大家の染澤セツさんの死を受け、益々引っ越し先を探すことに専念をしなければいけなくなった荻窪一家。そして美篶は新しく就職が決まった塚原商事での一日目がスタートする。
焦っていいところを探そうと思うときっと失敗するに違いない。
今度は冷静に見極めて、場所なども確認をしたうえで、住むべきか否かをきちんと決めるべきだと改めて学習した。慌しく一日が過ぎていく中で、密かな楽しみがあった。
それは通い始めた保育園で伶菜が友達を作って、家の中にも連れてくることが増えてきたことだった。それは美篶にとっても嬉しかった。
引越をしてきた当初は目に見えない友達の智紀君とのかくれんぼをもうしなくなるのでは?と思ったからである。通い始めて少しずつ仲のいい友達と遊ぶ機会が増えると少しずつではあるが、智紀君とかくれんぼをしていると言い出すことは少なくなっていった。
美篶が仕事を始めてから、迎えた金曜日の事だった。
与えられた仕事をすべてやり終え、定時の17時になったと同時に美篶は退社をした。
「はあ~明日はやっと土曜日だ!まだ戦力になれたとは言えないけどそれでも少しずつ自分しか出来ない仕事を増やしていき、戦力にならなければいけないね!」
美篶が会社から出た後、ガレージに停めてある車に乗り込んだ際に強く意気込んだ後、まんてん保育園に預けている伶菜の御迎えに行った。
伶菜が笑顔で保育園から出てきたときに、美篶は「今日の保育園は楽しかった?」と聞くと伶菜は満面の笑みで「うん!とっても楽しかった!!」と話してくれた。
2人で保育園を後にした後、家に着いたと同時に、志穂から電話がかかってきた。
美篶が「志穂?何?どうした?」と聞くも、志穂は「美篶も早いこと家を出ていったほうがいい。引っ越し先が見つからないならどっかの実家に身を寄せるべきだ。」といって電話を切った。
美篶は志穂が何を言っているのか、全く理解が出来ず、すぐ電話を掛け直したが繋がらなかった。
「一体何があったのだろうか?」
とても心配な気持ちが美篶の中で芽生えてきたが、警察官の志穂と、消防士の和則さんのあの夫婦なら、何かあっても大丈夫だろうと過信して、何度も何度も電話を掛けるようなことなどはしなかった。そして明くる日の朝、土曜日の朝9時の事だった。
美篶が朝のニュースを見るために、リビングにあるテレビのスイッチを押した後、ソファでゆっくり寛いでいた。すると美篶の携帯に見知らぬ番号からの着信がかかってきた。
「雲仙署の刑事の安田です。我妻志穂と最期に話をしていたのは荻窪美篶さん、あなたですよね?」
刑事の安田任史の質問に美篶は「はい。そうです。最後に話をしたのは、昨日の夕方の18時を過ぎたか過ぎないかぐらいの時間の事でした。”家を出ていくべきだ”と言われ、わたしが質問をするタイミングも与えてもらえずに一方的に電話を切られてしまいました。それからわたしのほうから理由が聞きたくて志穂の携帯を一度鳴らしましたが折り返しの連絡はありませんでした。」と話した。
すると、安田は「なるほど。わかりました。」とメモを取った後に、「荻窪さんには話さなければいけないことがあります。たった今連絡を受けたばかりになるのですが、我妻さんの住む家に回覧板を回しに行った近所の住民の方が、いつもは朝早くに必ず郵便ポストから購読している新聞紙を取っているそうですが、この日は珍しく8時を回っても新聞紙がさしっぱなしのままだった。不審に思った住民の方がインターホンを鳴らしても誰も出てこず、ドアの鍵も閉まっていたため、庭の窓が開いていたのでそこから入っていったそうですが、1階には誰もいなかったため、2階へと上がると、上がってすぐの蒼佑君の部屋を覗くとナイフが刺されたままの状態でベッドで息絶えている蒼佑君を発見すると、隣の美海ちゃんの部屋にも何者かによってメッタ刺しにされた状態でベッドで倒れているのを発見、続けてご夫婦で寝ていた部屋にも頭を鈍器のようなもので激しく殴られ続けた志穂さんのご遺体を発見しました。」
安田の説明に美篶は放心状態になり言葉が出てこなくなってしまった。
美篶は気持ちを落ち着かさなければと思い、冷静になりながら語り始めた。
「御主人の、消防士を務めている和則さんはどこに行ったんですか?無事なんですか?」
その問いに安田は「犯人は恐らく夫の和則によるものだと我々も思っていますが、車は置かれたままの状態で恐らくですが公共の交通機関を使って移動をした可能性が考えられます。引き続きこちらも捜査をしていますので、もし近くで和則さんを見つけた等の目撃情報があれば、すぐに連絡をして頂けませんか?」と話すと、美篶は辛い気持ちをぐっとこらえ「わかりました。」といって電話を切った。電話を終えた後、美篶は頭を抱え込み、堪えてきた感情が溢れ出てくるかのように、わっと声をあげて泣き出してしまった。
その様子を会社が休みで起きてきたばかりの隆治が「美篶、何かあったのか?」と聞いてきたので、警察から聞かされた内容を説明すると隆治も絶句して言葉を失ってしまった。
「つい最近まで、皆でこの家でご飯を食べ合ったりしていたじゃないか。」
隆治もショックのあまり言葉を失うと、堪え切れず涙を流し始めた。
美篶が隆治に「和則さんの行方がまだわかっていないの。美海ちゃんや蒼佑君、志穂を殺害した後に公共交通機関を利用して移動した可能性が考えられるの。警察でも行方を追っているらしい。」と話すと隆治は和則が行きそうな場所に心当たりがあったのだろうか、「和則君なら、行きそうだなあと思う場所が一つ、ある。趣味のドライブで一人ふらっと行くことがある小浜トンネルなら、あいつが立ち寄っていてもおかしくない。」と言い出すと、美篶は「行って見ましょう。」と話した。
起きてきた聖夜と堅斗、伶菜には「すぐに帰ってくるから、テレビゲームでもしながら兄弟仲良く過ごしてね。」といって二人で急いで雲仙市内にある小浜トンネルへと向かい始めた。
車で2時間近く走らせること、やっと小浜トンネルに到着をすると、車を安全に停車が出来る場所に停車をさせるとすぐ、山の中へと携帯を持った状態で入っていくことにした。
入っていくこと15分ほどが経過したころだった。
特に違和感を感じることはなかったのだが、トンネルが走る上部の真ん中あたりに差し掛かった場所に入ると、木に吊るされたあるものを美篶が発見した。
「隆治、あそこに何かあるよ。」
美篶が気が付きかけよると美篶が悲鳴を上げて倒れた。
そこには木の枝にロープを括り付けて死んでいた和則の姿があった。
「和則君・・・!」
2人はすぐ110番通報をした後、警察が駆けつけてくるまでの間をじっとすることにした。
通報から30分後、2名の警察官が駆け付けると、和則の遺体を確認、「我々が探していた我妻和則さんで間違いありません。しかしどうしてここにいるとわかったんですか?」と訊ねられると、隆治は「和則君が生前よく来ていた場所でした。俺と和則君はここでよく釣りをしたり、或いは運動がてらによくこの森の中を歩いていたして過ごしていました。和則君が最期の地として選ぶ可能性があるのならここしかないと思い、妻の美篶と一緒に来ました。」と語った。
森の中で和則の死体を確認した後、二人はすぐに釈放されたが、まさか無理心中を図ってしまったことが、隆治にとっても美篶にとっても、心の中で癒えない傷だけを残してしまった。
隆治は美篶に「美篶、俺は和則君が思い悩んでいる様子などは見受けられなかった。いつも通りに、火災現場での仕事ぶりなどを自慢する和則君を見ていて、あの後まさか無理心中をするとは俺も予想だにしていなかった。」と話すと、美篶は最後に話した志穂との話を振り返り「あのとき、志穂の家にすぐにでも駆けつけていたら、未来は違っていたかもしれない。悔しい。」としか言えなかった。
悲しい気持ちで家に帰ってくると、待っていたのは無邪気にテレビゲームに夢中になっている聖夜と堅斗と伶菜の姿があった。
隆治が「長いこと待たせて悪かったな!ご褒美だ!!ケンタッキーのフライドチキンを買ってきたぞ!皆で仲良く食べよう!」といってリビングに入ってくると、聖夜と堅斗と伶菜は「わーい!フライドチキンだ!」と口を揃えて隆治に近づくと、ダイニングテーブルに座り皆で仲良くケンタッキーのフライドチキンを食べはじめた。
「クリスマスじゃないけど、フライドチキン美味しい!」
伶菜が精一杯口を大きく開けてオリジナルチキンをかぶりつくと少しかじった後に話した一言に、家族皆で声を上げて笑い始めた。
「クリスマスじゃなくても美味しいものは美味しいのよ。」
美篶が伶菜にそう話すと、伶菜が笑いながら頭を頷き反応を示した。
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