なんだコイツ、と呆れ顔をするツインテール。
相方のビミョーな表情に、雄一郎は肩をすぼめる。
「煩いな……ハーレムは男の夢なんだよ。
だからそれを叶えるまで、俺の方から依頼を取り下げる気はねぇ」
「まったくもー、どの口がそんなアホをほざくんだろーねー」
頑として意見を譲らない彼の頬を、ツインテールはこれでもかと抓りあげる。
「……この口か。この軽すぎる口が、うちの財布を火の車にしてるのか」
「痛へーッス、ツインテール先輩、痛へーッス」
「――うちにはね、延長料金を払えるだけの余裕なんてないの。
だから今回のクエストはこれで区切りをつけて破棄。
明日からはまた日銭稼ぎの日々になるんだから、しっかりしてよね。ウチの稼ぎ頭さん」
「えぇぇぇ!」
ぶー垂れる雄一郎と、大きくため息をついて呆れるツインテール。
どちらにも譲れないものがあるらしく、話は一向にまとまる気配を見せない。
これでは平行線を辿るばかりだ。
双方が共に納得できる折衷案はないのか。
クエスト受付所職員として、どうにかしてこの場を丸く収めることはできないものか。
クロカミは頭を働かせた。
そして、
「あ、そーだ!」
軽く手を叩いた彼女は、大学講師のようにピンと人差し指を立てた。
どうやら妙案を閃いたらしい。
宇宙誕生の秘密を理解した科学者のように立ち上がった彼女は、雄一郎にこんな提案を持ちかけた。
「――先のクエスト延長の件なんですけどね。
ちょっと私共と取引しませんか?」
「とりひき?」
「交換条件というやつですよ。
こちらはクエストの延長料金を取らず、ハーレムの師匠を紹介し続ける。
……その代わりにひとつ、あなたに頼みたいことがあるんです」
それがこれです、と言って彼女が見せてきたのは一枚の紙。
そこにみっちり書かれていたのは、転生者たちを取りまとめる委員会設置をお願いする旨の文章。
内容の乏しさはマイナー雑誌の広告並だったが、委員会の発足者に特別な基準がないことくらいは、どこぞの唐変木でも読み取れた。
そう。
つまりクロカミは雄一郎に対し、世に蔓延る転生者たちを取りまとめてほしいと頼んでいるのだ。
「……『転生者たちを取りまとめる』?」
ご指名を受けた当の本人は、ドライアイでもないのに目を瞬かせて驚く。
「やれっての? オレに?」
「はい。
なにせクエストの横取りや国政への不正な介入など、転生者の方が起こすトラブルって近年増えてきているんですよ。
だから転生者が関係する事件が起きた際の仲介役として、個人情報と行動を管理できる組織を発足してほしいんです」
「そんなこと、オレにできんのかな」
高難易度な事案に挑む自信がなく、二の足を踏む雄一郎。
だがクロカミは、持ち前の舌で彼を焚きつけた。
「手続や運営方法等については、こちらも全力でサポートさせていただきます。
国からも補助金が出るでしょうし、人員についても受付所で募集をかけますから心配はいりません」
「でもなぁ…………」
「――何より、女性にモテるかもしれませんよ」
「―――はいッ! やりまーす!」
単純。
その一言に尽きるような問答であった。
クロカミは、にっこり笑う。
「ご協力ありがとうございます。
……(やっぱ馬鹿は扱いやすいね、こっちの仕事が片付いちゃった)」
「ねぇ、今なんか黒い言葉が聞こえたんだけど何、心の声漏れちゃった感じ?」
「さぁ!
では説明に移らさせていただきましょうか!」
傷つきやすい雄一郎の質問には、華麗にスルーを決めておいて。
パンッと手を叩き、飼い犬を呼ぶかのようにクロカミは仕事上の盟友を呼んだ。
「それじゃあ後は頼むねー、シュガーさんよー」
すると、カウンター裏からひょっこり顔を出す者が居た。
間違いない。
シュガーだ。
「……何?」
不審者を警戒するスナネコのように、彼女は机にかじりついて身構えていた。
そのつぶらな瞳が見ているのは、すっかり顔面を晒した雄一郎。
彼女にとって転生者は、今でも生理的恐怖の対象らしい。
ビクつきながら、シュガーは口を開く。
「…………私が説明しなくちゃ、ダメなの?」
「だぁって行政との細かい手続きとか、全部把握してるでしょ。
教え方も丁寧でわかりやすいし、ここじゃ一番適任じゃん」
それに、とクロカミは悪戯っぽく口角を上げると、雄一郎本人を受付カウンターにいる彼女へ強引に引き合わせた。
「―――いい加減、転生者にも慣れてもらわないとね!」
「急にそんなこと言われても……‼」
目を泳がせるシュガーと、気まずそうに頭を掻く雄一郎。
羽ペン用スタンドと職員用小型計算機を中心線に向かい合う彼女たちの画は、傍から見るとまだ男女間の距離の詰め方をよく知らない中高生の生態を完璧に模倣していた。
しかし、このまま会話を進展させないわけにもいかない。
意味を含まない呻きを数度発した後、先に雄一郎が端を発した。
「……もしかして、まだガスマスク被らないといけない感じですかね」
「あ! ダダ大丈夫デですよ! ア、あなたを人として扱うくらいには慣れましたから!」
「わー。
今までオレ、何だと思われてたんだろー?」
散々な言われように貧血を起こしそうになる雄一郎だったが、気合と根性で何とかその場で踏ん張った。
それもそのはず。
延長料金免除のためには委員会とやらを立てなければならず、その案内人であるシュガーとは企業連携並の協力関係を築かなければならない(と彼が勝手に思っている)のだ。
とにかくここは、協力相手の心を開くことが先決だ。
何か策はないだろうか。
「……そうだ」
別のアプローチで行こう。
ピンと指を立てた雄一郎は、しどろもどろになっているシュガーに向き直った。
「なら、オレにあだ名を付けてみませんか?」
「あだ名、ですか」
「その方が親近感湧くでしょ。
そうすりゃきっと、オレが転生者だって意識もなくなりますよ」
友達と呼ばれる生き物には、ほぼすべてにあだ名が存在する。
それはガリベンであったりメガネであったりハカセであったり、少なからずその者を特徴付け、かつ打ち解けやすくする触媒と成り得る。
彼はそれに目を付けたのだ。
「うーん……あだ名ですか」
豈計らん方向から接触を受けたシュガーは、一瞬たじろいだ。
だが、その顔にはもう嫌悪感は見られない。
あるのはお客さんに失礼を働かないようにと精神世界で奮闘する、彼女なりの誠意だけだった。
「あだ名……あだ名……あっ、整いました」
スーハーと深呼吸をして落ち着きを取り戻したシュガーは、ついに雄一郎と眼を合わせた。
例え苦手な相手だろうと、逃げず背かず立ち向かった。
そして。
冷汗をかかずに笑顔を作った彼女は、慎重に慎重を重ねてこう言った。
「―――では、『転生者一号さん』とお呼びすることにします」
「……え?」
「よろしくおねがいします、一号さん」
「え?」
なんという壊滅的なネーミングセンス。
死球に見事命中した雄一郎……否、転生者一号は、ぽかんと口を開けていた。
表情筋がおかしな形で麻痺してしまったらしい。
とても無様だ。
しかも、被害はこれだけに止まらなかった。
「よかったねぇ、綺麗な人に名前を付けてもらってさぁ……」
脇からちょっかいを出すツインテールは、直近の出来事において気に食わないことがあったらしい。
不機嫌さがにじみ出た手刀は、理不尽さを伴って彼を襲う。
倒錯的なパートナーの行動に戸惑う雄一郎。
むすっとした不興そうな顔を添えて、彼女はトドメの一撃を放つ。
「なんならステータスのネーム欄も変えたらどう?
You ICHIGOUで本名と似てるしさ」
「……動詞が抜けてるんだよなぁ」
こうして、受付所側の業務は一応の終わりを迎えることとなった。
その日の深夜に至るまで、「雄一郎」改め「転生者一号」は動かず長いこと呆けていた。
「……オレ、一号って呼ばれるのかぁ……」
「ほら、いつまで引きずってんの。帰るよ一号」
【業務報告】
ハーレムの師匠と成り得る適正者、ゼロ。
ゆえに未契約クエストとして、再度募集をかけることとする。
募集期間は無期限に延長。契約条件に変更はなし。
また余談として、依頼者である雄一郎の名が「転生者一号(略称は一号)」に改められる。
ただし、本人は良しとしていない模様。
以上。
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