「わー、すげー」
そんな一言には、雄一郎の全ての感情が押し込められていた。
目を見張るような木造建築の豪邸。
そこへ足を踏み入れるなり、彼は緊張で肩をすくめる。
「なんて大きな家なんだー、わー、きれーだなー(シュコー)」
言葉を失ってしまうのも無理はない。
なにせ、常人には理解できない点が多すぎるのだ。
――現在。
雄一郎、およびバイトたちは、とある町外れの豪邸にお邪魔していた。
そして、所有者のズレた金銭感覚に驚愕しているところだった。
例えば敷地入口にあるのは、鋼鉄製の巨大な門。
それを抜けると、千人単位でパーティをしても余裕があるほど広大で、手入れの行き届いた芝生の庭がある。
メイドさんに玄関扉を開けてもらうと、お出迎えをしてくれるのは絵画・絨毯・シカの頭・十名の召使たち。
ある種の精神攻撃とも受け取れる非日常の海に、雄一郎は全身浸かっていた。
満足に息が吸えなくて、当然である。
「はー、何も言えねー、すげー、やっぱりお金持ちは違うわー(シュコー)」
「――だろぉ? 惚れ惚れしちまうだろぉ?」
驚き倒しの雄一郎。
その横を歩くのは、身長二メートル超えの巨漢だった。
廊下を抜けるまでの間、彼は鼻高々に我が家のこだわりポイントを自慢していく。
「色艶の良い大理石をふんだんに使ってんだ、隅々まで純白さ。
しかもうちの召使いたちは優秀だからな。
なんなら床も舐められるぞ、やってみるか?」
「いえ、結構です! (シュコー)」
「おっと、俺に歯向かえるとは根性あるな。ガキにしちゃ大したもんだ!」
ガタイの良い男は「ガハハハ」と笑った。
「ハハハ…………ところでお前、そのガスマスクはなんだ。
オサレか」
「諸事情でこうなっただけです。あんまり触れないでください(シュコー)」
「そうか、理解した」
――彼の名は、パイルストン。
この始まりの町において、最も成り上がった建設業者の一人。
そして、今回のクエスト契約者候補の一人だ。
土木建築のビジネスで一発当てたことで有名な彼は、ここらのインフラをすべて整えた伝説の親方と周囲から呼ばれている。
その極太な二の腕と分厚い胸板から生み出された金は計り知れず、別荘を二桁以上持っているとまで噂されるほどの超大物だ。
そんな角刈りの男が、なぜ駆け出し冒険者と話しているのか。
答えはすぐ近くに転がっていた。
「――でも、まさかクエストに乗ってくれるとは思いませんでしたよ。
オレみたいな冒険者の煩悩にも応えてくれるなんて、少し意外です(シュコー)」
「俺に近づいて来る奴のほとんどは、金持ちになりたいって馬鹿だ。
でもそいつらと違って、お前は性欲に忠実だったからな。
応援してやりたくなったのさ」
「なんかあざーす! よろしゃーす! (シュコー!)」
体育会系よろしく、雄一郎は元気よく頭を下げる。
『ハーレムの師匠を求む!(女性を三人以上侍らせてる人限定!)』。
それが今回、雄一郎が依頼したクエストの名前だ。
内容は察しの通り、彼にハーレムの作り方を教えること。
つまりクエストの契約条件には、ハーレムの達人であることが必須。
ただ、人材派遣クエストの中でも特異な部類に入る依頼内容であったため、契約仲介は受付所が行うこととなった。
考えてみれば毎日が酒池肉林パーリーな人生の成功者が、蝿のように冒険者が群がるクエスト受付所を訪れてまで、受注の名乗りを上げるわけがない。
ゆえに。
師匠足りえる人物との連絡および紹介は、すべて受付嬢が所外で取り継ぐことになった。
これこそが、パイルストン邸にお邪魔することになった経緯である。
「――でも、わたしたちまで話を聞く必要ってあるんですかね」
「なんでか教えてあげようか、バイトちゃん?」
「まぁ、少し気になります……」
バイトとシュガーも、このクエストには同行していた。
依頼者に適正な人材を紹介するため、受付所側の担当責任者として付き添いに来たのだ。
ならばなぜ、彼女らはパイルストン邸にお邪魔しているのか。
仕事で雄一郎とハーレム王を引き合わせに来ただけであれば、一歩下がって彼らの後ろをついていく必要などないはずだろうに。
「本来だったら、玄関前でお別れするのが通例だけれど――頼まれちゃったからなんだ」
「頼まれた?」
バイトは首を傾げる。
「誰に、ですか?」
「―――ごめんなさい、あたしが頼んだの」
「え?」
バイトの脇からひょっこり顔を出したのは、転生者の連れであるツインテールだった。
両手を合わせ、彼女は懇願する。
「迷惑をかけているのは百も承知なんだけどね。
……あの脳内お花畑男が暴走したら、あたし一人じゃ止められないのよ。
だから監視してくれる人が必要なの」
「それでしたら、力のある男性の方がよかったんじゃないですか?」
「いやいや、野郎を毛嫌いするような奴だから女の子じゃなきゃダメ。
周りに花のエフェクト散らしてるような、優和で可愛い女の子じゃなきゃダメなんだ。
……あと」
「あと?」
「――ツッコミができるかどうかも、けっこう重要なの」
「…………営業さんが除外された理由が、ようやくわかりました」
「もー、ボケ要員はあのバカ一人で十分!
今だってほら、パイルストンさんといかがわしい話を繰り広げてるんだから。
あなたも気をつけて。手にやけどする程度じゃすまないわよ…………って、言ってるうちに着いたみたいね」
廊下を抜け、一行は広々としたサロンへと通された。
そして、彼女らは息を呑んだ。
「わぁ…………」
絢爛豪華な部屋だった。
薄く明るい色調のインテリアが程よく配された室内は、どこかの王朝に負けず劣らず琴線に触れるセンスにあふれている。
しかもどの家具にも傷は一つもついておらず、運転休止中とはいえ暖炉には煤埃の跡すらない。
使用人たちの苦労が窺い知れる。
夢幻のような世界を前にし、冒険者と受付嬢は言葉を失っていた。
―――いや、何か様子がおかしい。
言葉を失ったバイトたちの視線は、サロンのこだわりポイントを捉えていなかった。
全く別のモノを見て呆気に取られていたのだ。
ゆっくりと視線を辿ってみよう。
部屋の奥に誰かがいた。
バイトは独り言を呟く。
「…………『一夫多妻制』って、現実に成立するんだなぁ」
そこには複数の人影が立っていた。
鳳蝶のようなドレスで着飾った大人の女性たちが、全部で三人。
パイルストンの姿を見るなり、彼女らは堰を切ったように黄色い声を挙げた。
「――も~、ドコ行ってたの~?」
「ダーリンたら、何も言わずにいなくなるんだからー」
「待ちくたびれたわよ~」
「すまなかったな、言葉足らずなのは俺の悪い癖らしい」
そう言うとパイルストンは、彼女を一人一人抱きしめていった。
顔が重なって見づらいが、至近距離で愛を確かめ合ってもいるようだ。
客人の視界内でかますとは、見た目通り豪胆な人物である。
招待された側たちは、漏れなく唖然としてしまっていた。
「…………あら?
もしかして、後ろにいるのはお客さんかしら?」
すると、三人のうち最も柔和な笑みが似合う女性が話を振ってきた。
「こんにちは。何もないところだけれど、今日はゆっくりしていってねー」
夫の肩に腕を乗せる姉御肌チックな女性も、同じく胸元を強調するように話しかけてくる。
「それにしても、可愛い娘たちねー。
もしかして、そこの男の子のお連れさんだったりして?」
「――ええ、その通りっす!(シュコー)」
意気揚々とふんぞり返る雄一郎。
その頭をツインテールは思いっきりはたいた。
「見栄を張るな、巻き込むな、雄一郎は馬鹿」
「――ねぇ、今さらっと悪口混ぜなかった? (シュコー)」
「……」
「混ぜたよね。
ねぇ、おい。
こっち向けツインテール、おいこら(シュコー)」
冒険者二人がグチグチ小突きあう傍ら。
状況の異常さが気になったバイトは、堪らずその口を開いた。
「あの……パイルストンさん」
「ん。なんだい」
「その方たちって、全員が全員……その……奥さんに当たる方なんですか?」
パイルストンは、片眉を上げた。
「その通りさ」
親愛なる女性たちを抱き寄せ、彼は答える。
「三人とも俺の家族……引いては心の隙間を埋めてくれる、命より大事な妻たちだ。
可愛いだろ?」
サラッと言ってのけてしまうあたり、さすが土木工事企業の親分。
やることが一々デカイ。
初心な一般人であるバイトとしては、無理に理解しないのが最適解だろう。
ここはニコニコ距離を置いて、雄一郎に主導権を明け渡そう。
そう息を合わせた女性陣は、示し合わせたかのように口を噤む。
……男たちのターンが回ってきた。
「さぁて!
疑問も尽きたようだし、そろそろ頃合いだな。
ではそこの少年くんに、花園を作る極意を教えてあげようか」
「はい、お願いします! (シュコー!)」
キリリと彫りの深いガスマスク顔になる雄一郎に、彼は語り掛ける。
「雄一郎くん。
キミは女を篭絡するのに必要なものはなんだと思うね」
「わかりません!
権力とかですか⁉ (シュコー)」
「違う」
「……じゃあ人望? (シュコ?)」
ふぅっ、とパイルストンは息を吐いた。
両手に花を抱いたまま、彼はおもむろに天井を見上げる。遠い目をしていた。
やがて。
間を溜めに溜めたパイルストンは、再び雄一郎と眼を合わせ、口を開いた。
肩に期待を漲らせ、雄一郎はごくりと唾を呑む
はたして、彼流のハーレムの極意とは…………
「―――ズバリ、『金』だよ」
「……えっ? かね? (シュコー)」
「そう、金。
世の中、金が全てなのだよ」
ドン引きの回答だった。
バイトはもとよりシュガーまで微妙な顔をしてしまっているし、ツインテールに至っては「深山に棲む猩々」のようなひどい顔になってしまっている。
まさかのレンタル彼女。
偽りの家族。
お金でハーレム作り上げましたと自負している彼だが、本人からしてこの現状、悲しくはないのだろうか。
どんな反応をすればいいのかわからず、バイトたちは混乱中。
唯一声を出せたのは、他ならぬバカ。
雄一郎、ただ一人だけだった。
「……えーっと」
思っていたのと違う極意を頂戴し、彼は目をパチクリして聞き返す。
「その心ってなんなんですかね? (シュコー)」
「いやな。
オレみたいな男には、いつもきまって金目当ての奴が寄って来るだろ?
だからもういっそのこと金で雇うことにしたのさ」
思いきりが過ぎる回答を、大男はポンポン話していく。
「これならお金を使いこまれることもないし、俺が必要以上に傷つくこともないからな。
……あ。ちなみに婚約破棄の権利は、彼女たちに完全譲渡しているぞ。
金で女を買ったとか思われたくないからな、うん」
もはやドコから突っ込めばいいのかわからない。
ひとつ断言できることがあるとすれば、今の話を恥ずかしげもなく彼が垂れ流した、という事実だけ。
尚も妻(仮)たちを侍らせている彼だが、その目は悟りを開いた賢人のように曇りがない。
自尊心や体裁を気にしない姿は見習いたいものだが、常人ならばこの境地に立ってはいけないことくらいわかる。
そして。
常人の枠に収まらない雄一郎は、彼の言葉に感嘆していた。
「ひゅー……さっすが金持ちだぁ」
ゴクリと唾をのみ、彼はガスマスク越しに額を拭う。
「使い方まで常人の域を超えてやがる。こいつは恐れ入ったぜ……(シュコー)」
「――いや、超えてないでしょ」
すかさず、女性陣ゲストたちは急ブレーキをかけた。
打ち合わせもなしに、彼女たちは多段的に畳みかける。
「そこらのおっさんと同じだよ、器が小さすぎるもん」
と、ツインテール。
「というか、人間不信になってますね。お金で全部解決しちゃってきたから」
と、バイト
「いっそ、大聖堂のシスターのところへ告解しに行かれたらどうでしょう。
お金で人と縁を結ぶのは善くないですよ、やっぱり」
と、シュガー。
「ハァ……ッ!
なんて胸に来る言葉を言ってくれるんだ!」
と、パイルストン。
そして、
「よし。
君たち俺の妻にならないか? 報酬は弾むが、どうだ?」
「「―――そーいうとこがダメなんですよ」」
そうして。
愚かなおっさんに対し、女子三人はツッコミを入れるのだった。
これで、誰の目にも明らかになっただろう。
……どうやら彼では、ハーレムの師匠として力不足だということに。
「雄一郎さぁ、極意を教えてもらうなら他の人にしたら?」
冷静にツインテールは吐き捨てた。
「ただ単に可哀想な人だよ、このパイルストンさんとやら」
「よし、じゃあチェンジするか(シュコー)」
失礼極まりない態度で、雄一郎は訊ねる。
「パイルストンさん(シュコー)」
「なんだ?」
「例えばの話なんスけど、お知り合いにハーレムの師匠になりそうな方とかっていますかね? (シュコー)」
そんな都合よくいるわけないんじゃ……。
そう思いバイトは苦笑いしたが、その予想はいとも容易く覆された。
大男は指を鳴らす。
「――おお、いるぞ!」
「ホントですか! (シュコー!)」
「友人に一人、面白い方法でハーレムパーティを作った奴がいる。
紹介してやろうか?」
「おぉ! ありがとうございます! (シュコー!)」
「よしよし、今呼び出してやるからな。
待ってろ」
そう軽く言ったパイルストンは、部屋に備え付けられた金で装飾された電話に指を掛ける。
ジーコジーコ、とダイヤルを回す音が部屋に木霊する。
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