神クエをあなたに!

薄幸の町娘は、借金返済のためクエスト受付所で働きます
夏野わおん
夏野わおん

1-4 困ったらゲリラクエストにしてしまえ!

公開日時: 2020年11月10日(火) 21:22
更新日時: 2020年12月15日(火) 17:34
文字数:2,396

 そういえば、ゴブリンも「G」ですね。

 というわけで本編、始まります。

 家の……中?

 そこにゴブリンがいるということは……


 

「――自宅占拠されてるじゃないですか!」

 

 町娘は言った。

 

「――なんで座敷童と同じ感覚!?」

 

 営業も言った。

 

 

 そんなキレキレのツッコミが炸裂しても、おばあさんは動じない。


 いつもと同じ調子で会話を続けようとする。


「……いやな。廊下の方を見たら、なんぞ小鬼が走り回っとってな」


「とってなじゃなくて、そういう時はお早めに当受付所へご依頼を!」


「……ひゃあ、近頃の小鬼はタンスを物色するんかぁと、しみじみ眺めとったんじゃ」


「肝太すぎませんか、おばあさん!?」



 そんなやり取りをしているうちに、作業を終わらせてきたのだろう。


 ついに奴が帰ってきた。



「――話は聞かせてもらいました」

「……クロカミ!?」



 依頼書を手に持ったクロカミは、音もなく営業の背後に立っていた。どうやら慈善クエストの最終確認が済んだらしい。


 腕組みをして斜に構えた彼女は、鼻を鳴らすなり阿呆なことをほざく。


「ゴブリンがお家で発生してしまったんですね。それは大変だ。

 ……でも、大丈夫!

 ここはプータローと変人と冒険者が集まる、天下のクエスト受付所ですから!」



 そう言うや否や。


 手近にあった余り紙を丸めてメガホンにして、クロカミは館内に向けてこう宣伝する。


「――緊急クエストー! 緊急クエストー!

『ばっちゃんの家を取り返せ』

 ただいま、絶賛発生中でーす!」


「――アホたれ! お祭り状態にしてどうすんだ!」


 営業の指摘はもっともだ。


 金欠の冒険者たちなど、どいつもこいつも大抵ハイエナ。

 モンスター討伐のクエストのような必ず金が手に入る機会を、彼らは決して逃さない。


 現に館内をうろついていた冒険者たちは、眼をギラつかせてこっちを見ていた。

 

 このままでは、おばあさんと町娘が食い物にされかねない……というのに。


 受付嬢の暴走は、どうやっても止まらなかった。



「――本日限定のご依頼なので、早い者勝ちですよー! 興味がおありでしたら、ぜひ契約カウンターの方までー……プフッ♪」


「面白がってんじゃねぇよ、このハラグロノカミ!」


 そうして。


 金欠冒険者たちは、高速でこちらへにじり寄ってくるのだ。

 

 



 

 二時間後。


 ゴブリン退治に行った選ばれし冒険者から、報告の電話が返ってきた。



「――おっす、仕事は終わったぞ。ゴブリン共なら全部退治できたはずだ」

「ありがとうございました」


 相手から顔を見られないものの、クロカミはお辞儀した。癖なのだろう。

「後で係の者に確認させに行かせますね」


 そう言うと、古いスピーカーから男の声で返事が戻ってくる。


「それなんだが、報酬の受け取りはちっとばかし後にしてくれないか。

 煙で燻したから、家ん中が煙臭くてな。後始末に時間がかかりそうだ」

 

「受付所の業務終了時刻は、日の入りまでです。

 時間にはまだ余裕がありますから、気を付けてお戻りくださいね」


「まぁ、これで鼠もいなくなっただろうからな。

 一石二鳥ってことで勘弁してくれるよう、依頼人には伝えといてくれ」


「かしこまりました。お伝えしておきます。

 ……はい、それでは」


 チンッ。

 

 壁にかけられた電話の受話器を置き、クロカミは待ち合いスペースの方に向き直る。

 

 

 ……おばあさんは現在、カウンター脇に常備してある劇団専門誌を読み耽っていた。


 この御仁、町には観光も兼ねて下りて来たらしい。

 新解釈された古典の特集に興味津々なご様子だ。


 

「――お楽しみの途中、失礼します」


 一言断りを入れ、クロカミは彼女に話しかけた。


「ただいま駆除が終わったそうです。

 燻して追い払ったそうですので、後始末に小一時間ほどかかる模様ですが……これでご自宅は安全です。よかったですね」

 

「おぉ、すまないねぇ」


「銀貨一枚の報酬金はお支払いになられていますので、契約された方をお待ちになる必要はありませんが……お帰りになられますか?

 それでしたら、馬車便の時間をお調べいたしますが」

 

「そんなもん、いらんいらん。

 今日はヤタさん家へ泊めてもらう約束じぇけぇ。骨董屋を営んでる言うから、今から楽しみじゃ」


 んだば、と立ち上がったおばあさんは、ゆっくりと頭を下げる。

 「今日はお世話さまでした。マル坊の件、どうかよろしくお願いしますじゃ……」


「ええ、承りました。

 本日は当受付所をご利用いただき、ありがとうございました」


「……では、失礼」


 そう一言告げると、マイペースおばあさんは去っていく。


 行方知れずになった孫への不安感は取り払われたようで、その後ろ姿はご年配とは思えないほど足腰立ったものだった。


 あれなら付き添う必要はない。おばあさんの好きにさせても問題はないだろう。



「……たはー」


 顧客を見送り終わるや否や、あからさまにクロカミは肩の力を抜いた。

 彼女にとって、これは久々に預かりこなした良案件だった。

 困った人を助ける無償の愛は、それを施す側からしても気持ちがいいもの。

 クロカミの胸の内に、じわりと満足感が広がっていく。


「――さぁて、それじゃあ通常業務に戻りますかー」


 表の仮面を脱いだ彼女は、天井に向かって大きく伸びを一つした。


 この職員の体たらくぶりを見るお客さんは、現在受付所には誰もいない。

 いるのは夜間のクエストを吟味する冒険者や、昼酒が過ぎて受付所へ迷い込んだ泥酔おじさんくらい。


 ……いや。


 その他にもう一人いた。



「――あの。ちょっといいですか」

「……?」


 ふとクロカミが横を見ると、あの町娘が立っていた。

 

 橙色の絵具が撒かれたような空間の下、足を揃え、身だしなみを整え、彼女は静かに佇んでいた。


 未だなぜ、この娘はここにいるのだろう。おばあさんの一件は既に終わったから、彼女が受付所に居続ける必要はもうない。

 ならば自分の用事を済ませるなり、さっさと自宅に帰るなりすればいいはずだ。


 相手の狙いが読めず、クロカミは不思議に思った。

 

「どうかされましたか?」

「実はわたし、少々困っていましてですね…………」

「……?」

 

 なぜとクロカミが聞く前に、町娘は語り始めた。

 まだ幼かった頃に、親友達の家で七輪を出して蜜柑を焼いたことがありました。甘酸っぱい灰を煙と共に嗅ぐのが好きでしたけど、今考えると危ない行為ですね。

 酸素欠乏で頭が悪くなってるかも(゜∀。)

 

 さて。

 次回はついに、町娘がクエスト受付所に雇われるかどうか!

 注目の小話、お楽しみに!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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