元のプロローグが長かったので、分けました。
(……なんだろう、あれ)
進行方向の先に見えたのは、何の変哲もない二階建ての会館だった。
袋を持ったおじさんや剣を持った冒険者などが出たり入ったりしているから、何か特殊な施設なのだろう。
外観は少々古いが細部までよく手入れされているし、扉には「営業中」と書かれたプレートが掛かっている。
信用できる人がいることは、明白だった。
(もう、ここしかない!)
会館前まで来た彼女は、ダメもとで扉を開けて中に滑り込んだ。
そして中からがっちり扉を押さえ、相手の出方をじっと窺う。
一方取立人たちはというと、なぜか建物の前で足踏みをしていた。
突入して町娘を引っ掴まえるような気配はない。
それどころか若干臆しているようにも見える。
そのうち、男の一人が言った。
「――ちっ、ここに逃げ込むとは思わなかったぜ」
「これじゃ手が出せやせんね」
「あぁ。奴らと揉めるとなると、ちと面倒なことになるからな」
扉越しに話を聞く限り、彼らはこの建物に居る人間と諍いを起こしたくないらしい。
こんなにも怖いお兄さんたちを及び腰にするとは、いったいどんな人がいるのか。
状況を噛み砕いている間にも、扉の向こうで話は進展する。
「仕方ねぇ。奴らともめるなんてリスク、ムダに背負い込むことはない」
「そうだな。今日のところは引き上げだ、帰るぞ」
「へい、アニキ!」
やがて、荒っぽい男たちの足音は遠くに消えていった。
扉の向こうに殺気はない。
罠ではなく本気で引き上げてしまったらしい。
張り詰めた緊張の糸が切れ、町娘はへなへなとその場にへたり込んだ。
(今日の借金取りさん、やけにあっさり帰ったな……よかった……)
とりあえず、難は逃れた。
しかし、得心が行かない。
なぜ借金取りたちは、追い詰めたはずの兎を前にして立ち去ったのだろうか。
多額債務者である彼女は、取立人たちにとって重要な人質であるはず。
娼館にでも売り飛ばして返済計画を履行させなければ、損をするのは自分たちだ。
だのに、彼らは扉を開けなかった。
(何を怖がったんだろう……)
不思議に思った町娘は、いったん外に出てみることにした。
取立人たちが居ないか細心の注意を払ったが、近くに脅威の気配はない。
自分を守ってくれた施設の正体を知るため、彼女はゆっくりと振り返る。視線はやや上に角度を付ける。
目に入ったのは、建物の軒下にかかった看板。
――『クエスト受付所』
そう、書かれていた。
「……?」
訳が分からなかった。
こんな文言に大の大人がビビったというのか。
でも現に、この名称は取立人たちを追い返した。
それだけの効力が秘められているのは確かなのだ。
建物の立派さと併せて鑑みるのなら、このクエスト受付所とやらは中々にまともな組織であると推察できる。
一般人が出入りしているのだから、ヤの付く業種でもないはずだ。
だとすれば。
(……ここなら私を助けてくれる人がいるかも?)
淡い望みではあった。
それでも賭けるしかなかった。
借金地獄から解放されるのなら、取立人から追い回される日々が終わるのなら、なんでもよかった。
弁護士や憲兵からも匙を投げられた彼女にとって、いつの間にかここは最後の砦になっていたのだ。
(とりあえず、前情報だけは聞いておこうかな……)
友達の友達と仲良くなるためには、対象の内情についてある程度詳しく知っておく必要があるというもの。
村を訪れたヨソ者を歓迎する役回りが多かった彼女には、情報収集のためのフットワークが身に沁みついていた。
すぐさま、聞き込みを開始しようと視界を散らす。
…………居た。
聞き込み一人目は、杖を突いたあのおばあさんにしよう。
「すみません」
「はて……?」
「少しお話を伺ってもいいですか?」
腰の曲がったご老人は、もごもご口をうねらせる。
「……なんぞ」
「この建物のことについて質問したいんです」
「建物……あんたも、クエスト受付所に用があるんか?」
なるほど。
このおばあさんが会館前でうろついていたのは、受付所に入るためだったらしい。
ということは、おばあさんはこの受付所の正しい利用方法を知っているということだ。
いざ町娘は先人の知恵を借りるべく、おばあさんの手を取った。
金銭に縛られた人生はもう御免である。
「私、悪漢に追われる身なんです。
そのことを相談したいんですけど、なにぶん田舎出なので何処に行けばいいのかわからなくて、困ってるんです」
「んまぁ……それはかわいそうに」
同情された。恥ずかしい。
後ろめたく思った町娘は、わずかに頬を染める。
だが幸か不幸か、彼女は人情溢れるおばあさんに出会うことができた。
この出会いが、彼女の今後の運命を大きく変えることになる。
「…………なら、ちょうどええ」
突如、おばあさんが町娘にこんな提案をした。
「……わしについて来てくれ……わしも依頼の用があるんじゃ」
「えっ、ちょっと!?」
案外しっかりした足腰で引っ張られる町娘は、展開の早さに当惑する。
「待ってください、わたしはただ受付所がどんな場所なのか知りたかっただけで!」
「遠慮せんでええよ……ここにゃあ困った人を助けてくれる、心の広い職員さんが居るけぇな……わしに付き添うついでじゃ……君も助けてもらうとええが」
「えぇ……マジですか」
かくして。
行動力のあるマイペースおばあさんと、それに振り回される貧乏くじ運の強い町娘は、二人そろってクエスト受付所の扉を開けるのだった。
いよいよ本編スタートです!
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