神クエをあなたに!

薄幸の町娘は、借金返済のためクエスト受付所で働きます
夏野わおん
夏野わおん

2-2 見習いと正社員じゃレベルも給料もダンチ!

公開日時: 2020年12月23日(水) 20:25
文字数:2,607

 ちょっとずつクエスト受付所の異様さが垣間見えてきます……

「――というわけで。今日から君はここで働くことになりましたー」


 

 開口一番にそう言うと、クロカミはちり紙で鼻をかんだ。


 ……なんだろう。肺のあたりがふわふわするような気がして、町娘は胸を擦る。



 なぜそう思ったのか、その理由は把握できた。

 この現場、緊張感がまるで皆無なのだ。


「メインの仕事は『総合受付でのクエストの授受』になるから、そのつもりでいてね」

「わ、わかりました」

「……あれ。もしかして初出勤で固くなってる?」

 

 図星だった。


 押さえつけられるような緊張感はなくとも、クロカミがこなれた雰囲気を醸し出す分、掴みどころのない独特の開放感は当たりに充満している。


 だから。


 その空気に馴れていない町娘は、一周回ってアガっていた。

 

「だいじょうぶです、気にしないでください」

「そう? ならいいんだけど――ハクションッ!」


 大きなくしゃみが飛び出る。

 鼻水を啜り上げたクロカミは、新たなちり紙を鼻にあてた。


 ……実はこの彼女、なんと一晩中受付カウンターの前で酒を煽っていたらしい。


 隣に併設された酒場の大将に地ビールとワインを出してもらい、朝になるまで呑んでいたというのだ。


 先ほど待合スペースで鼾をかいていた原因は、まさにそれ。

 お腹を出して寝ていたのだから、風邪気味になっていたって何らおかしくはない。


 つまり、自業自得である。



「…………さてと」


 二度鼻をかみ、耳抜きまで済ませたクロカミは、手元の紙ごみを後ろへ抛った。

 ごみは見事にごみ箱へ吸い込まれる。


「それじゃあ、具体的な話へ移りますかー」

「よ、よ、よろしくお願いします!」


 

 ――受付所のスタッフルーム。


 落ち着いて話のできるこの部屋で、現在クロカミと町娘が会話している。


 そこには会議で使うような簡素なテーブルとイスが並べられていて、床には紙や雑貨が入った箱がいくつか置かれていた。

 シックな色遣いが心地いい、シンプルな内装だ。


 ここでクロカミたちは毎日、休憩したり裏方作業をしたりしているらしい。

 

 位置関係でいえば、表のカウンターとは薄い壁一枚でしか隔たれていないから、造りとしてはかなり粗末だ。

 椅子を引く音でさえ若干外に漏れるし、しょぼいボケでもかまそうものなら共感性羞恥の嵐が吹き荒れる。


 それくらい施工の手抜き感は否めない。


 しかし、直接お客さんの視線に触れなくて済むのは、現場職員からしても有り難いこと。

 どれだけ無作法にパニーニを食べているのか、そんな自分の汚点が客にバレる心配をしなくていいのだ。


 だから皆、気を抜いてしまうのだろう。


 クロカミたちの手により、部屋の中は少し散らかっていた。



「――諸々の待遇については、ざっとこんな感じかなー」


 雇用契約の内容について話し終えたクロカミは、粘液でぐしゅぐしゅになった鼻を啜りあげた。

「ここまでで、何か質問ある?」


 えーと、と顎に手を当て、町娘は考え込む。


 ……今回、町娘は受付嬢になった。


 正確には、受付嬢『見習い』としての採用が決定された。


 見習いである間の仕事は、受付での顧客対応と雑務の二つ。

 どちらも正職員がサポートに入ってくれるため、業務上で町娘が不安を感じるようなことはないらしい。


 そう、クロカミは豪語している。


 また、見習いといってもお給金は中々に良いし、社宅にも入居させてくれるという太っ腹っぷりだ。

 借金取りの心配をしなくてよくなるのもポイントが高い。


 もう一生、彼女は受付所へ足を向けて寝ることはできないだろう。

 雇用について、町娘に断る理由はなかった。


しかし、


「――この『見習い』制度って、いつか正規職員になれるんですか?」

「おっ、向上心あるね」

「教えてくれませんか?」

 

 落ち着きなく、町娘は訊いてみた。


 やはり金に関する話は詳しく聴いておきたい。

 なにせ自分の臓器が掛かっているのだ。体裁を気にせず、全力で不安を取り去ろうとするのは正しい選択と言える。


 クロカミも、その熱意にあてられたようだ。


「正社員には上がれるよ」

「ホントですか!」

「ただし、条件付きだけどね」

「……?」


 クロカミは笑みを浮かべた。

 魔性の笑みだった。


 そうして、真実は告げられる。



「――レベル一〇〇以上であること。

 それが正社員になる条件なんだ。

 ……知ってた?」






「ひゃっ……えッッ!?」

 

 驚きのあまり、町娘の目は飛び出しそうになった。


 無理もない。


 一応この世界には、レベルという概念が存在している。

 それこそRPGのようにモンスターを倒すなりなんなりして経験値を稼ぐことで、段階的に自身の能力が強化されるシステムがこれだ。


 そして、少しゲームを齧ったことがあるものなら知っているだろうが、レベルは上げれば上げるほどより多くの経験値が必要となる。

 だからモンスターなどめったに倒さない村人は、生涯全体で見てもレベル十を超えることはない。

 日夜修練に励む騎士団長ですら、平均レベルは五十くらいなものだろう。


 また参考までに記載するが、現在魔王討伐の最前線で戦う者たちの平均レベルが一〇〇で、聖剣を携えた勇者のレベルでさえ一五〇なのだ。


 クロカミが如何に突拍子もない発言をしているのか、お分かりいただけたことだろう。


 どうやらクエスト受付所というものは、とんだ人外魔境らしい。



「――あ、ちなみに私のレベルは三〇〇だよ。凄いでしょ」

「……冗談、ですよね?」

「さぁ、どうでしょうねー」


 クロカミの反応を見る限り、とても冗談に見えない。


 ということは、本当に彼女ら正職員はレベル一〇〇以上なのだ。


 そこまで腕を上げておいて、一体何と闘うつもりなのだろうか。


 たかだかクエスト受付所で働くだけなのに、バカみたいだ。


 大切なことだから、二度言おう。


 バカみたいだ。



「は、はははは……」


 想像もつかない足きりラインの高さに、町娘は度肝を抜かれて腰砕け。

 頭はパンクし、口から煙を吹く始末だ。


 彼女が辛うじて理解したことは、たった一つだけ。


 ……ここには、変人しかいない。


 腕が立つのに魔王退治へ出発しない、金と名誉に興味のない問題児しかいないのだ。


 きっとそうだ。



「――――つまり正社員になる頃には、私は大賢者になってるわけですね、了解です」


 れっきとした一般人である町娘は、ついに思考停止した。

 自動人形みたいな作り笑いで、彼女は説明を催促する。


「では話の続き、お願いします」

「おっけー……って、なんか顔が死んでるけど、ダイジョブ?」

「平気です。両親が蒸発した時に比べれば、なんてことない衝撃です」

「そっか、杞憂か」


 それなら、とクロカミは説明を再開させた。

 正社員になるにはレベル一〇〇以上必要って、やばすぎる会社ですよね。

 ポケ○ンで御三家をレベル一〇〇にするだけで満足した自分には、とても達成できない足切りだ……。

 

 異世界の住人が如何に鍛えられているががわかります。

 まぁ、クロカミたちが異常なだけなんですけども。

 

 さて。

 次回は、冒険者の抜き打ち検査の回です。

 いったい彼女らは何をするのか。テストは何が目的なのか。

 

 次回更新をお楽しみに!

 (……よく見ると○多いな)

 

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