ある意味今日も、営業は平常運転です。
始まりの町、五番通り。
そこは魔法道具や薬問屋などが立ち並ぶ、専門店の多い繁華街。
駆け出しの冒険者がステップアップのために金を落としていくため、町の中でもかなり活気に溢れた場所だ。
だが、この通りにはもう一つの裏の顔があった。
「――――さぁて。じゃあ、実地調査を始めようか!」
現場に到着するなり、営業は体育会系っぽく声を張り上げた。
「行くぞ!
やるぞ!
気合入れてこーぜ!」
「……ちょっと待ってもらっていいですか、営業さん」
「どうかしましたか、バイトちゃん」
夕焼け小焼けで日が暮れる寸前。
バイトは目のやり場に困っていた。
俯き気味に、彼女は訊ねる。
「…………なんでわたしたち、歓楽街へ来たんでしょう?」
ここで補足しよう。
先に述べた五番通りには、観光マップにも載っていない隠れスポットがある。
『五番通り・裏番地』と呼ばれるスポットだ。
行き方は簡単。
脇道に逸れてしばらく行ったところにある立て看板に、銅貨を三枚喰わせればいい。そうすると灰色の壁が溶け去って、神秘への道が開ける。
魔導式ランプで派手に飾られた入り口をくぐれば、そこはもう伝説の裏番地。
バーやキャバレーのひしめき合った通りが、鼻の下を伸ばした男たちをお出迎えしてくれる。
客引きするハーピィやエルフの姿を、そこら中で拝める幻想的な空間。
覚悟無く足を踏み入れた一見さんは、そのインパクトある光景に即刻心を奪われてしまうだろう。
日常から離れられる、ぴりっとスパイスの利いた楽園の地。
異種族キャバ嬢たちが出迎えてくれる、ちょっとエッチな歓楽街。
それが『五番通り・裏番地』。
……そんな場所に、なぜバイトたちは突っ立っているのか。
プライベートで来た覚えはないし、わざわざクエスト受付所の職員が足を運ぶ意義がわからない。
はたして、営業の回答はというと。
「――裏取りをするためだよ、裏クエストのためにね」
営業は爽やかに説明を加えた。
「ほら。裏クエストって、依頼者側の事情を根掘り葉掘りは聞かないでしょ?」
「しない……ですね」
「そうなるとさ、クエスト受付所を利用した犯罪を企んでる可能性も高くなるんだ。
分かるかな?」
裏クエストは、何か後ろ暗い事情がある場合でも依頼しやすいようにと設置された、ある種の救済措置である。
手違いで物品を無許可で持ち出してしまって、それをバレずに持ち主に返却したい時。
自分たちの無礼で怒らせた山の主を、どうにかして穏便に鎮めたい時。
周りにも受付所にも見放されたくない。そんな複雑な心情の持ち主が、この裏クエスト制度を利用するのだ。
言い換えれば。
受付所がちゃんとした調査を行わないと、テキトーな虚偽申告で制度を悪用する輩が湧くことになってしまうのだ。
だから営業は、依頼者近辺の事情聴取の必要性を喚起する。
「他人の善心に付け入るバカって、まず居なくならないもんだからね。
おれたちが目を光らせなきゃいけないのさ」
「でもそれって、探偵さんを雇えばいいんじゃ?」
「専属契約は無理かなぁ。費用がバカにならないから」
「よくあるコストカットですか。職員への負担が嵩みますね」
「確かにオーバーワーク感は否めないけど……リリスちゃんのはなしによると、今回は国のお偉いさんが関わってるらしいからね。
慎重に慎重を重ねて、裏取りをしなくちゃだめなのさ」
「なるほどー」
理のある陳述に、バイトはすっかり感心していた。
日にいくつもの高難易度クエストを仕入れるような、超手練れの先輩が語る仕事の流儀。聴いていてためになること山のごとしだ。
……だが、変だ。
「営業さん営業さん」
「なんだい、バイトちゃん」
「ちょっと訊いておきたいんですけど……」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うもの。
違和感が気になった新人は、素朴な疑問を口にした。
「――――私情を挟みそうな営業さんって、ホントは来ちゃダメなんじゃないですか?」
「……」
……おや?
営業の様子が……
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