投石。
それは、石を投げる行為を指す言葉。
地方出身のバイトでも、それが攻撃方法の一つであることくらいは知っていた。
しかし、解せない。
「……ここからだと遠すぎませんか?」
投石の射程距離は、風向きにもよるが百メートルかそこらだ。
丘の上に立つクロカミたちならその五倍の距離は飛ばせるだろうが、狙撃するには難易度が高すぎる。
しかも、これらのデータは投石器を使うのが前提。だのに見た所、クロカミが紐らしき道具を持っている様子はない。
まさか素手で投げるつもりなのか。
無謀にもほどがある。
「ダーイジョブ。私の腕なら絶対命中させられるからさ」
「本当かなぁ……」
「まー見てなって……おっ、この石いいかも」
足元で彼女が見つけたのは、凹凸の少ないコルク大の石ころ。
形は球状で質量もわりとある、女性の手で握るには手ごろな石だ。
それを拾い上げた彼女は、軽い体操をして肩を温めていく。ブルペン入りする前の投手の如きストレッチだ。
いち、に、さん。
グルグル肩を回し、腱を伸ばし、深呼吸を終える。
そして、クロカミは高々と石ころを掲げた。
「――さぁ! 我が『筋肉魔法』をとくとご覧あれ!」
「……それ魔法ですか?」
「…………ご覧あれ!!」
特徴のないこの小石が、今日の彼女の球。
ソフトボールの投球フォームを参考にして、石を構える。
……直後。
軸足に預けた重心を撃鉄とし、彼女は右足を大きく踏み込んだ。全体重が足裏から膝、腰、胸、肩、腕と伝導し、石を撃ちだす指に集約されていく。
そして。
先発投手クロカミは、『筋肉魔法』を発動させ、投げた。
――説明しよう!
筋肉魔法とは、文字通り筋肉の魔法である。
要するに、筋肉を主体とした筋肉による筋肉のための筋肉なのだ。
この筋肉によって放たれた石は、空気抵抗を無視して超高速に達し、着弾と同時にエネルギー保存の法則によって発熱。
激烈な物体圧縮は、外部から石を融解。侵徹体はマッシュルーム状に広がり、なんやかんやあった後…………爆発する!
ちなみに魔力消費は、ゼロ!
なぜかは聞くな、感じればわかる!
以上、説明終わり!
「…………ほう、まだ立ち上がるか。弱き者どもよ」
ソレが起こる直前まで、超電脳魔人は悦に浸っていた。
冒険者たちを嬲るだけ嬲っておいて、死体撃ちはしない。
節度ある舐めプぶりだ。
だが彼も、ついに飽きてしまったのだろう。
こめかみに付いたダイヤルを回し、バイザービームを最大出力に設定する。
「――このググレイ海賊版のメモリにも、貴様らほど仲間想いの人間はいなかった。
我としても更なる研究をしたいところだが、至極残念。
次の一撃にて、貴様らは灰に帰す」
「くそぅっ!」
「フハハ、その不屈の目。実に興味そそられる目だな」
だが、と言葉を継いだ魔人は、勝利を確信してか高らかに嘲笑した。
「やはり残念だ……貴様の目には、覇気がない!!」
バイザーに紫の光が溜まっていく。
死を覚悟した冒険者たちは、悔しそうに目を瞑った。
そしていざ、魔人がビームを撃ちだそうとする。
その瞬間。
――バイザーに、石が直撃した。
「ハゥアッ!!!?」
いきなり側頭部に戦車砲並の衝撃をくらったら、いくら魔人だって驚くものだ。
「――誰だ!?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、魔人はあわてて周囲を見渡す。
しかし、平原に狙撃手の姿はない。
軽度のやけどを負った頭を押さえ、彼は妄言を叫ぶ。
「……空から石が落ちてきて、それが当たったと仮定するなら……なんだ、隕石か……は? 隕石? ふざけるなよ、宇宙め(半ギレ)」
超電脳魔人ともあろう究極生命体は、半ば頭がパーになっていた。おそらく混乱しているせいだろう。自分が何を言っているかもわからないらしい。
心なしかバイザーの外れたその顔も、三本のまつ毛にまん丸のお目目の付いた、人畜無害そうなゆるキャラに成り下がってしまっていた。
しかも。
状況の変化は、それだけに止まらない。
「――あ!」
ふと冒険者の一人が、超電脳魔人の強さを魔法で測った。
とんでもない事実が明らかになる。
「あいつのステータス、いつの間にかメチャクチャ下がってる!」
「え、なんで?」
「まさか、あのアホみたいな目が露出したのが原因か!!」
「……そっか。バイザーがないとカス同然なんだよ、きっと!」
「さっすが海賊版! システムバックアップがなってねぇな!」
勝機だ。
希望が見えてきた。
生け贄に回復術士を差し出すより、魔人を倒した方が寝覚めはいいに決まっている。
冒険者たちの心は一つになっていた。
「――みんな、チャンスだ!」
ついに。
パーティリーダーである剣士は、得物を天に向かって突き上げた。
「遠慮せずに畳みかけるぞ!」
「「おー!」」
こうして、冒険者たちの反撃は始まるのである。
「……っと、いうわけでバイトちゃん」
任務完了とでも言いたげな様子で、クロカミは髪を解いた。
「私たちのお仕事、分かってくれたかな?」
いや、急にそう言われましても。
藪から棒に話を振られ、バイトは無意識にたじろいだ。
――だってクロカミさん。あなた、石投げただけでしょうに。
「……」
ツッコミたい気持ちを抑え、バイトは冷静に記憶をたどる。
「…………依頼者の言葉を鵜呑みにしないこと、自分の足を使って抜き打ちテストをすること、クエストに干渉し過ぎないこと、は覚えました」
「おぉー! 全部言えるなんて、さすが期待の新人だー!」
「ただ、お仕事の内容自体については、正直ピンと来なかったです」
「そっかー。私の投石を見てもわかんなかったかー」
「……え? 石を投げるのと受付嬢って、何か関係があるんですか?」
「――さぁ、どーだろーねー」
ニマニマ笑うクロカミは、わざと言葉を濁した。
この先輩、まさか仕事を教えない気か。
そんなの職務放棄だ。怠慢だ。あとで抗議しなければ。
初めのうち、バイトはそう誤解した。
……だが、違うかもしれない。
目のハイライトのあの感じを見るに、クロカミは新人をいびっているわけではなさそうだ。
先ほどもバイトの疑問には懇切丁寧な解答をしていたし、バイトが危険行為を起こしかけた時は懸命に止めてくれている。
何よりクロカミは、紛うことなき良い人だ。
となれば、彼女の考えもおのずとわかってくる。
おそらく彼女が答えをはぐらかしたのは、バイトに思考力を養ってほしかったからだ。
これから社会人になる一介のペーペーに必要な、受付嬢としての能力を鍛えてくれようとしているのだ。
バイトは試されていた。
(……期待には応えたいな)
否定から入る前に、まずは相手を肯定する。
それこそが、心のレベルを上げる経験値だ。
カタチから入るタイプの彼女は、腕組みをして頭を捻る。
(……本物の受付嬢になるために、何が必要なんだろう)
冒険者たちは誰も死ななかったし、超電脳魔人は電気信号化して大地の果てへと逃げ帰った。
激戦ストーリーの結末としては大団円だし、そこに不服申し立てをする気などバイトにはない。
でも、何百メートルも先まで石を投げることは、受付嬢の業務範囲外のはずだ。
というか、受付嬢にパワーを求めるのはお門違いではないのか。
カウンター越しに依頼書をやり取りするのが、彼女らの本業なのだから。
(……まさか、逆なのかな)
そこでバイトは、発想を逆転させた。
もしもクロカミのように、桁外れの腕力を有することが珍しくないことなのだとしたら。
もしも受付所の職員が、何かしらに強くなくちゃいけない職業だとしたら。
だとしたら、まさか。
(――ホントにレベル一〇〇以上が必須なの!? 受付所の正社員さんって!!!!)
驚愕。
その一言に尽きる事実だった。
正規職員になる足きりラインは、レベル一〇〇以上であること。
つまり、朝の業務説明の際、クロカミは一切嘘をついていなかったのである。
「うっそだぁ……」
ウーパールーパーのように口をぱくぱくさせ、バイトはしばらく耳から煙を吹いていた。
自分が如何にぶっ飛んだ職場に就いてしまったのか。
実感は湧かず、気は遠くなっていく。
「……あ、そーいえば」
そんなアホの子のようになってしまったバイトの横で、クロカミはふと何かを思い出したようだった。
後ろに突っ立っていた営業に対し、彼女はこんな質問を投げかける。
「超電脳魔人のバイザー壊したら、業務中の器物損壊に入るのかな。
始末書、書かなきゃダメな感じ?」
おもむろに目を瞑った営業は、超めんどくさそうな声でコレをあしらった。
「――知・る・か」
【業務報告】
クエストの抜き打ちテスト。違法性のある行動は見られなかったことから、監視の強化案は見送るべきであると考える。
ただし、呪いの装備を着用した冒険者が一名見られたため、受付所で注意喚起をする必要性あり。
また、当受付所職員のクロカミが突如出現した敵性生物に対しスキルを発動した模様。よって始末書の提出を命じられる。
本人は不可抗力であったと主張しているが、職務中の飲酒がなかったかどうか検査する予定である。
以上。
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