17時30分に家に帰ってきた隆治は、18時にやってくる霊能力者の静原と助手の中村のために、美篶と共に台所でお茶の準備などをし始めた。
「あと少しで霊能力者の静原が来るなあ。」
隆治がそう話すと、美篶が「そうね。あと少しね。」と言いながら、スーパーで買ってきた生クリーム大福を器に盛り付け始める。そして時間が17時58分になろうとした瞬間に玄関のインターホンが鳴る音がした。隆治が「はい!」といって出てくるとそこには黒い着物姿の静原と中村の姿があった。
「どうぞ中にお入りください。」と隆治が話すと、静原が「失礼します。」と話すと、続けて中村も「お邪魔します。」といって上がり始めた。
美篶が玄関を上がった先にいて、静原と中村に「どうぞ、和室へ入ってください。」といって誘導する。和室に入り始めた静原と中村が、後から入ってきた隆治と美篶の説明を受ける。美篶が不動産屋の佐藤が撮ってくれたポラロイドカメラの写真を二人の前に見せた。
「わたしたちの肩に、血まみれの手が生々しく写っているのは間違いなく心霊写真だと思います。あのとき、不動産の営業担当だった佐藤さん以外に事務員さんやほかの営業の方も複数名いましたが、こんな真っ赤な手の人間など一人もいませんでした。不気味としか言いようがありません。何か、御祓いをしなければならないことがあるのではと思い、連絡をさせて頂きました。」
美篶がそう説明すると、静原が重い口調で語り始めた。
「荻窪さん。よく話を聞いて理解をして頂きたい。わたしも今まで色々なお宅の怪奇現象に悩むご家庭へ足を運んで除霊を行ってきましたが、今回ばかりはわたしと中村の力を合わせたとしても何ともならないと思います。」
そう話す静原に隆治が大声で質問をした。
「何ともならないって、一体どういうことなんだよ!説明をしてくれよ!!これは俺たちにとっては死活問題なんだぞ!!」
そう話す隆治の姿を見て中村が解説をし始めた。
「入ってきたときに、御主人と奥様の背後に黒い靄に近い影のような存在があり、その目が赤く光っている悪霊の存在にわたしたちは気付かされました。写真を見ても分かるかと思いますが、大変質が悪いんです。悪霊となってしまうパターンの大方は、この世にあまり良い思い出をお持ちではありません。憎しみながら、あるいは恨みの感情を持ちながら、人それぞれですが、この写真に写る霊の場合は、間違いなくこの世の中に対して激しい怒りの感情を抱きながらお亡くなりになられたのだと想像されます。この場合の霊はわたしたちがいくらお焚き上げの供養を行ったとしても、怨念に満ちたこの御霊の心を癒やせるものではありません。」
中村の説明を聞いた美篶が「せめて、何か呪いを解く方法などはないのでしょうか?わたしたちそのために家まで引越をしてきたんです。」と切り出すと、静原は「それは、今の現段階では何とも言えません。しかし前にお住まいだった家が残っているのなら一度検証をしてみる必要があります。ご夫妻のみならず、お子さん達もみんな連れて来ていただけませんか。家族全員が呪われている可能性があります。」と語ると、隆治は「わかりました。」といって2階の部屋で大人しくしていた聖夜と堅斗と伶菜を連れ、和室へと戻ってきた。
静原は「ご家族みんなで並んで立ってみてください。」と指示を出し、隆治と美篶、そして聖夜と伶菜と堅斗の順で並び始めた。その様子を見ていた中村が静原に「やはりいますね。」と語ると、静原は隆治に「並んでいただきありがとうございました。やはり憑いて来ていますね。」と話した。
その答えに隆治は「憑いて来ているってどういうことなんですか?あの家でかつて自らの手で家族を殺し切腹自殺を図った染澤潤一郎の御霊はあの地下の、封印された部屋にいたんですよ。憑いてこれるわけがないじゃないですか。」と話をすると、静原は「憑いて来ているのは潤一郎さんの御霊ではありません。そもそもその家に越してきたことが間違いです。呪われた家に住む行為は、自ら火の海に飛び込むのと同じ行為です。怨念のみならず、邪念にも満ちたその家では、潤一郎さんが抱える負の部分と対峙をしてしまうことになります。今もう一度家族でその家に行き、そこで改めて除霊を行う必要があります。」と語り始めた。
その話を聞いた美篶は「わたしたちがかつて住んでいた家は解体作業の工事の真っ最中で、今も工事中なので入れることはできないと思います。」と語ると、静原は「お知り合いに、工事中でも入ることが出来る許可を頂ける方をご存じではないのでしょうか?」と聞かれたので美篶は「それなら大家だった染澤セツさんの成年後見人だった反町さんに連絡をしてみます。」と話し、静原は「お願いします。」といって連絡を取ってもらうことにした。
電話に出た反町は「良いですよ。除霊のためなら致し方がありません。」といって了承を得ると、最近まで住んでいた我が家に戻ることにした。
防音シートの中をくぐるとそこには、重機で崩されて家の原型だけが残っているそんな状態だった。
静原と中村が中に入っていくと、続けて隆治と美篶、そして堅斗、聖夜、伶菜が入っていく。
入り始めたと同時に、静原は隆治に「封印されてあったとされるのはあの、地下へと続く階段の事ですか?」と話すと、隆治は「そうです。僕や美篶はその部屋で潤一郎に殺されかけました。」と話すと静原は「わかりました。」といって、中村と一緒に地下へと下りていく。
地下の部屋へ静原が入ろうとした瞬間、再度中村を連れて上がってきた。
「扉の前にいただけでも、強烈なパワーを持つ霊の気配を感じました。わたしたちでもこの部屋に入っていくのは命がけそのものです。」
静原がそう話すと、隆治は「理由は何ですか?」と聞いた。
静原は「封じ込められた部屋にいる霊は強い負のエネルギーを持っています。霊能力を持つわたしたちのような、強いエネルギーを持つ人間だとわかってしまうと、わたしたちの持つエネルギー欲しさに取り込まれて悪霊の餌食になってしまうリスクが高いのです。しかし、悩んでいる荻窪さんご一家のために出来る限りのことをしましょう。」と話すと、美篶は「御無事を祈ります。」と話し、二人が再度地下へ入っていくのを確認した後、部屋の中に入っていくのを見届けた。
持っていた懐中電灯の灯りを頼りに部屋に入っていった静原と中村が最初に確認したのが、部屋中の壁に張り巡らされた夥しい数の御札だった。
「悪霊退散」
「南無阿弥陀仏」
中村が「御札が沢山落ちていますね。」と話すと、静原は目の前に広がる祭壇に目を向けた。
そこには染澤潤一郎の遺影と”悲願潤徳院信士”と記された位牌があった。
「焼香や木魚や、さらにはおりんなどの器具も置かれているから、きっとここは何かあった際に置く用が出来るようになっている。」
そう静原が語ると祭壇の中にあるものが置かれてあった。
「これは潤一郎さんが結婚されてからのアルバムね。お子さん達を大事にしている様子が、写真を見ても伝わってくる。一緒に風呂に入ったり、勉強を教えてあげたり、公園で夢中になって遊んだりして、子煩悩な良いお父さんだったんだね。」
静原がアルバムの写真を見ながら、あるものを発見する。
青いノートが1冊置かれてあった。
裏面を見ると「Junichiro Somezawa」と記されており、中を見てみた。
そこには悪魔崇拝ともとれる記載がされており、どうすれば悪魔になれるのかと言った内容が綴られてあった。そして最後のページにはこう書かれてあった。
「人は殺されると怨念を抱きながら死ぬが、自らの手で犯罪に手を染め殺めたほうがより強い負のパワーを得ることが出来る。世間には殺された人に対して可哀想だという意見が先行されがちである。殺された人はきっとこう思うだろう。”これから先も生きたかったのに断たれてしまい悔しい”、被害者が抱くこの世への無念こそが怨念に繋がるわけではない。せいぜい殺した犯人に対して”捕まって成敗を受けたほうがいい”としか思わないだろう。俺は人道に外れることになっても、家族を犠牲にする形になっても、復讐を果たしたい。サタン様、どうか見守っていて下さい。」
その記述を見た静原が中村を呼ぼうとした。
「中村さん!」
すると中村が静原の近くに駆け寄り「もうこれ以上いるのは危険です。立ち去りましょう。近付いてきました。」と語ると、眠り続けていた潤一郎の御霊が再び目を覚ました。
静原が祭壇の遺影のある方向から気配を感じるとすぐ入り口の近くへと行き、中村が気配を感じた方向へと懐中電灯を照らすと、血しぶきを浴びて腹部には切腹自殺を図った痕跡が生々しく残る男が立っていた。
静原が「染澤潤一郎さんですね?」と語ると、染澤が二人の元へ一気に近付いてきた。二人は部屋を出て中村がドアを閉めようとしたが、潤一郎が部屋の外へ出ようと必死になって抵抗をした。中村が静原に「静原さんわたし一人の力では駄目です!力を貸してください!」と話すと、静原と二人、力を合わせて閉めようとするが、潤一郎の力のほうが強かった。
あっという間にドアが開いてしまうと、二人は階段を駆け上がっていく。
階段の先で待っていた隆治と美篶が異変に気が付く。
「何かあったのですか!?」
隆治が駆けつけ二人の傍に駆け寄ると、静原が隆治に「これ以上近付かないでください!食い止めます!」といって階段のほうを振り返るとそこには潤一郎の御霊が階段を駆け上がってきて入り口のすぐ近くまで来ていた。
隆治が「ああ、ああ・・・!」と悲鳴を上げ恐怖のあまりに腰を抜かし倒れてしまうと、潤一郎を前にして静原が御経を唱えると、潤一郎の動きが止まった。中村は隆治に「荻窪さん!逃げてください!」というと、静原の隣に行き、二人で御経を唱え始めた。その様子を見た隆治が立ち上がり、美篶の元へと駆け寄っていく。
美篶が「大丈夫?」と聞いたが、隆治は「ああ、大丈夫だ。しかしあの二人が心配だ。」というと、美篶は「何言っているの!?御祓いのために来ているのよ!取り憑かれに来たんじゃない!」と話すと、二人が潤一郎という凶悪な悪霊を前に苦戦をしているのは明らかだった。数珠を持ちながら、成仏をするための御経を唱えるが、馬の耳に念仏とはこのことだとばかりに思い知らされる光景がひろがっていた。
聖夜と堅斗が戦う二人の様子を見て、天を仰ぎながら必死で拝み始める。
「何とかなりますように!何とかなりますように!」
その様子を見た隆治と美篶が、合わせるようにして拝み始める。
しかし伶菜だけは違っていた。
伶菜は必死になって食い止めようとする静原と中村の間を割るようにして潤一郎の御霊と直接対面を果たそうとした。その様子を見た静原が「危ないから!」といって伶菜を逃がそうとするが、伶菜は逃げない。伶菜は近づこうとする潤一郎の御霊と話しかける。
「はじめておじさんと会った時の事、伶菜は覚えているよ。おじさんすごく怒っていた。でも怒っているように見せかけて本当は悲しかったんだよね。大きな声で泣きだしたいことがあったんだよね。でも伶菜逃げないって決めたの。おじさんが悲しんでいることが分かったから、もっとおじさんの声が聞きたいって思ったの。おじさんにね、話したいことがあるの。引っ越しする前にね、パパとママがケンタッキーのフライドチキンをね、留守番をしてくれてありがとうってお土産に買ってきてくれたの。いつもクリスマスに買ってきてくれるんだけど、クリスマスじゃなくてもとっても美味しかったの。おじさんもケンタッキーのフライドチキンは好きだよね?あんな美味しい食べ物なんてないよね?伶菜は美味しくって大きいチキンを2つペロッと食べちゃったよ。」
無邪気に語りだす伶菜の姿を見て、静原がある異変に気付く。
「潤一郎さんの御霊の表情が軟化していく・・・!」
静原が中村に話すと、怒りの感情に満ち溢れていた潤一郎の表情が穏やかになっていくことに気付いた。その様子を見た静原が中村に「続けましょう。」といって中村が注意深く様子を見守りながら、伶菜は潤一郎の表情を見て、語り掛ける。
「7月の事だったんだけどね、ママが今日は土用の丑の日だからって、晩御飯がうなぎという魚の蒲焼だったの。炊き立てのあったかいご飯にそのうなぎという魚の蒲焼をのせるとね甘いソースをかけて出してくれたの。とっても美味しかったの。ママにね、伶菜は”ママが作ってくれたお魚、美味しい。”って言ったらね、聖夜お兄ちゃんが”スーパーの魚のお惣菜のコーナーで買ってきたものだよ。”って言ってね、でも伶菜はママが一生懸命焼いて作ってくれたって思っているの。」と話すと潤一郎の表情に変化が現れた。
穏やかになっていくにつれ、先程のエピソードを聞くとくすっと笑い始めた。
何気なく伶菜が語り掛ける内容が、潤一郎にとっては御経以外に微笑ましかったのだろうか。
少しずつ表情がにこやかになっていくと、潤一郎の手が伶菜の頬を触った。
そして優しい口調で話しかけてきた。
「君は天使のように可愛い。何て可愛い子なんだ。うちも息子だけで本当は娘が欲しかった。君を見ているだけで心が癒される。もう少し、俺が生まれた時期が遅かったら、君をお嫁さんとしてもらいたかった。こんな可愛い子、傍にいてくれるだけで気持ちが和やかになるよ。」
にこやかに微笑むと伶菜の頬を優しく愛撫するその手は、潤一郎が悪霊であることさえ疑ってしまう状態になっていた。
「楽しい話を聞かせてくれてありがとう。また次も聞かせてほしい。」
潤一郎がそう話すと、ニコニコと笑いながら光の中に包まれて、あっという間に消えていなくなっていた。
傍で様子を見守っていた美篶が静原と中村に「どうなったんですか?伶菜は大丈夫なんですか?」と聞くと、中村は「伶菜ちゃんの一言一言が、わたしたちが唱える御経よりも強力なパワーになったようで、潤一郎さんの御霊は浄化されてたった今昇天されました。もう害を及ぼすことはないでしょう。そのためにもこの地は、彼の魂を供養するための施設にしなければいけません。」と語った。
昇天したと分かり、手が写ったあのポラロイド写真は改めてお焚き上げ供養をすることにした。
明くる日の朝、美篶は出勤前に反町に電話して、昨日の除霊の結果と、かつての旧染澤邸を彼の魂を鎮めるための施設にするべきだという霊能力者の話を伝えた。
反町が「わかりました。」と話した後に、「あの土地は公園にするつもりでしたが、今までの彼の呪いによる犠牲者の数を考えても、あの土地を慰霊のための広場にすることを前向きに考えてみましょう。」と切り出した。後日、反町が更地になったあの場所に子供達がのびのび遊ぶことが出来る広場を作り上げるという連絡が入ると、かつて封じ込められた隠し部屋にあった潤一郎の遺影と位牌は近くの寺に預けられ丁重に供養されることになった。
天然芝が生い茂る広場に変わっていくのと同時に、入り口のすぐ近くにはかつてここで凄惨な事件が起きたことを伝える石碑が建立された。除霊から月日は流れ、9月27日の夕方の17時50分ごろのことだった。かつての旧染澤邸だった場所が広場へと変わっていく様子を静かに見守った美篶は、会社を退勤した後、会社近くのスーパーに立ち寄り菊を購入した後、車で伶菜の保育園の御迎えに行くと、美篶は家に帰るまでの道中に車を停車させ、伶菜と二人でこの地に再び足を運んだ。美篶は伶菜に「おじさんが眠る石碑の前に菊のお花をお供えをしてあげてほしい。今もどこかで見守ってくれているのだろうか。」と話すと、伶菜は「ママ、おじさんは大丈夫だよ。あの大きなフワッフワの雲の上に乗っていてね、伶菜たちのことをいつも見守ってくれているの。」と空を見上げながら話した。
美篶は笑いながら「伶菜ったらまたそんなこと言ったらおじさん笑っているわよ。」というと、伶菜は照れながら「エヘヘ。」といって笑い始めた。
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