世界中の人が一日を四十八時間になるよう願ったら、睡眠時間が倍になったりしませんかね。
……しないか、はい。
「では、ご依頼の内容についてお伺いします」
背筋を伸ばしたクロカミは、髪を耳に掛け気合を入れた。「本日のご依頼は何でしょうか?」
おばあさんは話し始めた。
「孫になぁ……小遣いをなぁ……」
「お孫さんに小遣いをお渡ししたいのですね。だからお孫さんを探してほしいと」
「外の商いのこたぁ何も知らん……飛び出していったんは、マル坊の勝手じゃ……やが、わしゃーのぉ……」
「――わかります。お孫さんの力になりたいんですよね」
「……んむ」
「お孫さんを特定するにあたって、何か手掛かりになるようなものはございますか?」
「あー……」
ごそごそバスケットを漁ると、おばあさんは何かを取り出した。
「……こいが絵、役に立つじゃろうか……」
「拝見します」
――似顔絵は、ちょっと下手な鉛筆画だった。
身長は平均的で体格はやせぎす。顎はシャープで二重瞼。ピアスにモヒカンがトレードマークで、手にはアコーディオンを持っている。
なんというか……定職に就きたいと願う若者には到底見えない一枚だ。
(このヒャッハーさん、ホントに奉公しに行ったのかな?)
奇抜な恰好にツッコミを入れる前に、とりあえず特徴をメモ用紙にまとめていく。
その傍ら、クロカミは更に質問を重ねた。
「ほかに何か、手掛かりはありますか?」
「音楽の話が好きでなぁ……ほんで、『オレハミヤコデヒトハタアゲル』というんが口癖じゃった……」
「『オレは都で一旗あげる』、ですか。大きな夢を持った方なんですね」
「……わしの誇りじゃ」
もごもごと口を動かすおばあさんからは、孫に対する多大な愛が感じられた。
これで生半可な仕事をしては、罰が当たるというもの。
クロカミの手は、淀みなく動き続ける。
「この似顔絵、少しお借りしてもいいですか。契約を結ばれた冒険者さま用に、一枚コピーを取りたいのですが」
「おぉ……どぉぞ」
「ありがとうございます」
紙を受け取ると、クロカミは背後にあった小作業台に体を向けた。
そこには、テープやら鋏やら資料やらが整理して置かれている。
転写魔法の魔石が内蔵された簡易コピー機を選び取った彼女は、似顔絵のスキャンを開始した。
A4サイズの黒板に似た端末に似顔絵の描かれた紙をかざし、二秒待つ。
《ピー。媒体認証完了。対象のコピーを開始します》
《※注意 魔力残量が三パーセントを切りました。魔石の交換を推奨します》
「――嫌です、ぎりぎりまで使います。備品の予算少ないんで」
ジジジジー。
スキャン終了の電子音が鳴り、端末から一枚の紙が出てきた。紙にはちゃんと、モヒカンのお孫さんが描かれていた。
転写印刷、完了だ。
「――ご協力ありがとうございました」
オリジナルの絵を返却し、クロカミは再び羽ペンを握った。
メモを参考にしつつ、依頼書にクエスト内容をまとめていく。
「では、クエストは『お孫さんを探し、お客様と引き合わせる』という内容でよろしかったでしょうか」
「ん。それでええ……」
「謝礼はどうされますか? 何かお考えになっているものはございますか?」
「……漬物なら、ようけあるがな……」
「漬物ですか。いいですね、私もキャベツの塩漬けは好きですよ」
そう言っているうちに、クロカミは職員用の記入欄をすべて埋めていた。
なんという手際の良さであろうか。しかも字がきれいでインク染みもないところを見ると彼女、速記の達人なのかもしれない。
「――では、クエスト内容と報酬について記載されたものがこちらです。今一度、ご確認ください」
依頼書を差し出すと同時に、彼女は右下にある依頼人の記入欄を指し示した。
「確認できましたら、こちらにサインをいただけますか?」
ジィッ、とおばあさんは依頼書を読んでいった。紙に穴が開きそうなほどの集中力だ。どうやら相当な祖母バカらしい。
客がサインし終わるまで、クロカミは待っていた。
すると、
「あの……報酬は、私が肩代わりしましょうか?」
付き添いの町娘が、カウンター越しに耳打ちしてきた。
「正直な話、報酬が漬物では契約する方が現れないんじゃないかと心配で……」
気持ちはわかる。
クエストを遂行する冒険者からしても、報酬が漬物ではモチベーションが上がらない。というより、契約相手が見つからないだろう。心配して当然だ。
だが、
「心配ありませんよ」
クロカミはサラッと答えた。
「今回のご依頼は、『慈善クエスト』として貼り出すつもりですから」
「……ジゼン?」
首をひねる町娘に、クロカミは簡潔に説明して見せた。
今回は区切りのいい場所が見つからず、無理やり引きちぎった感じでの投稿になりました。短くてごめんなさい。
……さて。
「慈善クエスト」とはどういったクエストなのか。次回はこの意味をクロカミが説明してくれます。
さらに、予想外のトラブルだって起こります。
(……おばあちゃんって結構な頻度で爆弾発言するよね。ウチのばっちゃんは今でもそうです)
それでは、また次回!
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