美篶は老人ホーム彩々で聞いた情報を隆治に話し始めた。
『染澤さんの一人息子だった潤一郎さんが事業に成功されてね、多久市内の当時畑だったあの土地を買い取って自分の豪邸にしたのは、もうかれこれ51年も前の話です。1970年の大阪万博が開催されたとき九州博としてパビリオンの一企業として潤一郎さんが経営する当時としては画期的な電気テクノロジー会社が入ったんです。そこで潤一郎さんは”これから先流行るもの”として充電式の扇風機とストーブを展示するアイテムとして持ち込んできたんですけどね。充電をしておくだけで扇風機やストーブを使えるというのもあって、潤一郎さんの会社はたちまち知名度を上げて、世界から注目を浴びる企業にはなったんです。しかし、幸せと言うのは長くは続かなかったんです。たちまち、万博を機に各地で新しい技術が開発されたことで、潤一郎さんが開発した技術はあっという間に過去のものとなり、忘れ去れてしまうような存在になってしまうと、会社はたちまち経営難に陥ってしまいました。会社の存続のために、従業員のリストラをせざるを得ない状況にまで追い詰められたのだけど、それでも赤字は続いたんです。精神的にも肉体的にも追い詰められた潤一郎さんは、1974年の7月23日に妻の豊子さんを果物ナイフで刺殺して殺害すると、長男の宏親君、次男の靖典君、三男の智紀君を次々と襲い殺害。妻や子供達を殺害した潤一郎さんは風呂場で凶器として使った果物ナイフで切腹して自殺をしました。そんな事件があったのがあの家なんです。』
隆治は美篶の話を聞くと、驚く様子などが見受けられなかった。
そして美篶にこう話すのだった。
「何だよ、1974年の事件ってか。もうかれこれ47年も前の事件じゃねぇか。んなもん、とっくの昔に成仏しているだろ!」と言って笑った。
隆治の答えを聞いた美篶は「わたし、見てしまったのよ。伶菜が最近、智紀君って男の子と家の中でかくれんぼをして遊んでいるみたいなんだけどね。声は確かに聞こえる、だけどなかなかわたしの前に姿を現さないことに不審に感じて、今日伶菜と一緒になって智紀君を探したけど、伶菜のほうが先に見つけてきたようでね、わたしは伶菜の話で見つかったことを知ってわかったんだけど、そのときに後ろの押し入れから視線を感じてね、振り向くと男の子が立っていたのよ。怖くなって、あの男の子が智紀君なのかって聞いたら、伶菜は智紀君だよって話したので、きっとまだこの家にいるんだと思う。ねぇ、賃貸の安いお家なら、幾らでもあるでしょう。引っ越しを真剣に考えるべきよ。今の伶菜の状態も考えたら、わたしは気が気でならない。」
美篶の訴えに隆治は鼻で笑い始めた。
「お前、真剣に霊が出るとか、考えているのか。お前のほうが冷静になって考えるべきだ。」
そういうと、隆治はタオルケットを手に取り、寝始めた。
美篶が思わず「何言っているのよ!わたしは見たんだから!絶対殺された息子たちの霊はまだここにいるんだって、何か祟りのようなものが起こっては怖いから、絶対に家を出るべきよ!」と訴えた。
隆治はそれを聞いて、「お前もいい加減現実を見たらどうだ。この世の中、目に見えぬ存在が果たして存在しているかどうかと聞かれたらそれは有り得ないだろ。科学的な根拠も、ないものを一体どうやって信じろって言うんだ。」といって呆れる。
美篶は自分が経験した話を隆治に聞いても分かってもらえないと判断して、諦めた。
明くる日、やっと保育園から連絡がかかってきた。
「是非伶菜ちゃんに会ってお話がしたいです。」
美篶はその言葉を聞いて、「有難うございます。さっそく面談の日を決めたいのですがいつにしましょうか?」といって話をすると、連絡を受けてから3日後の土曜日の午前10時からに決まった。
美篶は伶菜が保育園への入所が決まれば智紀君以外に友達が増える。
そう考えただけでも、是が非でも入園を決めたい気持ちに変わりつつあった。
伶菜は相変わらずだが、智紀君とのかくれんぼをするのが日課となっていた。
最初は本当に伶菜に友達が出来たのかと思って嬉しくなっていたのだが、正体を知ってますます伶菜に話すべきなのかどうかも、智紀君の正体を知っている以上打ち明けにくくなっていた。
明くる日の木曜日の事だった。
伶菜が1時間以上経ってもなかなか1階に降りてこない。
不審に思って美篶が2階に上がると、伶菜があちこちの部屋を回って探し始めていた。
わたしは思わず、「伶菜ちゃん、どうしたの?遊び友達は智紀君だけじゃなかったの?」
美篶の質問に伶菜は「智紀君以外にも友達が出来たの。譲君っていってね、シャイであんまり前に出てこないんだけど、譲君もママが会いたいって言ったらきっと会ってくれると思う。あと胡桃ちゃんもここにはいるの。明るくていつも笑っている。胡桃ちゃんとはよく女の子同士だからおままごとをして遊んだりするの。譲君も胡桃ちゃんも、智紀君も、もちろん皆でかくれんぼをするけどでもやっぱり隠れる側で伶菜は探すだけの役なの。」と話し始めた。
伶菜の話を聞いた美篶は思わず首を傾げた。
「殺された息子さんは長男が宏親君、次男の靖典君、三男の智紀君だから、譲君に胡桃ちゃんっていったいどこからきたんだろう?」
そう思うと、事件後にわたしたちの家族以外に不幸がなかったかどうか、調べる必要があると思い、知り合いに連絡をしてみることにした。
「あっ、もしもし、志穂?わたし、美篶だけど元気にしている?」
連絡をした先は、美篶の故郷、長崎県雲仙市で警察官をしている我妻志穂だった。
志穂と美篶は小学生時代からの幼馴染で、お互い結婚した今でも交流をしている仲だった。
志穂は美篶の突然の連絡に「何なの?いきなり連絡してきてさ、まさか4人目の妊娠連絡?」と笑いながら聞くも、美篶は「もう子供なんていらないわ、伶菜ちゃんのお世話でも大変なのに、さらにお金がかかっちゃう。」といって否定をすると、「今、佐賀の多久市内に引っ越してきたんだけど、家賃7万円の5LDKの賃貸なんだけど、どうも過去に無理心中があったらしくってね、それがあったから安いというのはわかったんだけども、それ以外にこの家には闇が眠っていると思う。警察にも通報されていると思うから、調べてほしい。こんなことは警察官の志穂にしか頼めない。」といってお願いをした。
志穂はその話を聞いて「要するに事故物件だったわけね。で、それで何で過去の事件を知りたいわけなの?別に知らなくてもいい事じゃない。」と話すと、美篶は「伶菜ちゃんが最近おかしいのよ。その事件で死んだはずのお子さんとかくれんぼして遊び始めたり、それ以外にも譲君とか、胡桃ちゃんとか、わたしが聞いた事件とは関係のない名前が出てくる。何かあっただけでもいい、教えてほしい。それだけなのよ。」と話し始めた。
志穂はその話を聞くと、美篶に「調べることはできる。多久署に問い合わせたらいいだけの話だからね。でも今の伶菜ちゃんに関わる霊が悪霊ならそれはそれで、霊媒師に見てもらい御祓いをしてもらうべき。そこは警察が関与する話じゃないから、どうするかは隆治さんにも真摯に相談して決めるべきよ。」と言って電話を終えた。
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