いよいよ第三話が始まります!
クエストには様々な種類がある。
町民の代わりに荷物を配達したり、貴族のお屋敷を警備したりするノーマルクエスト。
森の生態系を壊す大百足や沿道で人を襲う小鬼を成敗する、討伐クエスト。
冒険者が契約するクエストといえば、基本的にこの二種が有名だろう。
しかし、クエスト受付所で取り扱う依頼には、まだまだ庶民の間では知られていないような依頼が山ほどある。
今回はそんな、特殊な分類分けをされたクエストの話である。
超電脳魔人の一件から数日が経った、ある日。
仕事熱心なバイトは、今日も総合受付カウンターに座っていた。
時間は午後一時過ぎ。
お客がいないタイミングを見計らって、彼女は隣のクロカミから業務の詳細部分を教えてもらっていた。
「……で、そこの記入欄にお客さん側の諸事情を書くの」
「こうですか?」
「うん。
今来たお客さんの場合なら、毎朝七時の鐘が鳴る前までに新鮮なハーブを採ってきてほしい、とかいうのを要約しておくんだよ」
「なるほど。じゃあハーブは朝摘み限定、みたいに書けばいいってことですか?」
「そーそー。やっぱり頭が柔らかいね、バイトちゃんは」
「あはは、そうでもないですよ……」
昼下がりの職場で二人は会話する。
受付所内に、客は数人きり。
いずれも駆け出しの冒険者であり、即刻トラブルを持ちこみそうな気配はない。
つまり今、バイトたちは途轍もなく暇だった。
正確に言えば彼女たちも、朝に限り顧客対応に追われて大変な思いはしていた。
しかし、まだ事件が起こっていない今日は、いつもと比べてかなり平和的。
クエストボード前で依頼書とにらめっこする冒険者は喚き散らさないし、契約済みの依頼書の本人控えを偽造して報酬をだまし取ろうとする不貞の輩も現れていない。
コーヒーに回し入れたガムシロップのように、甘く蕩ける和やかな空気が所内を漂う。
バイトにとって、それは何よりも大好きな時間だった。
「クロカミさんは、どうやって仕事を覚えたんですか?」
「やっぱ慣れかなー。私も見習いの時は苦労したもん」」
「へぇ! クロカミさんにも見習い時代があったんですか!」
「私にも頑張ってた時代はあったんだよ? クエストの受領と契約の手順は、ずっと頭の中で反復してたし」
「やっぱり慣れと反復練習ですか。まだまだ正職員への道のりは長そうですね……」
「なんなら、私が使ってたメモ帳あげようか?
研修時代のメモが残ったやつ」
「いいんですか!?」
「いいのいいの。
背表紙擦りきれたお古だし、文字解読するの面倒だし、好きに使って……って、お客さん来ちゃったな」
言われて初めて気づいた。
確かに女性が一人、こっちに向かって来ているのが見える。
マントを羽織り、フードを深く被った、唇の血色がすこぶる良いお客さんだ。
顔を隠しているようだから、おそらく訳アリ。
慎重に接客する必要がありそうだ。
「……愛想よく、ね」
まずは一人で応対する練習と称し、一時的にクロカミは受付業務をバイトに一任した。
緊張でカチコチに固まる後輩。
目敏いクロカミは、彼女の背中をポンと叩く。
「ずっと私が付いてるから、心配しないでいいから」
「はい、がんばります……!」
意気込みは良し。
あとは仕事を全うするのみだ。
キュッと指で口角を上げて、バイトは姿勢を正す。
そして向こうから、マントのお客さんがやってくる。
「あの……」
カウンターの前まで来た件の女性客は、卓に着くなりか細い声でこう訊ねてきた。
「クエストを申請したいんだけど……受付って、ここで合ってる?」
バイトは笑顔で答えた。
「はい、総合受付はこちらです。ご依頼ですか?」
「依頼は依頼なんだけど…………どうしよう、止めた方がいいかな」
もじもじと恥ずかしがる女性客。
なんだろう。
もしかして、他人には言い辛い依頼なのだろうか。
だとしたら、場所を替えて話を聞いた方がいいかもしれない。
脳内で必死にエアマニュアルを読み返したバイトは、すぐさま顧客の事情に寄り添おうとした。
「お話しし辛い内容でしたら、個室で事情をお伺いすることも可能ですよ?」
「あぁ、そういうことじゃないの……」
「と、言いますと?」
少し間を開けて、女性客は弱々しく言った。
「……あなた方に迷惑をかけちゃうんじゃないかって、思って」
「めいわく?」
キョトンとするバイトを前に、彼女は何やら手を動かし始めた。
影絵でも披露するつもりなのだろうか。
ひとまずバイトはそれに注目することにした。
右手はチョキで、左手はナンバーワン。
それらを胸の前で合体させる。
影絵じゃない。
これはジェスチャーだ。
「実は私、こういう者なんだ……」
人目を気にするようにして、彼女はこっそりジェスチャーを見せてきた。
だが、バイトにはそれが何を意味しているのか分からない。
……二本指を角に見立てて、その下に一本指を添えたこの手ぶり。
これは、つまり?
(……お題目は『キメラ』、かな?)
トンチンカンな回答だった。
そんなクソの役にも立たないジェスチャーを伝えて、彼女に何の得があるというのか。
想像力が巧く働かず、バイトは苦戦する。このままでは埒が明かない。やはり入り立ての新人にはハードルが高すぎたようだ。
すかさず、クロカミがフォローに入る。
「――大変申し訳ありません。事情はすべて了解いたしました」
四十五度角で綺麗に腰を折ったクロカミは、横から見ても美しかった。
しかも彼女は客への配慮だけにとどまらず、個室を勧めたバイトのフォローにも取り掛かった。
「本日はお客様も少ないですし……そうですね……。
わざわざ当受付所にご足労いただいた感謝も込めて、こちらで個室をご用意させてもらってもよろしいでしょうか」
「あぁ……はい、お願いします……」
こうも丁寧に言われてしまえば、気弱そうな女性客も縦に頷かざるを得ない。
番号札を手渡されると、女性は待合スペースへと移動していった。
極力目立たないように動くせいか、その後ろ姿はまるで『蛇の巣窟に放り込まれた兎』のようだ。
クロカミのフォロー力を「あっぱれ」と持ち上げたい場面。
しかし、現在のバイトの関心は、女性客の言動と行動へ注がれていた。
いったい彼女は、何をあんなに怖がっているのだろう。
「……あの。今の方って、どういった方なんでしょうか?」
カウンター裏で作業をする傍らに、思わずバイトは訊ねてみた。
「わたし、イマドキのジェスチャーに疎くて――全然、正体が分からなかったんですが」
「あー、そのことねー」
間延びした声を発するクロカミは、引き出しから個室の鍵を取り出した。
そして。
他の誰にも聞こえないほど小さな声で、バイトの耳へ囁きかける。
「――『サキュバス』なんだよ、あのお客さんは」
エロかわいいって正義ですよね。
……話が膨らみそうにないので、次回更新をお楽しみに。
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