以下、冒険者と謎の存在Xとの会話。
「――――誰ですか、あなた!!!?」
《我が名は『超電脳魔人・ググレイ海賊版』》
「……超電脳魔人、だって?」
《わからんのか。貴様らには先ほど、力を貸したであろう》
「確かにオオワシを消し炭にするときに、腕輪から出た謎のビームで助けられたけど……まさか、あなたが!?」
《そうだ、私の力だ》
「へぇ。ただの装飾品じゃないとは思ってたけど、まさか精霊が宿ってたなんてね。アタシたち、強運じゃん」
「……力を貸してくれたのはありがたいことですが、もしかして何か僕たちに用でもおありなんですか?」
《――無料より高く、つく物はない。
ゆえに我は、『生け贄』をもらいに来た》
「イケニエだって……?」
《我のような超電脳魔人でも、広告収入だけではやっていけない身体なのでな。それくらいの見返りは、我としても求めたいのだ》
「つまり?」
「――欲しいのは、頭脳。女の頭脳を要求する」
「……!?」
《ちょうどいい、そこの回復術士を置いていけ。一人だけでは物足りぬが、それで手打ちにしてやろう》
「なっ……そんなの、断るに決まってんだろ!」
《ならば仕方ない…………貴様らは皆殺しだ》
「仲間は見捨てられない! みんな、いくぞ!」
こうして。
冒険者VS電脳魔人という、珍奇な戦いの火蓋は切られた。
ストーリーの導入についてはよくわからない。が、どうやら争いの原因は、あの魔人が冒険者に生け贄を要求したことにあるらしい。
……というか、魔人ってナニ?
「――――アヒャヒャヒャ! 何アレすごーい!」
今世紀最大のエンターテイメントを鑑賞できたことに、クロカミは大興奮していた。
隣にいたバイト少女の肩をばしばし叩き、高みの見物ではしゃいでいる。
「ねぇ! バイトちゃんも聞いた!?」
「……何がです?」
「海賊版だってさ、海賊版!
電脳魔人とやらに正規版があるのかなんて知らないけど、とにかく世界観ぶち壊す人が出て来るなんて、サイッコーでしょッ(爆笑)!!」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか……」
「こーれが面白がられずにいられますかね! ニャハハハハ!」
クロカミが下品に笑う一方。
戦局はなおも遷移していた。
超電脳魔人のバイザーから、紫色のビームが放出された。
冒険者の一人が盾でそれを防いでいるが、金属部分が赤熱しているのを見る限り、火属性攻撃の耐性コーティングはしていないようだ。
堪らず先手を取ろうと、前衛職の二人が飛び出して挟撃を仕掛ける。
が、鋼鉄の腕に阻まれてうまくダメージを与えられていない。
それどころか打ち合うたびに反撃を喰らって、服も体もボロボロだ。
あの魔人、口先だけでなく手強い相手らしい。
サイバーパンクな見た目とは、まったく裏腹だ。
「――多分アイツら、どっか寄り道したんだな」
双眼鏡を使って冒険者たちの身なりを観察する営業は、お得意先で身に着けた洞察力を駆使して、こんな説明をしてくれた。
「この意味わかるかな、バイトちゃん?」
「いえ、あんまり……」
「おっけー。ちょっと補足してあげるよ」
彼曰く。
あの冒険者パーティは、呪われた装備を使用しているらしい。
考えられる入手場所は、始まりの町から南西二キロ地点にある古代遺跡風ダンジョン。
たいていの金欠野郎たちが日々足繫く通う、恰好の武器漁りスポットだ。
武器持ちのモンスターを倒してドロップしたり、宝箱を開けたりすることで、彼らは節約して装備を整える。
その過程で安全性に問題のあるアイテムを持ち帰ることは、この街ではよくある事象だった。
「稀に伝説級のアイテムが入手できるから、リスクヘッジをとりさえすれば良いギャンブルなんだけどね。
あのパーティは運が悪かったんだろうなぁ」
「呪いのアイテムを身に付けちゃうと、その後どうなるんです?」
「……もれなくヤバい奴を一緒に連れてきちゃう、かな」
例えるならダンジョンに潜るということは、曰く付きの宿に心霊現象見たさで泊まるような行為なのだろう。
ひょんな弾みで祟りを買い、悪気もないのに動物霊に憑依される。
たまたま今回はそれが心霊でなく、超電脳魔人であったというだけの話なのだ。
……ん?
ってことは?
「――笑ってる場合じゃないですよ!」
肝心なことを悟ったバイトは、慌てた様子で先輩たちに訴える。
「――あの魔人さんに呪い殺されちゃう前に、早く冒険者の方々を助けないと!!」
ただちに除霊ならぬ除魔人をしなければ、あの冒険者パーティはあと二分で壊滅するだろう。
攻撃の要であるはずの剣士は膝をついているし、回復術士も魔力切れで顔が土黒くなっている。
どう考えても、彼らには救助が必要だった。
……なのに。
「ムリだよー、介入するのは」
頼りのクロカミは、一歩も動こうとしなかった。
「いじわる言ってる場合じゃないですよ! 早くしないと!」
「――でも、規則上で禁じられてるんだよ」
「……?」
しゃぼん玉を吹くように、クロカミは静かに説明する。
「依頼を仲介する立場の私たちが肩入れしたら、いろいろと角が立っちゃうでしょ?」
「……つまり、受付所の信頼に関わる、ということですか」
「アッタリー。
受付所自体が潰れちゃうことになりかねないんだ、これが」
それに、と自慢の黒髪を弄る彼女は、苦い顔をしてこうも言った。
「……契約が成立したクエストは、もう彼らのモノ同然だからさ。
他人が安易に手心を加えるのは、さすがにマズいんだよ」
クエストを請けるのは、冒険者の『仕事』である。
だから仕事である以上、冒険者側にもそれなりの責任が発生する。
撤退するにしろ助けを呼ぶにしろ、その権利があるのはクエストを遂行している彼らだけ。
外部の者が口を挟んでいい問題ではない。
ましてや、クエストを渡す立場にある受付所職員が介入すれば、今度は別の意味でトラブルの素になる。
冒険者の誰に対しても中立的な対応を。
入りたての新米に、クロカミは重要な社訓を伝えていた。
「――君は酷いと思うかもしれないけれど、私たちは不干渉を貫く義務があるの」
「そんな……」
「ごめんね」
受付所には、様々な人がクエストを依頼しに来るものだ。
貧しい人。
病める人。
家柄や種族に、コンプレックスを抱える人。
裕福な人。
怖いもの知らずな人。
血統や社会的立ち位置を、力としか考えていない人。
相手がどんな人であろうと、受付所は丁寧に対応しなければならない。
それこそ良心の天秤を水平に保ち、一線を越えるような『特例』を作ってはいけないのだ。
ゆえにクロカミは、そのもどかしさを胸の奥に秘め、情けなく笑う。
――だが、しかし。
ここにはトンデモなく頑固な少女が一人、いた。
「……でも、あんなにボロボロになってるんですよ!? 助けましょうよ!!」
「ダメだね。一度『できる』と豪語したんなら、冒険者の方が瓢箪から駒を出さないと」
「でも、大事なお客さんです!」
「そのお客さんにも、クエストを引き受けた責任はあると思うな」
「~~~!」
このわからず屋には、何を言っても無駄だ。
屁理屈だけ並べて、本音としては楽をしたいだけなのだ。
お役所仕事で終わらせたくないバイトとは、思考の方向性が違いすぎる。
なぜクロカミたちは、あの冒険者たちに手を差し伸べないのだろう。
あの五人は悪気があって魔人を呼んだわけでもなくて、ちょっと失敗しちゃって苦戦しているだけだというのに……。
バイトの中で、何かが切れる。
「――――もういいです!」
突如として、バイトはカンカンに怒り始めた。
もはや彼女はただの新人ではない。正義感にあふれた鉄砲玉だ。
腕まくりをして形だけでもマジギレオーラを醸し出して、鼻息荒く彼女は言う。
「皆さんが行かないなら、わたしが助けてきます!
ひとりで!」
…………ん?
クロカミは耳を疑った。
この娘、今なんといった?
独りで助けに行くと、そう言ったのか?
だとしたら、やばい。
「――――まてまてまて、バイトちゃん!」
浅慮に丘を下りようとする彼女を、咄嗟にクロカミは引き留めた。
「君、レベルいくつよ!!」
不貞腐れた顔で、バイトは答えた。
「――たった6ですけど、何か文句ありますか」
「ダメだって、君みたいな非戦闘員が行っちゃあ!」
「どうしてですか!」
「町娘は教会で復活できないんだよ、わかってるの!?」
「もしかしたら土壇場で、神様が強力なスキルをくれるかもしれせんから……たとえ無謀でもわたし、行きます!」
「――――転生に期待するのは、来世からにしなさい!」
正論だった。
確かに地球よりも重い命を賭けてまで力に拘ることは、人間の浅ましさを露呈するも同じこと。
恥ずべき行為だ。
「……わかりましたよ」
一旦頭を冷やしたバイトは、単独先行を思いとどまった。
しかし、次の瞬間。
「それなら」
くるりと振り返り、彼女はクロカミを凝視する。
そして、吠えた。
「わたしを止める前にまず、あの人たちを助けてあげてくださいよ!」
「…………だー! わかったわかったから!!」
まったく、交渉上手な娘さんなことだ。
冒険者を助けてくれなければ、自分が怪我をしに突っ込みます……そんな奇策で、あのバイトちゃんが暗に脅してくるとは。
これではバイトを監督する立場上、先輩たちも動かざるを得ない。
降参したように、クロカミは諸手を挙げた。
してやられた、とはまさにこのことだ。
「仕方ないなー。始末書覚悟で私が協力してあげるよ」
「……っ! ありがとうございます!」
「――要は冒険者たちが生き残れるよう、サポートしてあげればいいんだよね」
それだけであれば、まだ言い訳もつくと踏んだのだろう。
根負けしたクロカミは、力なく首を振った。そして早速、レスキューの準備に取り掛かる。
その顔はなぜか、ずっと地面の方を向いていた。
「えっと……何するつもりですか」
地面を見つめていれば、重戦車でも生えてくるのか。
先輩の異常行動を不審に思い、おずおずとバイトは訊いてみた。
クロカミはけろりと応える。
「投石、するんだよ」
「とーせき?」
続きます。
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