「どうやって解決したらいいんですかね?」
夕焼け小焼けの黄昏時。
クエスト受付所へと帰る道すがら、例の案件のことでバイトは頭を捻っていた。
「過去資料にも記録がなく、酒場のお客さんの中にも知る者はいないソードマスター。
……そんな人を一日で探し当てる方法なんて、もう私には到底思いつきませんよ」
「無いなら無いで新たに方法を生み出すしかないよ!
諦めたら終わりだからね、こういうのは!」
「……クロカミさん、気合い入ってますね」
「そりゃあ、お酒の命が懸かってたら手なんか抜けないよ。こうなったら意地でも騎士王を見つけなきゃ!」
緩やかな坂を下っていく。
領主邸のある山から続くこの道は、人通りの少ない閑静な野路だった。
唯一すれ違ったのは、川魚を積んだ牛車が一台だけ。榛色の草本が辺りに広がるばかりなため見晴らしは良好で、遠方では始まりの街が夕陽で朱く染まっている。
どこか懐かしくて、どこか物寂しい。そんな通行人の心温まる下り坂を、受付嬢の二人は歩いていく。
この景色を楽しむ余裕など、彼女らにはなかった。
「にしても、どうすればいいのかなー。いっそ人海戦術でも使っちゃうかー?」
「でも、それだとコストがかなり嵩みますよね。
いくら領主さんの持ち込み案件でも、予算を逼迫させるのはダメなんじゃ……」
「だよねー、節約はするべきだよねー。それに内容が内容だけに、冒険者もあんま乗り気になってくれないだろうし、成果に期待できないかー」
「……あっそうだ!
ソードマスターさんに剣を教わったことのある憲兵さんの誰かに紹介を頼む、というのはどうですか!」
「うーん、難しいかな。
連絡先を知ってるのは憲兵隊の隊長クラスだろうし、そういう人は大抵気難しくてさ。何かとトラブルを起こす冒険者と繋がりの深い受付所とは、相性が悪いんだ。
多分、今から話しに行っても、まともに取り合ってもらえないんじゃないかな」
「……クロカミさん」
「なーに?」
「もしかして、これが手詰まりという奴ですか」
「はははー。その通りでーす」
陽はどんどんと落ちていく。影は伸び、辺りは暗くなっていく。
もうじき夜になる時間帯。大抵の人々は家に帰り、簡素な食事を取り、早々に灯りを消して就寝してしまうだろう。
そうなれば、ソードマスターの居場所を聞き込むのは恐ろしく困難になる。
窮地に立たされたクロカミは、うーんうーんと頭を悩ませる。
このままではマズイ。
領主が満足の行く結果を残せなければ、奴は本当に禁酒令を発布してしまいかねない。そうなればクロカミは死ぬだろう。
現況は絶望的だった。
しかも、こういうときに限って、不運は重なるものらしい。
坂道を降りるバイトたちの前に、突として三つの影が立ち塞がった。
「「……待て、そこのお嬢ちゃん方!」」
「わわわ!」
「ヱ、誰デスカ君タチハ?」.
頼りになる先輩の後ろに隠れたバイトは、恐る恐る相手の顔に焦点を当ててみる。そして、はっと目を見開いた。
彼女が驚くのは当たり前。
なにせこの影の正体は、町娘時代にバイトが散々追い回されたトラウマでお馴染みの、あの借金取りトリオだったのだ。
「いーやー、何日ぶりか何週間ぶりに会ったな、嬢ちゃん」
トリオのリーダー格と思われる強面の男は、バイトに顔を近づけるなりニタニタと笑い始めた。
「ウチで多額の借金をこさえた君が、俺たちならず者の天敵であるクエスト受付所に逃げ込んだ時は、どうやって引きずり出してやろうかとやきもきしたもんだがな。
……まさか、屈強な護衛も付けずにこんな田舎道を通るとは思わなかったぜ!」
興奮気味に喋るリーダーの脇で、彼の仲間である空きっ歯の男と脳みそまで筋肉が詰まっていそうな男は、声を殺して嗤っていた。
そして、兄貴の喋りを継ぐようにして交互に冗談を口にしていく。
「おうおう、さすがに女二人で外を出歩くのは無用心にも程があるんじゃねぇか?」
「もう俺らが取り立てに来ないと思ったら大間違い!
アニキの命令で、俺はずっと嬢ちゃんのことを見てたんだ……気を抜いた君が、のこのこと俺たちの前に現れるのをさ!」
「さぁ、俺たちと一緒に来てもらおうか」
「嫌とは言わせねぇぜ? なんせ君を守ってくれる強い受付所職員さんは居ないんだからよ!」
「それとも、この辺りの山にいる化け物の親玉にでもすがり付いてみるかい?」
「そりゃ怖い! 噂だとトンでもなく剣術に長けたモンスターらしいからな、俺たちじゃ一刀両断されちまうだろうな!」
「さて、どうする? このまま俺たちの用意した返済コースに乗っかるか、化け物の良心にかけてみるか!?」
「さぁ選べ、さぁさぁさぁ!」
弱いものいじめが大好きなのが良くわかる言い回しだった。
相手に不利な選択肢を提示し、無理矢理に選択を迫り、その様子を見て下卑た笑みを浮かべる。
もはや借金の取立人というより、弱者にまでマウントを取って優越感に浸りたいガキの所業である。
おかげで威圧されるのに慣れていないバイトは、唯一頼れる先輩の背中で震えていた。
……だが。
その一方で唯ひとり、借金取りたちやバイトとは別のズレた視点で状況を見ているものがいた。
……クロカミである。
彼女はポカンと口を開け、巨大ヒラメみたく眼を丸くしていた。まるで死んだはずの父親が隣町にやって来ていると又聞きでもしたかのように、己の耳を疑っているような様子だ。
一体何が気にかかったのだろうか。
額に滲んだ汗を手で拭おうともせず、クロカミは空きっぱの男へこう訊ねた。
「ねぇ、君たち」
「あ? なんだお前」
「いやさ。さっき君たちが言ってた化け物って、具体的にはどんな奴か知ってるの?
「んーなこと、なんでアンタに教えねぇといけないんですかァ? そんな筋合いないでしょーに」
「……いいから教えてよ。噂のモンスターのことをさ」
「アンタ、そこの嬢ちゃんの知り合いですかい? だったら大人しく下がっといた方がいいですぜ。なんせ仕事が行き詰まった時のアニキは、女子供見境なく恫喝しやすから……」
「うーん。答える気がないなら、もういいや。」
「……は?」
「んじゃ。歯を食いしばっててくださいね」
そう言ったコンマ三秒後。
引き締まった腰部を回転させて、胸骨を開くように大きく手を振りかぶったかと思うと、クロカミはその腕を鞭のように振るった。
風に流れた砲煙に似た残像は弧状に尾を引き、指先を固く締めた平手は一種の凶器と化し、空きっ歯の男の頬骨へ強かにめり込む。
――バキィッッ!!
およそ女子の平手打ちとは思えない鈍い音が響き、空きっ歯の男の鼠っぽい身体は錐揉みして宙を舞った。
誰もが予想だにしなかった、クロカミによるまさかの反撃。
しかも彼女が人一人を吹っ飛ばせるほどの戦闘力を有していることを、借金取りの彼らは見抜くことが出来ていなかった。
いきなりの形勢逆転。
男性三人のチームより、女子二人のタッグの方が強いという揺るがしがたい事実の降誕。
自分たちより弱い人間を一方的にいびっているつもりだった借金取りたちは、おろおろと眼に見えて狼狽えていた。
「ちょちょちょ……ちょーっと待ってくれないか?」
滝のように冷や汗を大量にかいたリーダー格の男は、なかなか回らない舌を懸命に使って問い返す。
「そこの黒髪の姉ちゃん、俺たちゃアンタには用がない。借金の件で用があるのは、そこにいるちっこい嬢ちゃんなんだ」
「うん。そうだろうね」
「だったら俺たちとわざわざ敵対するような行動を取らないでくれないか……というか、そもそもアンタは何者なんだ?」
「ん、私? クエスト受付所の受付嬢だけど?」
「……! やはりそうか!」
天敵の登場に身構えるリーダー格の男。その前に彼の舎弟である筋肉の鎧をみっちり身に付けた大入道が護衛として立つ。
どうやら完全に戦闘態勢に入ってしまったようだ。
もはや荒事になるのは不可避だろう。
片やクロカミはというと、報酬に難癖を付ける冒険者へ対応する際に見せる作り物の笑顔で、険しい顔の男たちと正対していた。
「それじゃー、もう一度質問しますねー」
緊張感に欠けた声で彼女は言う。
「さっき君たちが言ってた『剣術に長けたモンスター』について、もっと詳しく教えてくれないですかねー?」
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