神クエをあなたに!

薄幸の町娘は、借金返済のためクエスト受付所で働きます
夏野わおん
夏野わおん

2-7 超電脳魔神、その名もググレイ

公開日時: 2020年11月16日(月) 17:43
更新日時: 2020年12月15日(火) 17:34
文字数:3,980



 以下、冒険者と謎の存在Xとの会話。

 

 

「――――誰ですか、あなた!!!?」


《我が名は『超電脳魔人・ググレイ海賊版』》


「……超電脳魔人、だって?」

《わからんのか。貴様らには先ほど、力を貸したであろう》


「確かにオオワシを消し炭にするときに、腕輪から出た謎のビームで助けられたけど……まさか、あなたが!?」

《そうだ、私の力だ》


「へぇ。ただの装飾品じゃないとは思ってたけど、まさか精霊が宿ってたなんてね。アタシたち、強運じゃん」


 

「……力を貸してくれたのはありがたいことですが、もしかして何か僕たちに用でもおありなんですか?」


 

《――無料より高く、つく物はない。

 ゆえに我は、『生け贄』をもらいに来た》


 

「イケニエだって……?」


《我のような超電脳魔人でも、広告収入だけではやっていけない身体なのでな。それくらいの見返りは、我としても求めたいのだ》


「つまり?」


「――欲しいのは、頭脳。女の頭脳を要求する」

「……!?」


《ちょうどいい、そこの回復術士を置いていけ。一人だけでは物足りぬが、それで手打ちにしてやろう》


「なっ……そんなの、断るに決まってんだろ!」

《ならば仕方ない…………貴様らは皆殺しだ》


「仲間は見捨てられない! みんな、いくぞ!」





 こうして。


 冒険者VS電脳魔人という、珍奇な戦いの火蓋は切られた。


 ストーリーの導入についてはよくわからない。が、どうやら争いの原因は、あの魔人が冒険者に生け贄を要求したことにあるらしい。


 ……というか、魔人ってナニ?


 

「――――アヒャヒャヒャ! 何アレすごーい!」


 今世紀最大のエンターテイメントを鑑賞できたことに、クロカミは大興奮していた。


 隣にいたバイト少女の肩をばしばし叩き、高みの見物ではしゃいでいる。


「ねぇ! バイトちゃんも聞いた!?」

「……何がです?」

「海賊版だってさ、海賊版! 

 電脳魔人とやらに正規版があるのかなんて知らないけど、とにかく世界観ぶち壊す人が出て来るなんて、サイッコーでしょッ(爆笑)!!」


「なんでそんなに嬉しそうなんですか……」

「こーれが面白がられずにいられますかね! ニャハハハハ!」


 クロカミが下品に笑う一方。

 戦局はなおも遷移していた。


 超電脳魔人のバイザーから、紫色のビームが放出された。

 冒険者の一人が盾でそれを防いでいるが、金属部分が赤熱しているのを見る限り、火属性攻撃の耐性コーティングはしていないようだ。


 堪らず先手を取ろうと、前衛職の二人が飛び出して挟撃を仕掛ける。


 が、鋼鉄の腕に阻まれてうまくダメージを与えられていない。

 それどころか打ち合うたびに反撃を喰らって、服も体もボロボロだ。


 あの魔人、口先だけでなく手強い相手らしい。

 サイバーパンクな見た目とは、まったく裏腹だ。


 

「――多分アイツら、どっか寄り道したんだな」


 双眼鏡を使って冒険者たちの身なりを観察する営業は、お得意先で身に着けた洞察力を駆使して、こんな説明をしてくれた。


「この意味わかるかな、バイトちゃん?」

「いえ、あんまり……」

「おっけー。ちょっと補足してあげるよ」


 

 彼曰く。


 あの冒険者パーティは、呪われた装備を使用しているらしい。


 考えられる入手場所は、始まりの町から南西二キロ地点にある古代遺跡風ダンジョン。

 たいていの金欠野郎たちが日々足繫く通う、恰好の武器漁りスポットだ。


 武器持ちのモンスターを倒してドロップしたり、宝箱を開けたりすることで、彼らは節約して装備を整える。

 その過程で安全性に問題のあるアイテムを持ち帰ることは、この街ではよくある事象だった。


「稀に伝説級のアイテムが入手できるから、リスクヘッジをとりさえすれば良いギャンブルなんだけどね。

 あのパーティは運が悪かったんだろうなぁ」

「呪いのアイテムを身に付けちゃうと、その後どうなるんです?」

「……もれなくヤバい奴を一緒に連れてきちゃう、かな」


 

 例えるならダンジョンに潜るということは、曰く付きの宿に心霊現象見たさで泊まるような行為なのだろう。


 ひょんな弾みで祟りを買い、悪気もないのに動物霊に憑依される。


 たまたま今回はそれが心霊でなく、超電脳魔人であったというだけの話なのだ。


 

 ……ん?

 ってことは?


「――笑ってる場合じゃないですよ!」


 肝心なことを悟ったバイトは、慌てた様子で先輩たちに訴える。

 

「――あの魔人さんに呪い殺されちゃう前に、早く冒険者の方々を助けないと!!」


 

 ただちに除霊ならぬ除魔人をしなければ、あの冒険者パーティはあと二分で壊滅するだろう。


 攻撃の要であるはずの剣士は膝をついているし、回復術士も魔力切れで顔が土黒くなっている。

 

 どう考えても、彼らには救助が必要だった。

 ……なのに。


 

「ムリだよー、介入するのは」


 頼りのクロカミは、一歩も動こうとしなかった。


「いじわる言ってる場合じゃないですよ! 早くしないと!」

「――でも、規則上で禁じられてるんだよ」

「……?」


 しゃぼん玉を吹くように、クロカミは静かに説明する。


「依頼を仲介する立場の私たちが肩入れしたら、いろいろと角が立っちゃうでしょ?」

 

「……つまり、受付所の信頼に関わる、ということですか」

「アッタリー。

 受付所自体が潰れちゃうことになりかねないんだ、これが」


 それに、と自慢の黒髪を弄る彼女は、苦い顔をしてこうも言った。


「……契約が成立したクエストは、もう彼らのモノ同然だからさ。

 他人が安易に手心を加えるのは、さすがにマズいんだよ」



 クエストを請けるのは、冒険者の『仕事』である。


 だから仕事である以上、冒険者側にもそれなりの責任が発生する。


 撤退するにしろ助けを呼ぶにしろ、その権利があるのはクエストを遂行している彼らだけ。

 外部の者が口を挟んでいい問題ではない。

 

 ましてや、クエストを渡す立場にある受付所職員が介入すれば、今度は別の意味でトラブルの素になる。


 

 冒険者の誰に対しても中立的な対応を。


入りたての新米に、クロカミは重要な社訓を伝えていた。


「――君は酷いと思うかもしれないけれど、私たちは不干渉を貫く義務があるの」

「そんな……」

「ごめんね」


 受付所には、様々な人がクエストを依頼しに来るものだ。


 貧しい人。

 病める人。

 家柄や種族に、コンプレックスを抱える人。


 裕福な人。

 怖いもの知らずな人。

 血統や社会的立ち位置を、力としか考えていない人。


 相手がどんな人であろうと、受付所は丁寧に対応しなければならない。

 それこそ良心の天秤を水平に保ち、一線を越えるような『特例』を作ってはいけないのだ。


 ゆえにクロカミは、そのもどかしさを胸の奥に秘め、情けなく笑う。


 

 ――だが、しかし。


 ここにはトンデモなく頑固な少女が一人、いた。


「……でも、あんなにボロボロになってるんですよ!? 助けましょうよ!!」

「ダメだね。一度『できる』と豪語したんなら、冒険者の方が瓢箪から駒を出さないと」


「でも、大事なお客さんです!」

「そのお客さんにも、クエストを引き受けた責任はあると思うな」

「~~~!」


 このわからず屋には、何を言っても無駄だ。

 屁理屈だけ並べて、本音としては楽をしたいだけなのだ。


 お役所仕事で終わらせたくないバイトとは、思考の方向性が違いすぎる。


 なぜクロカミたちは、あの冒険者たちに手を差し伸べないのだろう。


 あの五人は悪気があって魔人を呼んだわけでもなくて、ちょっと失敗しちゃって苦戦しているだけだというのに……。


 

 バイトの中で、何かが切れる。


「――――もういいです!」


 突如として、バイトはカンカンに怒り始めた。


 もはや彼女はただの新人ではない。正義感にあふれた鉄砲玉だ。


 腕まくりをして形だけでもマジギレオーラを醸し出して、鼻息荒く彼女は言う。


「皆さんが行かないなら、わたしが助けてきます!

 ひとりで!」


 

 …………ん?


 クロカミは耳を疑った。


 この娘、今なんといった?

 独りで助けに行くと、そう言ったのか?


 だとしたら、やばい。


 

「――――まてまてまて、バイトちゃん!」


 浅慮に丘を下りようとする彼女を、咄嗟にクロカミは引き留めた。

「君、レベルいくつよ!!」


 不貞腐れた顔で、バイトは答えた。


「――たった6ですけど、何か文句ありますか」

「ダメだって、君みたいな非戦闘員が行っちゃあ!」


「どうしてですか!」

「町娘は教会で復活できないんだよ、わかってるの!?」


「もしかしたら土壇場で、神様が強力なスキルをくれるかもしれせんから……たとえ無謀でもわたし、行きます!」


「――――転生に期待するのは、来世からにしなさい!」


 

 正論だった。


 確かに地球よりも重い命を賭けてまで力に拘ることは、人間の浅ましさを露呈するも同じこと。


 恥ずべき行為だ。


「……わかりましたよ」

 一旦頭を冷やしたバイトは、単独先行を思いとどまった。


 しかし、次の瞬間。

 

「それなら」

 くるりと振り返り、彼女はクロカミを凝視する。


 そして、吠えた。


「わたしを止める前にまず、あの人たちを助けてあげてくださいよ!」

「…………だー! わかったわかったから!!」


 

 まったく、交渉上手な娘さんなことだ。


 冒険者を助けてくれなければ、自分が怪我をしに突っ込みます……そんな奇策で、あのバイトちゃんが暗に脅してくるとは。


 これではバイトを監督する立場上、先輩たちも動かざるを得ない。


 

 降参したように、クロカミは諸手を挙げた。


 してやられた、とはまさにこのことだ。


 

「仕方ないなー。始末書覚悟で私が協力してあげるよ」

「……っ! ありがとうございます!」

「――要は冒険者たちが生き残れるよう、サポートしてあげればいいんだよね」


 それだけであれば、まだ言い訳もつくと踏んだのだろう。


 根負けしたクロカミは、力なく首を振った。そして早速、レスキューの準備に取り掛かる。


 その顔はなぜか、ずっと地面の方を向いていた。


「えっと……何するつもりですか」


 地面を見つめていれば、重戦車でも生えてくるのか。


 先輩の異常行動を不審に思い、おずおずとバイトは訊いてみた。


 クロカミはけろりと応える。


「投石、するんだよ」

「とーせき?」


続きます。

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