶があの部屋に入って遭遇したことを話し始めた。
「あの部屋は伶菜が美海ちゃんと鬼ごっこして遊んでいた時に、美海ちゃんが壁だと思って蹴ったベニヤ板が美海ちゃんの方向へと向かって倒れてきて、あの部屋があることに気付かされたの。わたしと志穂の二人で確認した。わたしは志穂がおかしいというので見に行って、遺影や位牌が残されている様子を見て恐怖のあまりに足がすくんでしまったの。一通り見て、ドアがある方向へと立ち上がり向かっていこうとした時だった。後ろからそっと近づく誰かの気配を感じた。そしてわたしの耳元でその人はこう怒鳴りつけるような口調で話したの。」
”俺の恨みは消えない!永遠に呪い続けてやる!”
「わたしは志穂がすぐに助けてくれたおかげもあって、今ここにいる。」
そう話すと、隆治は「俺もさっきあの部屋で殺されかけた。般若のお面のような表情の男がいた。とても怒り狂っているようにも見受けられた、その男は俺に近づき右腕で俺の首元を掴むと壁に叩きつけられ、さらに左腕で首元を掴まれると、首を渾身の力で絞められた。何とか逃げ出したい、その一心で俺はあの部屋から抜け出した。腹には切腹をした痕跡があった、生きている人間によるものではない。それだけは言える。」と話した。
それを聞いた美篶は隆治に、「やっぱりこの家は呪われている。だからあんな祭壇があったのよ!大家の染澤セツさんは家族を殺した後に自害した息子の潤一郎さんの御霊を鎮めるために、隠し部屋を作り、祭壇を設けたのよ。どんな経緯があって、潤一郎さんがこの家で一家無理心中を図ったのかはわからない。でも、ただ言えることは、潤一郎さんは生前に社会に対して強い怨恨を持ち抱いたまま天国に逝かれたのだろう。それをもしお母様のセツさんが何かしらの形で潤一郎さんが悪霊になっていることを知ったら、セツさんは潤一郎さんの事を思い、行動すると思う。その結果があれだったら、あの祭壇を設けた理由も理解できる。」と話した。
隆治がそれを聞くと美篶に「俺が襲われたときに見たのは、追い詰められ世間への怨念の気持ちに満ち溢れた潤一郎だったってことか。」とそっと美篶に話した。美篶はそれを聞いて、「やめて、もう聞きたくない。」といって両耳を塞いだ。
そして隆治は美篶に「明日、伶菜の保育園の面接が終わったら、鈴村不動産に行こう。目黒の社長にこの隠し部屋を見せるべきだ。調べていないにも程があり過ぎる!」と言って眠りについた。
明くる日の土曜日、多久市内にあるまんてん保育園への入園のための面接に隆治と美篶、伶菜の3人で現れた。この日がちょうど非番だった志穂が仕事が休みだった夫の和則と、長男で小学3年生の蒼佑と、そして前日に暴れに暴れまくった美海の4人で車で遊びに来てくれた。4人が荻窪家の中に入ると、リビングで聖夜と堅斗、そして蒼佑の3人が早速、家にあるゲームソフトで遊び始める。
その様子を見て安心した隆治と美篶が伶菜を連れて外へと出る。
玄関の外に出てきた志穂が「美篶!聖夜君と堅斗君の面倒はこちらでちゃんと見るから、伶菜ちゃんの保育園の入所が無事決まることを祈るよ!」といって笑顔で手を振ってくれた。
美篶は志穂の優しい言葉を聞き、「ありがとう。緊張はするけど何とか乗り越えて見せるよ。」といって、隆治が運転する車に行った。一緒にいた伶菜を後部座席のチャイルドシートに座らせた後に、美篶は助手席に乗り込み、まんてん保育園へと向かった。
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