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薄幸の町娘は、借金返済のためクエスト受付所で働きます
夏野わおん
夏野わおん

4-8 ボケたがりの苦手分野

公開日時: 2021年2月13日(土) 17:17
更新日時: 2021年6月19日(土) 13:29
文字数:3,684

 時は、およそ三時間前。

 

 バイトたちがソードマスターを土産に、領主の邸宅に参上する直前。

 

 

 借金取り三人衆から「剣術に長けたモンスター」の話をこってり絞り出したクロカミは、無理矢理バイトの手を引っ張ってそのモンスターへ会いに行くことにした。

 

 

 借金取りのリーダー曰く、そのモンスターは山奥に潜んでいるらしい。

 

 恐ろしい魔女でも出てきそうな不穏な森を抜け、奇妙な顔立ちをした人面岩の裏を通る。 

 不思議なことに雑魚モンスターの気配は、辺りに微塵もなかった。

 

 

 そうして。

 

 鉱脈に埋まった魔光石が道を照らす誘導灯となり、岩の割れ目から滲み出した水滴が心地好い音楽を奏でる、そんな洞穴の深部にて。

 

 ついにクロカミたちは、件のモンスターと対峙するのだ。

 



「貴様ら、いったい此処へ何をしに来た」

 

 

 はたと顔を会わせるや否や。

 

 錆び付いた黄鉄の玉座に座ったそのモンスターは、骨のみで組み上げられた上半身を起こしてそう問いを発した。

 

 

 そのガイコツ……もとい、彼が居たのは大昔に洞窟に住んでいた古代人が信奉していたと思しき祭壇の上。

 

 鍾乳洞という幻想的な空間の中で、仲間も連れずにただ一人、大検を床に突いた彼は練り上げられた覇気を放つ。

 

「この我――アンデッドスカルナイトの首を獲りに来たというのであれば止めておけ。

 我の身体には、聖なる武具以外の攻撃は通用せん……命を落とすことになるぞ」

 

 

 一方でクロカミはというと、位置的に骨剣士から見下ろされているのが気に喰わなかったらしい。

 

 背中にしがみついて離れないバイトの頭を撫でつつ、怖いもの知らずの彼女は口を大きく開いて言った。

 

 

「……はー。出たよ出たよ、ナイト系モンスターの自意識過剰っぷり」

 

「何?」

 

「ちょっと家を訪ねただけで、すーぐに首を獲りに来ただとか、姫を取り返しに来たのかだとか、思春期男子みたいなこと口走ってさ。

 メンドクサイ性格してるよねー、君たち」

 

 

「……宣戦布告のつもりか?」

 

「違うに決まってるでしょ、此方だって暇じゃないんですよ」

 

 自分の肩をトントンと叩き、彼女は鼻を鳴らす。

「ホント、男の子って戦闘バカばっかりだなー」

 

 

 チャキッ。

 

 彼女の言い回しが気にくわなかったのだろう。骨剣士は大剣を握る手に力を込めた。

 

 一触即発の空気が両者の間に漂い始める。

 

 

「――では、貴様は何をしに来たのだ」

 

 僅かに残っていた理性で怒りを抑える骨剣士の質問に、クロカミはわざわざ挙手をして答えた。

 

 彼女、完全にふざけている。

 

 

「あなたに転職先を紹介しに来ましたー、って言えばわかりますかね?」

 

「いや、微塵もわからん」

 

「察しの悪い人だなー……クエストを頼まれてほしいんですよ。

 そんなこともわからないんですか?」

 

「魔物を毛嫌いする人間が、この我に仕事を頼むだと?

 そんな馬鹿みたいな話があるか」

 

「はぁ。

 頭が固い人、私嫌いなんだよなー」

 

 

 やれやれと呆れ果てるように、クロカミは肩を竦めた。ついでに首を横に振ってみせる。

 それがトドメの一撃になったらしい。

 

 骨剣士には似つかわしくない堪忍袋、その尾がたった今、切れた。

 

 

「……貴様、黙って聞いていれば好き放題言って、我を侮辱しているのか?」

 

「そんなつもりはないですよー。ただ、あなたの性格と態度が嫌いなだけです、私は」

 

「……どういうことだ?」

 

「だーかーらー!!」

 

 

 勝手に思いを昂らせたクロカミは、どこぞの名探偵張りに指を差す。

 

 狙いは骨剣士の眉間跡。

 彼女があまりの剣幕で迫ってくるからか、骨剣士は一瞬たじろいだ。

 

 いったい何を言い出すつもりなのか。

 

 クロカミの背中でガクガクブルブル震えるバイトは、先輩の言い分に耳を傾けることに全神経を注いだ。

 いざとなったら、事態沈静化のツッコミを入れるためだ。

 

 

 嵐の前の静けさ。

 寸瞬の暇。

 

 その後。

 建前を取っ払ったクロカミは、己の本音を包み隠さず全て暴露した。

 

 

「――私は、私のおふざけに乗ってくれる人が好きなの!

 振り回される可愛い子が好きなの!

 ――あなたみたいにイタイ発言ばっかで、妙にプライド高くて、なのに性格がお堅いと、私がボケるにボケられないでしょ!

 だから嫌いなの!

 わかる!?」

 

 

 キョトンと、骨剣士は口を半開きにして静止していた。

 

 それもそうだろう。

 

 自分が安定してボケたいがために他人の性格に難癖つける人間なんて、売り出し中の若手旅芸人以外に早々出逢うわけがない。

 

 骨剣士は今宵、生まれて初めて『ボケたがりな受付嬢』という変人と会いまみえたのである。

 

 

「そんな理由で他人を嫌いになることないだろう。

 ……この先の人生に関わるぞ、その性格では」

 

 彼女にどう対応すればいいものか、経験則がないから困惑しているのだろう。

 

 すでに骨剣士は、戦意喪失してしまっていた。

 

「化け物である我を嫌う理由なら、もっとマシなものが思い付くはずだ。少し考え直してみろ」

 

 

「他の理由……う~ん?」

 

 一秒。

 二秒。

 その後。

 

「――あ、そうだよ!」

 クロカミは答えを出した。

 

 ……背中にしがみついていたバイトの弱腰姿を、ぐいっと骨剣士に見せつけたのだ。

 

 

「ほら見て!」

 

 大袈裟な身振りで、クロカミはこんなことを主張する。

 

「あなたがあんまりに怖い顔してるもんだから、バイトちゃんが怖がってるんだよ!」

 

 

「……なるほど?」

 

「だから私はこの娘のため、『むやみやたらに殺気をばら蒔く憎きモンスター』を嫌いになってるんだよ!」

 

「そうなのか」

 

「そりゃ私だってね、内心はコトを荒立てたくはないんだよ。

 ……でも仕方ないじゃん! 後輩が怖がってるんだもん!」

 

「そうだな。弱き者を守るのは上に立つ者の義務だ」

 

 

 端から見れば無茶苦茶な理由。

 それでもクロカミは捲し立てていく。

 

「私はバイトちゃんが大切なの!

 それで、あなたが彼女に危害を加えそうだったから、私はあなたを警戒しただけ!」

 

「つまり?」

 

「私があなたを嫌うなのは、あくまでバイトちゃんを守るため! それ以上の理由なんかないです!

 これで理解できましたか、骨ヤロー!?」

 

「なるほど、そんな理由があったとはな……」

 

 

 骨剣士は深く頷いていた。

 どうやら彼なりに腑に落ちる点を見つけられたらしい。

 

 あっさりと彼は、受付嬢の心情を受け入れた。

 

「それなら納得だ。以後気を付けることにしよう」

「あ、納得しちゃうんだ」

 

 思わぬ相手の反応にクロカミは肩透かしを食らい、力感を抜く。


 

 と、その瞬間。

 

 この妙ちきりんな言葉のドッジボールに、満を持して口を挟む者がいた。

 

 バイトである。

 

 

「……あの、クロカミさん」

 

 頼りがいのある先輩の背中にて、彼女はこんなことを言った。

 

「早く仕事の話を進めた方がいいんじゃないですか?」

 

 

 後輩からぶつけられたのは、まさかのド正論。

 思わずクロカミは苦笑する。

 

 確かに彼女達がこの洞窟へ来た理由は、目の前の骨剣士の懐柔……否、領主の息子の剣術指南役になってくれるよう説得することだ。

 

 だから、わざわざ彼との仲を険悪にする必要はない。

 そうバイトは言いかったのだろう。

 

 

 だが、これで簡単に引き下がらないのがクロカミという頑固女子だ。

 

 よかれと思ってやったことを否定され、彼女は少し困惑していた。

 

 

「えーっと、バイトちゃんさ」

 熱い鍋に触るかのように、クロカミは恐る恐る訪ねる。 

「今までの話聞いてたでしょ?」

 

 

「……聞いてましたよ」

 バイトは答えた。

「クロカミさんと骨剣士さんが一触即発の状況なんですよね?」

 

「だったら分かるだろうけど、この骨ヤローは極度に人間を見下してるんだよ。

 しかもボケ辛い相手だし、すぐに喧嘩を吹っ掛けてくるし、絡みにくいんだよ」

 

「それは……我慢するしかないんじゃないですか?」

 

「じゃあ、なーんでバイトちゃんは私の後ろで震えてるの!

 あいつが怖いんでしょ?

 だったら、私がとっちめてあげるよ!」

 

 

 そうクロカミが聞いてみたところ。

 

「いえ、それはちょっと違います」

 

 ピタリと震えを止め、すっくと顔をあげた彼女は、超絶真面目に答えた。

 

 こんな風に。

 

 

「わたしが一番怖いのは、『お二人が喧嘩することによって起こる岩盤の崩落』です」

「……」

 

 

 洞窟で恐れるべき事故は、主に二つ。

 

 ひとつは、地下水脈によって生じた水溜まりが、何らかの衝撃で決壊すること。

 

 そしてもうひとつは、これまた何らかの衝撃が加わって、脆くなった天井が崩落すること。

 

 

 バイトは後者の可能性を心配していたのだ。

 

 

「……」

 

 黙り込むクロカミ。

 常人の立場に立てていなかった受付嬢の大先輩。

 

 そんな残念な彼女へ、バイトは続けてこう述べる。

 

 

「――ここは洞窟、わたしは人間です。

 重い岩なんかに当たりでもしたら、たぶん死にます」

 

「……なんかゴメン」

 

 

 見事、バイトに言いくるめられた。

 その事実が意固地になっていた彼女に反省を促す契機となったのだろう。

 

 

「じゃ、もう私は黙ってるね」

 

 両指で✕の字を作ると、それをクロカミは唇へ貼りつける。

 

「これ以上喋ってると、話こじれそうだからさ」

 

 

 口は災いのもと。

 後輩の注意によって学んだこの教訓を、騒ぐの大好きな酒浸りは早速実践し始めていた。

 

 ……ゆえに。

 

 

「えーっと」

 

 マイペース共が織り成す乱気流的展開から取り残されたバイトは、一人で困り果てていた。

 

 にっちもさっちもいかない状況に、ただただ彼女は力なく笑う。

 

 

「……わたし、この後どうすればいいだろう」

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