「えっ? いきなり商談ですか?」
ポカン、と口を開けて呆ける美形オーク。
そこへ雄一郎は重ねてぶっこむ。
「ありますよね、そーいうの。あったらください!」
「えー……あー……」
なんという下種な考え。
この者に向上心はないのか。
周囲を取り巻く心内評価ダダ下がりムーブをものともせずに、雄一郎は屈託のないまなざしでオークを見つめる。
「そーですねぇ」
戯言に多少面食らった美形オークだったが、さすがは高級武具店のオーナー。
顧客の要望に全力で応えるのが専売特許なだけあり、手際よく商品の紹介へと話を移す。
「…………はい。確かにありますよ」
「ホントっすか!」
「では、そうですね……『黎翔龍の涙のペンダント』はいかがでしょうか」
「ナニソレ」
背後に控えていたワイフ兼従業員から受け取った現物を、彼はそっと見せてくる。
エンドパーツに填められた宝石は、暗礁に差し込む月光のように光輝いていた。
美形オークは宣伝する。
「お値段は六十万グランしますが、着用時の効果は絶大です。
如何いたしましょう?」
「……他、ありませんか? 安い奴で」
「なるほど。
でしたら、この『シヴァ・カウの腕輪』もおすすめですね」
次に彼が見せてきた商品は、滑らかな革に銀色の金具が付いた腕輪だった。
「――専属の職人が嘗めした革を使用しており、着け心地において満点評価をいただいた一級品です」
「ほぅ」
「もちろん魅了効果も付与されますし、耐久性テストでは同ブランド内でトップクラスの成績を記録しています」
「ほぅほぅ」
「生産コストを抑えたこちらのお値段は五万グランとなっておりますが、如何いたしましょう?」
思考回路が単純な雄一郎は、このアンカリング効果を狙ったマーケティング戦略に、いとも容易く絡め取られた。
「あ。それなら買えそう」
モテたい一心で、盲目的に軽はずみな一言をこぼしかける。
「じゃあ分割払いで……」
「―――なぁに流れで買おうとしてんだ、このバカたれ!」
あわや五万グランの大出費で、パーティ崩壊の危機。
間一髪、ツインテールが動いた。
「いったん死んどけッッ!」
そう叫び、彼女はバカの顔面に肘鉄を叩きこんだ。
武人並みの体捌きで増幅された衝撃は、拘束対象をソファごと後方に吹っ飛ばす。
ツインテール流。『真・邪心殺』。
技名はそんなところだろう。
「……て、てめぇ……いきなり何しやがる……」
壁に身体を強かに打ち付けられ、雄一郎は臨死体験寸前だった。
だがギャグ補正のおかげで、その容体は頭から血を流す程度で済んでいる。
それでも鼻骨は折れたかもしれないし、頭を打ってさらに馬鹿になったかもしれない。ある意味、彼は重体だ。
だが一切の容赦なく、ツインテールは言葉で追い討ちをかけた。
「―――アンタ、ホントに頭使って生きてんの?
万年金欠でその日暮らしのあたしらが、こんな高級品変えるわけないでしょ!」
「装備を整えるくらい赦せよ、冒険者なんだからさぁ!
いつまでもみすぼらしい格好じゃ、受けられるクエストも回してくれないじゃん!」
「まだそんなこと言ってんのか⁉
木の皮編んで防具作ってた日々を思い出せ!」
「小綺麗にしてりゃあ、いつかオレたちにも金になる依頼がくるって! これは意義ある先行投資なんだよ!
『TPO』とか言うだろ!」
「―――『ただし、ポンコツは、お帰りください』の略でしょーが!」
二百坪の豪邸を揺らす勢いで、ツインテールは激怒していた。
もはや止める術などない。
がしっと雄一郎の胸ぐらを掴むと、彼女はパートナーを無造作に床へ転がす。
「いくら頑張って身なり整えても、実力がなかったらボロが出て終わり!
下心満載漢のアンタじゃ、ガワを取り繕うのに5秒も保たないわ!」
ここまでされては、どちらが優勢で正しいのかは一目瞭然。
馬乗りになったツインテールは、ついに率直な感想をぶつけた。
「高級武具なんて、アンタごときじゃ豚に真珠なんだって! 判れ!」
「――あっれ、君ってオレの味方のはずだよね⁉」
うつ伏せで取り押さえられて、雄一郎は身動き一つとれない状態にされていた。
これでは分割払いの誓約書にサインを掻くことなんて出来そうにない。
装飾品の売買は諦めるしかなさそうだ。
「……そちらのパーティメンバーのご同意を得るのは、どうやら難しそうですね」
引き際をわきまえるオークたちの行動は早かった。
惜しむように背を引いたと思えば、一秒後には美形オークはそそくさと帰り支度を始めていた。
周りのオークたちもそれに倣い、身なりを正して整列する。
そして、
「――では、我々も店に戻らなくてはならない時間ですので、今日のところは引き揚げさせていただきますね」
妻の一人からシルクハットを受け取ると、美形オークは颯爽とその場を立ち去ろうとした。
焦った雄一郎は、咄嗟に彼を引き留める。
「ちょっと待って、それは困る! まだ商品買ってないのに!」
絨毯に押し付けられながら発した声は、美形オークの耳にもちゃんと届いていた。
しかし、利益の出ない商談には応じないのがデキる商売人というもの。
端から雄一郎が、まともに取り合ってもらえるはずがなかった。
「ハーレムの極意の教授の件、お役に立てず申し訳ございませんでした。
ご縁がありましたらまたお会いしましょう。それでは…………」
「あー待って! まだ行かないで!
腕輪! モテ期が来る腕輪! 百回払いで買います!
買いますからまだ行かないでェェッ!」
「…………死ね、クズ男」
「あだだだだ! ちょっ、腕キマってる!
キマってるから放して、ギブギブギブ――あ」
次の瞬間。
雄一郎の腕が変な方向に曲がると共に、耳を劈くような断末魔が豪邸内を駆け巡った。
「―――で、収穫なしだったわけね」
カウンターで頬杖をつくクロカミは、そう言って一行を出迎えた。
「まぁ、そう簡単にハーレムの師匠なんて見つかるわけないでしょ。そんな人、近場を彷徨いてて堪るかっての。
だから、あんまり気にしなくてもいいからね」
「はい……」
俯いたバイトは、シュンとした声で返事をする。
高級武具店のオークオーナーに話を聞いた後。
一旦クエスト受付所に戻って、バイトたちは仕切り直すことにした。
これはパイルストン邸に居座って、これ以上迷惑をかけないための判断だ。
では、今後の雄一郎への対応は如何様にするのか。
とりあえずバイトは、無念そうに進捗を報告していく。
「…………結局、ハーレムの先生探しはまた日を改めることになりそうです。
クエストは、一時凍結になると思います」
「うーん、そうなるとお金の工面が厳しいね。
凍結中の管理費用は取る決まりだし、いざ再始動したとしても依頼費用と成功報酬も用意しなくちゃいけないし」
「ツインテールさんから聞く限り、雄一郎さんの支払い能力は……『ケセランパセランのドロップ確率』と同じくらいだそうです」
「――低っ!」
つまり、費用の支払いは期待できないということである。
「まずいなぁ。
金欠転生者くんにも実現可能な救済策が、全然見つかりそうにないぞ……?」
意味もなく机を指で叩き、クロカミは考えを巡らせた。
彼女の視線はふらついて飛び、やがて件のクエストを依頼した転生者にぶつかる。
待合スペースにて、雄一郎たちは何やら言い争っているようだった。
ハーレムに拘る雄一郎が、主な原因だろう。
肩関節を外され、右腕部を骨折してもなお、彼は理想郷の探訪を諦めていなかったのだ。
「……とにかくオレは決めたんだ。
次は絶対、ハーレムの老師を見つけてやるってな」
「もう諦めなよ。
せっかく受付所のお姉さんに三人も呼んでもらったのに、結局一人も性格の合う師匠はいなかったんだからさ。
時間の無駄じゃない?」
「いいや、まだだ。まだ可能性はある」
「可能性って?」
ふっ、と雄一郎は不敵に笑う。
「この世界は俺から見れば、ハーレムの宝庫なんだ。
しかも、転生者補正で確変に入りやすいオマケ付き。
むざむざ独り身で人生終わらせて堪るかってんだ」
「……意味が分からないなぁ。何がそこまでアンタを駆り立てるのよ」
キリリ、と雄一郎は顔の彫りを深くする。
「――控えめに言って、性欲だ」
「わかりやすっ!」
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