領主から命を受け、ソードマスター探しにバイトたちが明け暮れてから、ちょうど一晩越えた頃。
白い朝日がうっすらと山の稜線に沿って伸びる光景を背に、正体の判らぬ人影が三つ、領主の豪邸入り口前に立っていた。
それらの人影の顔は、逆光で未だよく見ることができない。
しかし、輪郭にそれぞれ特徴があったため個々人を見分けることはできた。
まず一番右の人影は、小柄な体格で手に何か資料ファイルのようなアイテムを持っていた。
お淑やかな雰囲気を醸し出しており、表情を読み取れないというのに人畜無害な人間というのがわかる。
少し肩部分が緊張しているところを見るに、まだ仕事に不馴れな新人さんなのだろう。
次に一番左の人影は、先の新人さんよりも若干背が高く、ウエストのくびれや中々に膨らんだバストを持っていた。
理屈は不明だが力業が得意な受付嬢、といったオーラを纏っていてなんと言うか隙がない。
加えて、どうも彼女は自信家であるらしい。
腰に手をあてる格好で仁王立ちになっているところを見ると、なにか最近嬉しいことでもあったのだろうか。
そして最後に中央に陣取った人影は、頭頂高が三メートルは超えようかという極めて厳つい体つきをしていた。
そのシルエットは「大剣を背負い、蝙蝠のように末広がりな漆黒のマントを着込んだ大男」の他に表現しようがない。
付近に転がっていた岩に罅を走らせる程の覇気を放つこの影は、紛れもなく百戦錬磨の武人だった。
そんな三人に相対するのは、無茶振りにパワハラをトッピングするような性格の持ち主。
息子のために一流にこだわる、あの頑固な領主であった。
「――その男が貴様の連れてきたソードマスターか、女」
使用人と護衛を引き連れ、領主は正門前に立つ。
「まったく、一日で見つけてこられるのなら初めから本気を出したまえ」
女と呼ばれてムッとした受付嬢、クロカミは、指で口端を引き伸ばして挑発する。
「すいませんでしたねー、遅くなって!
こっちにも都合ってものがありましたのですよ!」
すかさず領主は言い返す。
「――御託は良いから、さっさと彼を紹介したまえ。
朝早くから御足労いただいたソードマスターには、最高級のおもてなしをしなければならないのだ」
「へーッ!
頑張って適任者を見つけてきた私とバイトちゃんには、何の褒美もないって訳ですか!
あーそうですか!」
「うるさい黙れ。
ボーナスなら別途くれてやる。だからそうケンケンするな、耳障りだ」
「この人でなしめー……今に見てろよー……?」
ブーブーと唇を尖らせ、クロカミは一歩引き下がる。
そして、中央にいたソードマスターに前へ出るように手で促す。
ズンッ。
滝をも両断しそうな大剣を揺らし、大男は指示にしたがった。
「では、ご紹介しますね」
徐々に朝日が上る。
辺りが明るくなっていき、退化した人間の眼が機能していくようになる。
柔和な微笑みを気張って作るバイトは、手元の資料を読み上げた。
「――今回領主様から承ったクエストは、『ソードマスターの紹介』。
ご子息様に適切な稽古をつけさせたい、というのが依頼の理由でした。
そこでご紹介させていだたくのが、此方の男性です」
「――此の方は以前、邪竜を三頭討伐した経験があり、八の剣術流派の師範から免許皆伝。
その強さと指導力からお弟子さんが百人いたとされた伝説の剣士さんです」
「――訳あって、弟子をとるつもりはなかったそうなのですが、クロカミさんの必死の説得に応じてくださり、指導者になることを快諾してくださいました」
では、一言ご挨拶をお願いします。
そうクロカミに自己紹介の場を整えてもらった男は、小さく咳払いをすると顔を上げた。
陽の光が彼の顔を刺す。
三メートルという巨体ゆえにずっと下を向いていたご尊顔が、今こそ領主の前にさらされた。
……先に言っておくことがある。
大男は仮面を被っていた。
デフォルメされた豚の頭骨をそのままスッポリ顔に貼り付けたような、安っぽいジョーク商品を被っていた。
ふざけているのだろうか。
まぁ、それは彼が変人であるからという一言で片付く問題だ。
彼自身は仮面を気に入っている様子であるし、放っておいても害はないように見えた。
……問題は、仮面で覆われていない部位。
すなわち、彼の胴体にあった。
骨。
前の大きく開いたマントからは、傷ひとつない肋骨がばきばきに見えていた。
腕にも足にも筋肉はなく、白くて太い硬骨が見えない糸で組まれているばかり。
おそらく、豚骨っぽい仮面の下には空虚な眼窩が二つ分、静かに領主たちの居る方を向いているはずだ。
――そう、彼の全身には骨しかなかったのである。
「……」
ぽかーん。
領主の後ろに控えた使用人たちが唖然とする中。
異形で化け物チックな大男は、胸を張ってこう言った。
「――初めまして。
我の名前は、『とんこつ仮面』。
こう見えても、ちゃんとした人間だ」
「「……え?」
「顔が怖い、とよく言われるため、この仮面を被っている。
身体も痩せぎすで、見方によっては骨張っているように見えるだろうが、そこは安心してくれ。
……ちょっと夏バテしただけだ」
「「――嘘つけぇ!!」」
その途端。
大男……とんこつ仮面の個性的な自己紹介に、一般人である使用人たちが総ツッコミを入れた。
「詰めが甘いんだよ!
なんでマントの前開けて骨見せてんだ、趣味か!?」
と、警備員。
「せめて仮面は肉のあるキャラ選べよ!
前世が豚なのか人なのか、何かややこしいわ!」
と、料理長。
「しかも、痩せるどころか骨しか残ってないじゃない!
なにそのダイエット………羨ましい!」
と、メイド。
「いや、羨ましいかどうかはおいといて……なんでカメラワーク工夫すれば乗り切れると思ってるんだ!
このクソ領主にこき使われてる俺たちは、割とバカじゃないんだよ!」
と、領主のボディガード。
「――おい貴様、今私のことをクソ領主と呼んだか?」
領主は耳がよかった。
ツッコミに悪口を混ぜたボディガードは、すぐさま敬礼して非礼を詫びる。
「すいません! 呼びました! すいません!」
「……正直でよろしい。許す」
さて。
このような異常事態の最中、和気あいあいとコントを繰り広げるのは、何も領主サイドだけではなかった。
――クロカミ。とんこつ仮面。
この両名は、常にボケなければ死んでしまう病にでも罹っているのだろうか。
バイトの横で、二人はコントを開始する。
「……やっぱり仮面が安物だったから見破られたのかなー」
と、クロカミは首を捻った。
「否、この仮面の出来栄えは素晴らしい。
着けているだけで、童心に帰るようなフィット感がある」
と、とんこつ仮面は陶器製の仮面を愛しそうに撫でる。
「でも、本物には敵いませんよ。陶器だとクビに負担がかかっちゃいますしね」
「そうか……布製バージョンも検討するか」
「やー、もういっそ本物にしちゃいましょーよ。
ほら、『五次元豚』の頭骨なら頭からスッポリ被れると思いますよ、大きいから」
「――そうか。ならば、次はそれで行こう」
「ええ、そうしましょう!
そしたらバレませんよ、きっと!」
「そうだな。豚の威厳も醸し出せて、一石二鳥になる……!」
とんこつ仮面のプロフィールが書かれたファイルに溜め息を吐き、仕方なくバイトはツッコんだ。
「……お二方とも。
変えるべきところは、そこじゃないと思います」
こんな骨だらけの男は、はたして本当にソードマスターなのか。
見た目に反して、ちゃんと普通の人間なのか。
というか、モンスターじゃないのだろうか。
……話は少し前に遡る。
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