神クエをあなたに!

薄幸の町娘は、借金返済のためクエスト受付所で働きます
夏野わおん
夏野わおん

3-9 リリスの独白

公開日時: 2021年1月10日(日) 16:57
更新日時: 2021年1月20日(水) 17:28
文字数:2,087

 耳を疑う回答だった。


 何時になくシリアスな場面でプロレスの話をするとは、気でも狂ったのか。


 これには営業の隣でメモを取っていたバイトも、思わず顎を外してしまった。頭の上にミカンを乗せられるくらい、間の抜けた顔をしている。


 しかもこれまた異常なことに、営業はまだ真剣な顔を崩していなかった。

 

 下ネタ耐性EXか、この男は。


 

「……続けて」

 そう営業に促され、リリスはより奥深くから事情を掬い上げる。


「――――彼が来たのは、一週間くらい前のことだったわ。

 トンテーキって名前で、すごいふくよかな体型をしてたのを覚えてる。

 身なりも羽振りもいい人だったし、用心棒を店の前で待たせていたから、どこかの社長さんなのかなって思ってた」


「それで?」


「――指名が入ったから話してみたけど、そんなに悪い人ではなさそうだったし、いつも通りにサービスするつもりだったの。

 でも、その人はお店の趣向を全く理解してなくて。

 …………『自分たちの声をスピーカーから流しつつ、ニーソを穿いた私をスライム整体術で施術されて恥じらえ!』とかいう、わけわかんないシチュエーションを強要してきて……!」


 昂る感情を抑えきれなかったのだろう。リリスは両手で顔を覆った。

 相当に辛い体験だたことが窺える。


 しかし…………彼女に落ち度はなかったと断定したいところではあるが、イチイチ単語が高次元過ぎて、一般人が共感できない。


 

 ――自分たちの声をスピーカーから流すって、それ誰得? 


 ――あとスライム整体術開祖の思考、精神衛生的に大丈夫?

 


 解説を加えてほしい部分は山ほどあるというのに、営業がそれらに言及することはなかった。

 すでに彼はそれらマイナージャンルについての造詣が深かったのだ。

 違和感を覚えないことが、これほどまでに恐ろしい問題だとは思わなかった。


 震撼するバイトを他所に、マニアックな会話は加速する。

 


「はぁん、けしからん奴だな! 言葉と尻尾でじわじわ虐められるのが、客が守るべき矜持だろうに!」

「……羞恥寄りのSMプレイで、諸手上げ縛りを要求する人はいたわ。

 でもまさか私がモンスターNGか確認もしないで、一方的に趣味を押し付けてくるとは思わないでしょ?」

「確かにマナーが悪い奴ってノリも悪いから、結果的に燃えないんだよな」

「だから、『こっちが身を入れられないリクエストは、なるべくご遠慮ください』って言ったら、急に向こうが怒って帰っちゃって……」

「その腹いせに、いきなりの『歓楽街・浄化作戦』が発動されたわけね。

 まぁ、自分の性癖を虚仮にされたら怒るやつもいるかぁ」

 

「私の一言で、こんな大ごとになるなんて、思ってなかったの……私のせいで皆の居場所を壊しちゃうんじゃないかって考えたら、怖くなって…………それで!」

「――責任を感じて、裏クエストを依頼しに来てくれたんだね。

 わかってるよ。……でも、君が襲われなくてよかった」

「……?」

「密室で二人きりになった状況でマウント取ろうとする男ほど、寒くて危ない奴はいないから、ね」

「……ふふ、そうかも」


 

 限りなく変な会話だった。

 展開も変だった。

 一歩引いたところから聞いていたバイトは、無意識に声を挙げる。


「――――お二人とも、標準語でしゃべってくれませんか?」

「「え。この話、共感できないの?」」

「ムチャ言わないでください」


 

 ともあれ。


 バイトがその道を理解できずとも、ピュアなツッコミが空振りしようとも、大人の世界は回るものだ。


 なぜリリスがわざわざ裏クエスト制度を利用したのか、その理由は分かった。

 疚しいことがなかった以上裏取りを継続する必要はないし、これにて調査は一旦切り上げとなる。


 次に取り掛かるべき事柄は、リリスを助ける善後策の構築。

 難航しそうな案件を手にした今、呑気に風俗店で油を売っていられるほど営業に暇はなかった。

 


「――とにかく、これで事情はすべて了解できたよ。協力してくれてありがとね」


 すっくと立ちあがると、何とはなしに営業は右手を差し出した。

 リリスの目を見つめ、話す。


「最高の弁護士を紹介できるよう、こっちも工夫して対処する。

 もう君一人で抱え込まなくていいから、ね」


 差し出された手に応じるか、一瞬リリスは迷った。

 

 しかし、


「……何から何まで、お世話になってごめんなさい」


 悩んだ末、ぺこりと頭を下げたリリスはその手を握り返すことにした。

 ハート型の尻尾を添えて、誠意を示して、彼女は微笑む。


「――これからよろしくお願いします」

「ああ。もちろんだとも」

 



 かくして、裏クエストの実地調査は終了した。


 リリスに疚しいことがない事実も、歓楽街への圧力が不当なものであることも、無事に発覚した。

 これで裏クエストは、何の障害もなく受理できる。


 あとは弁護士資格を持った冒険者を探し出し、リリスの弁護に付けさせるだけだ。


 

 つまりは、これにて一件落着。

 事態は収束の兆しを見せる。

 …………かに思えたが、話はまだ終わっていなかった。


 なにせ歓楽街の浄化作戦が、最低な理由で行われたことを暴かれそうになっているのだ。性癖を馬鹿にされた例のお偉いさんが、この事実を耳して黙っているわけがない。


 

 ゆえに次の日。


 クエスト受付所に、『使徒』が来た。


 


 次回、使徒襲来。

 ……お楽しみに!

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