「――で。なんで入れてくれないんですかー?」
「決まっているだろう。
貴様を家に上げると碌なことにならんからだ。
……だからこそ、この私が直々に出迎えに来たのだ。泣いて喜べ、女」
「あーいも変わらず、イケずな人ですねぇ。そんな酷いことしましたっけ、私?」
「以前招待した際の罪を忘れたのか。
『鬼ごっこ』だか『かくれんぼ』だか知らんが、暴れまわったせいで家宝の皿を割っただろう。
そんなことも覚えていないのか、女」
「皿なんて割ってませんよー!」
クロカミはむくれた。
「――だって私が割ったの、客間にあった壺の方ですもん!」
「……たった今、罪が更新されたぞ。いいのかそれで」
夕方。
バイトとクロカミが訪れた先は、始まりの街一帯を治める領主の自宅。その正面入り口の門前だった。
事前に電話でアポを取り、覚悟もなしに直突したバイトが目にしたのは、木々生い茂る小山一つをまるまる要塞にするという漢の趣味丸出しの居城。
これが領主とその家族、そして百人の近衛が住む家だと聞いたバイトは、その趣味の悪さにドン引きしていた。
まず、山の頂上に展望台の付いた鉄塔がひとつ。
次に、中腹付近には切り崩した人工の崖があり、そこに填め込まれるのは灰色の石材で組まれた秘密基地風の母屋。
そしてその横には、何処に向けて放つのか目的不明のドーム状砲台が二門、不格好に接着されたブロック状の離れが三つあった。
また、アトラクションの一種なのかトロッコ列車の線路が空中を走っており、その陰で使用人たちの部屋が茸のように山の三合目を埋め尽くしている。
それら施設は、全て馬車で麓まで下りられる道が接続されており、玄関までの通りは護衛のためなのか近衛の住居で挟み込まれていた。
一目でわかる。
この城及びこの小山の持ち主は、途轍もなく悪趣味なのだ。
「それでだ、女」
木彫りの不気味なトーテムポールが見下ろしてくる中。
頑としてクロカミたちを敷地内に入れる気がない領主は、護衛数人を引っ提げて門の前で仁王立ちした。
「貴様、私に何の用があってきた。答えろ」
そう言った領主は、如何にも頭の良さそうな男だった。
おそらく歳は二十代後半、気質は学者肌なのだろう。
無駄を省いたかのように尖った顔立ちに、やや青白い肌。
痩身且つ長身な体型は健康バランスの完璧さを表していて、華美な装飾のない濡羽色のコートと絶妙にマッチしている。
髪型をオールバックにしているのもポイントが高かった。
小粋で紳士的なナイスガイ、という庶民間での噂は、案外妥当な評価であったのかもしれない。
だが、単なる堅物で収まらないのがこの男。
特に、真鍮色の瞳に宿る眼光は鋭く、並の人間であれば一瞥されただけで委縮してしまうほどの威圧感がある。
先ほどからクロカミと繰り広げている舌戦からもわかる通り、かなりの確率で毒を吐くのも彼の皮肉屋な性格が由来している。
薫り高い紅茶より、白煙燻るタバコが似合いそうな男。
それが領主という人間であった。
「……用事の内容なら、さっき電話したと思うんですけど」
領主の出迎え方が雑だったことが不満なのだろう。
仏頂面でクロカミは領主を非難した。
「もうちょい他人の話聞いたらどうです?」
「聞いてはいたさ。
だが、伝文が覚えるに値しない内容であったのなら、忘れても致し方あるまい。
相手に言葉が通じないのは、全て伝える側の能力不足。
それは日頃から教えているだろう、女」
「じゃあ、この場を借りて言いますけどさ。
子供に良質な稽古を付けさせようとするのは勝手だけど、流石にソードマスター呼ぶのは無理ですって。せめてパラディンにランクダウンしてくれません?」
「駄目だ。
私が求めているのは一流なのだ。子供を優秀に育てるには、幼き頃から一流を味わっておく必要がある。
ゆえに私は我が子に一流の食事、一流の学問、一流の生活環境に一流の人脈を与えている」
「そんなことしてたら、いつか息子さんグレますよ?」
「他人の教育方針に口を出すな。
少なくとも私は、息子を自堕落な道に進ませたくないのだ。
特に貴様のような人間、酒とつまみがあれば誰にでも尻尾を振るような人間は、悪例中の悪例。
本来ならば、己が息子の視界に立つことすら許されない存在だということを忘れるな、女」
「へーへー、それはすいませんでしたー…………というか。
先ほどから『おんなおんな』言ってますけど、それ立派なセクハラですからね。わかってます?」
「もちろん理解している。
こう見えて私は男女平等主義者だからな」
そう言うと、領主は自信ありげに口角を上げた。
「……ゆえに私は、常識のない男を『ゴミ』と呼んでいる」
「わー。丁寧な自己紹介、どうもありがとうございますー」
悪態の応酬が続いているが、正味な話あまり雑談に割ける時間はない。その事実はクロカミも重々承知していた。
ソードマスターを紹介するクエストを、正面切ってお断りする。
そのためだけに、クロカミとバイトはこんな魔境のふもとまでやってきたのだ。
手短に、テンポよく行くのが恐らく最善。
クロカミは口を開いた。
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