字が汚いと言われて早百年(体感時間には個人差があります)
数多の美文字練習帳を使っても治らなかった我が癖字は、もはやある種の才能なんじゃないかと思い始めております。
……でも、日記を読み返せないレベルってわりと致命的ですよね……(ーдー)ハァ
――冒険者の信頼度アップやコミュニティの拡大を目的にした、貨幣の関わらないクエスト。
それが「慈善クエスト」だ。
金にならない依頼ということで一見すると人気がなさそうだが、なんとこのクエスト、意外に需要がある。
なぜか。
答えは、冒険者の心理にあった。
「……需要の鍵は、『信頼』です」
そうクロカミは語る。
実質ニートと変わりない冒険者たちのうち、八割以上の人間は「信頼」を勝ち取ることに熱を上げがちだ。
なにせクエストを請ける時は、必ずその者の実績と人柄を見られてしまう。
だから足元を見られないよう、自分を良く魅せる機会は冒険者にとっても価値があるのだ。
もちろん心からの善意で取り組む輩もいるが、大半は浅い謀や自尊心の糧にしようと目論む輩の方が、このクエストでは圧倒的に多い。
……要はこれ、「偽善者向けのクエスト」なのである。
「慈善クエストに群がるクズ……んん゛ッ! 高貴な冒険者たちの浅ましさと言ったら、もう厠にたかる蝿みたいに無様で……んんん゛ッ!!」
「オブラートって、知ってますか?」
「――まぁ、誤魔化しきれていないのは置いといて。
慈善クエストを出すメリットは、こちら側にもあるんですよ」
「……?」
例えを上げるとわかりやすいのだが、毎日金欠の冒険者が慈善クエストを単発で取ることはまずありえない。
それでは肝心の日銭が稼げないからだ。
ゆえに彼らは一般的に、通常のクエストと重複してこれを契約する。
だから、クエストの回転率が良くなる。
結果、より多くのクエストがクリアされることに繋がる。
手数料を取る受付所側として、慈善クエストはこれ以上ない撒き餌なのだ。
「……書いたで」
話しているうちに、おばあさんは依頼のチェックを終えていた。
達筆な字で、ちゃんとサインも記している。
「ありがとうございます」
紙を受け取ったクロカミは、頭を下げると立ち上がった。
一旦スタッフルームへと戻るのだ。
「それでは、少々お待ちください」
カウンター裏の扉を開け、資料室へと向かう。
その道すがら、クロカミは思考を巡らせた。
(人探しのクエストなら、他のクエストと内容が被っているかもしれないな……他の受付所で申請されてるクエストと照らし合わせるか……)
考え事に集中し過ぎたせいだろう。
視野の狭くなっていたクロカミは、前から来る男性職員の存在に気付かなかった。
「――おっ、資料取りに行くのか」
「うわっ……ってなんだ、営業か」
声をかけて来たのは、さっき依頼書貼りを押し付けたあの営業だった。
すれ違いざま、彼はシシシッと笑って皮肉を垂らす。
「珍しいな、仕事してるのか」
たちまちクロカミは、苦虫を嚙み潰したような顔を作る。
「……いつもどっかフラついてる、あんたにだけは言われたくない」
「なんだよ。俺だってついさっき、大型モンスターの討伐クエストを受注してきたぞ」
「わーすごいですね、さすがですぅー」
気のない称賛を送ってあしらうクロカミは、男の脇をすんなり通った。
そして。
物はついでとばかりに、彼女はこんな頼みごとをする。
「……私が裏に戻ってる間、カウンターの様子見ててくれない?」
「はいはい、了解しました」
バトンタッチ。
ピッチャー交代。
総合受付カウンターでの顧客対応を任された営業は、飄々と裏手から現れた。
クロカミの意図を察するなら、彼女は営業にできないことをさせないはず。
クエストの依頼・契約といった受付嬢の役割、これを中継ぎである彼にさせるわけがない。
ならば、彼がカウンターでやるべきことは、ただ一つ。
――おばあさんの話し相手だ。
「どうも、営業部の者ですけれども」
野に咲く花へ捧げるイメージで、営業は笑い掛けた。
しっとりと落ち着いた声で、彼は話す。
「お孫さんを探してるんですってね、聞きましたよ」
「……そうじゃ」
「いいですねー、家族愛が感じられて。おばあさんが探してるって聞いたら、お孫さんもきっと喜びますよ」
「……それより、ええか」
申し訳程度に断りを入れると、おばあさんは営業の顔をガン見した。
営業が首を捻る中、ご老体は爆弾を投下する。
「――――最近、小鬼を見るんじゃ。どうすればええかの?」
「……え?」
おぉっと、いきなり話が変わった。
これぞ躊躇なく車線を変更する、ご老人特有の名古屋走りスピーチ。
ここは日本でないというのに、なんと荒々しいハンドル捌きだろうか。
「……へ、へぇ。小鬼、要はゴブリンですか」
ハイスピードな馬車から振り落とされないよう、営業は卓下で踏ん張っていた。
今のところ、この営業男は話の展開についていけているらしい。なんとか首の皮一枚で話を合わせる。
「人家に近いと畑や倉庫を荒らされますし、街道沿いに出ると行商人が襲われますし、厄介な魔物ですよね、ゴブリン」
付き添いの町娘は、とっくの昔に会話から振り落とされている。
ゆえに、実質おばあさんの相手ができるのは営業だけだ。
ツッコミなしで堪えるには、あまりに厳しい戦力である。
「自分も昔、ゴブリンの一団に夜襲されたことがあるんですよ」
営業は話した。
「その時はもう、持ってたランプは壊されるわ、幌は破かれるわ、大変でしたよ」
「……小鬼は煙が苦手じゃけぇ、松を燃やして追い払うとええよ」
「へぇ、そうなんですか。今度からそうしますね」
「……んむ」
「ちなみにそのゴブリンは、どこで視られたんですか?」
「そりゃあ……」
そこから暫く、間が空いた。
遠い目をして記憶をたどるおばあさん。
会話から放置された営業と町娘は、お互い顔を見合わせる。
「(えーっと。お嬢さんはゴブリン発生の件、何か聞いたことはある?)」
「(いえ、全然です。ここら一帯の巣は、一週間前に駆除されているはずですから)」
「(だよねぇ、俺もそうだと思ってた)」
「(……じゃあ、おばあさんは何処でゴブリンを見たんでしょう?)」
「(……さぁ?)」
むしろ謎が深まる事態に、二人は困惑した。九十度傾げられた彼らの首を元に戻せるのは、おばあさんだけ。
ゴブリンが出たのは事実なのか、妄言なのか。
もし事実なら、何処に出たのか。
全ては、おばあさんの答え次第だ。
「……あぁ、思い出した」
そうして、おばあさんはしゃっきり答えた。
「――家の中じゃ。そこで小鬼を見た」
家の中で例のあのGを見かけたら、皆さんはどう処理してますか?
私は新聞紙で追い出してます。……だって潰したら床とか壁とか拭かないといけないし、ゴ○ジェット使ったら反動ダメージあるんですもん。
だから、最近は家に蜘蛛を放し飼いにしてます。
以上、糞どうでもいい小噺でした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!