「…………へ?」
「断る、って言ったんだよ。聞こえなかった?」
あんまりな展開に使徒は唖然としていた。
ついでに言うと、隣のバイトも驚いていた。
後ろに突っ立っていたクロカミも驚いていた。
まさかこのタイミングで裏切るとは、誰も夢にも思わなかったのだろう。
思考が追い付かないのか、使徒はしばらく目を白黒させていた。
「……其方、本気か?」
「本気だよ」
対面のソファにて、営業はどっしり構えていた。途中まで協調姿勢を取っていたはずなのに、悪びれもせずケロリとした表情で座っている。
下手を打てば国を敵に回すかもしれない事態だというのに、なんと恐れを知らない男なことか。
まるで百戦錬磨の騎士団長のような風格を、彼は全身から醸し出す。
「――俺が提案に乗ってくれる、って思ったんでしょ?
でも悪いね。初めから断るつもりだったんだ」
瞑差も隙を見せない営業は、清涼感あふれる巧みな話術を揮って見せた。
もはや場の流れは、完全に営業が握っていた。
「さてと。俺たちクエスト受付所の総意は聞けたよな」
「いや待て、考え直す気はないのか」
「しつこいねぇ……なら使徒さんよ、カメラは何処にあるのかな?
……あ、録音機器なんだっけか……まぁいいや。それ貸してよ」
意図するところが分からないまま、使徒は隠し持っていた録音機器を営業に手渡す。
それは、滑り感のあるはんぺんのような見た目の機械だった。液晶ディスプレイには黒い数字がいくつも並び、その下には安っぽい造りの円型ボタンが組み込まれている。指紋やチリが付着していないから新品なのだろう。
機械に強かった営業は、このレコーダーを難なく弄ると新しいトラックを作成した。そしてマイク部分に口元を近づけると、円型ボタンの中心を押す。
録音が開始された。
「――――おいこら! よく聞け、トンテーキと愉快な仲間たちとやら!」
一言目から大きな声だった。
空気が揺れ、抵抗する間もなく周囲の人間は圧倒された。
再び、営業は大きく肺を膨らませる。
「……先に言っとくが、これからもクエスト受付所は中立の立場を貫き続ける!
どこにもなびかないし、どこにも色目を使わないし、どことも深い関係を結ぶことはない!
それをここに誓う!
二度と受付所の信用を落とすような誘いをするんじゃねぇ!」
至極まっとうな言い分だった。
なにせクエスト受付所は民間企業。しかもバックに付いているのは、始まりの街を統括する『領主』だ。
封建制においては領主は王に忠誠を誓うが、日本の戦国時代のように主君の鞍替えは珍しくない。
つまり、国王の名で運営する議会があまりに軽率な決定を下せば、始まりの街という豊かな領地ごと領主というスポンサーがいなくなってしまう可能性がある。
ゆえに国王は、領主の顔色も窺う必要があった。
クエスト受付所というのは、街の治安維持と経済活性化の役割を担う施設。
領主としてもこれは重要な機関であり、無暗に他者から介入されたくないものの筆頭。
だからこそ営業は、大事な大事な国からの要請であっても拒絶したのだ。
「……そんで、もうひとつ」
営業の威勢は衰えない。
一番伝えておきたかったことを、彼はマイクに向かって思い切り吐き捨てる。
「もしも俺たちが協力しなかったことの腹いせに、歓楽街へ圧力でもかけて見ろ?
――――レベル三桁超えの化け物職員が、お前にクーデターをプレゼントするからな!」
堂々たる演説だった。
受付所に対する熱い思いが言葉の節々から伝わってくる、そんな鬼気迫る宣言だった。ついついバイトは小さく拍手する。
すると、
「あーっ!!!!」
ソファの後ろから、絞りの利かない甲高い声が上がった。
「それ、私も吹き込んでいいよね、ね!?」
ずっとウズウズしていたのだろう。我慢の限界に達したクロカミは、身を乗り出してこのビッグウェーブに乗り込んできた。
営業が手にしたレコーダーにぐぅっと顔を近づける。
そして案の定、ふざけたことを抜かし始めるのだ。
「――ただいまキャンペーン期間中でして、クーデターとご一緒に指圧マッサージもお付けできますよー?
一平方糎当り二千キログラムの指圧が魅力、昇天エビ反りコースがおすすめでーす(笑)!」
「お前……もっと他に言うことあるだろ」
「嗜好を変えろってこと? しょうがないなぁ。
……もしも歓楽街を潰しにかかったら、私単独で王宮破壊RTAに挑戦します!」
「――というわけだ、トンテーキ! 状況は飲み込めたろうから、この先の身の振り方は考えるんだな!
じゃ、そういうことでサヨウナラッッ‼」
ボチンッ。
停止ボタンを力任せに押し、営業は録音を完了させた。
どうやら彼の気は晴れたらしい。
「……ほい。それ持って帰りなよ」
用のなくなったレコーダーを、無造作に使徒へと返却する。「どーせ報告義務とかあるんだろ?」
「え?」
「使徒さんは単なるガキの使いだし、痛い目に合わせる気なんて俺にはないよ。悪いのは全部、トンテーキとその周りの雑魚なんだからさ」
「え、あ、はい」
「だからまぁ、さっさと王宮へ報告しに行ってくれませんかね。これ以上わちゃつくの、面倒だからさ」
「あっ、はい、そうさせていただきます」
「よぅし。そいじゃあ、話し合いはお開きってことで――――」
どうやら話の方は、適当なところに落ち着いたらしい。
結局、クエスト受付所は国と手を組まず、あくまで中立的な立場を守ることに決めたのだ。
これでもう受付所職員が、利権や謀略の海に引きずり込まれる心配はないだろう。
後ろ盾がなければ生きられない脆弱なクズ政治家が、自ら猛獣の檻に入りたがるはずがないのだから。
「……では、これにて失礼します」
「ほいほい、お達者でー」
レベル一〇〇超えの化け物たちに囲まれたせいか、使徒の後頭部にはすっかり十円禿が出来てしまっていた。毒気も若干抜けている。
だが損な役回りをさせられる彼とて、腐っても使徒。
自然な手つきでその新たなる恥部を手で隠すと、彼はローブを翻す。「……迷惑をかけてすみませんでした」
重心を動かさず、足早に去っていく使徒。実に見事な退出姿である。
先回りして扉を開けていたクロカミに一礼し、彼の影は廊下へと消えた。その間、営業とバイトは頭を下げ続ける。
……一拍、間を置いて。
お見送りを終えた三人は、それぞれ勝手に肩の力を抜いた。
そして、その時。
営業がこんなことを呟いた。
「――――そーいや『ダルシア王』って、誰よ?」
「「なっ!?」」
一同、驚愕。
まさかこの男、この町の王様の名を知らないのか?
社会人なのに? 営業職なのに?
受付所職員の個性が強すぎるから、インパクトが希薄化してしまったのか?
彼の海馬と大脳皮質の機能低下を心配する、バイトとクロカミの女子二人。彼女らの目には「この人マジか……」という憐みの感情が添えられている。
だが、しかし。
恐怖の真実はこれだけに止まらなかった。
「――あんた、ダルシア王を知らないの?」
言葉は凶器、とはよく言ったものだ。
不意を突く形で、クロカミは爆弾を投下する。
「製パン工場で一旗揚げたっていう、ダルメシアン家の当主の名前よ。
年商は国家予算並み、弟子の数は百人以上。通称、黄金の左手を持つ仙人。
それが今のダルシア王」
と言っているが、これは誤り。
直ちにバイトが、情報を修正する。
「――――違いますよ! この町を統治してる王様の名前ですよ!」
「そうだっけ」
「……というか、田舎暮らしだったわたしが知ってるのに、なんで皆さんが知らないんですか!!」
グゥの音も出ない正論のはずだった。
しかし、一筋縄じゃ行かないのがココの職員だ。
クロカミと営業は口を開き、声をそろえてこう答えた。
「「――――まぁ、ぶっちゃけ権力でいえば、王様より領主の方が強いじゃん」」
「えー」
「「だから興味ないんだ、王様とか」」
「えー」
なぜにそこだけ、中世ヨーロッパ史に忠実?
転生者でもないのに、メタい感想を抱くバイトだった。
…………余談だが、この世界にもチェスは存在する。
不遇な扱いを受けるキングであった。
【業務報告】
当受付所職員の私情を挟んだ行動の甲斐あって、評議会が発動した浄化作戦はその内容を見直されることとなった。
クエスト受付所の運営に支障が出たという報告は、各地方に問い合わせても皆無。
よって、本件が今後の業務に影響することはないと予想される。
ただし、この件以降で日当たりの悪い業種からの裏クエスト申請が増加した。
よって、所内の風紀と治安を維持する装置が必要になる可能性があることを此処に記す。
以上。
次回はちょっと変わったソードマスター探しがクエストになる予定です。
領主の無茶振りでクロカミとバイトがひぃひぃ言うと思います。
はたしてバイトたちは、領主を満足させられるのか!
必見です!
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