そういえば、ゴブリンも「G」ですね。
というわけで本編、始まります。
家の……中?
そこにゴブリンがいるということは……
「――自宅占拠されてるじゃないですか!」
町娘は言った。
「――なんで座敷童と同じ感覚!?」
営業も言った。
そんなキレキレのツッコミが炸裂しても、おばあさんは動じない。
いつもと同じ調子で会話を続けようとする。
「……いやな。廊下の方を見たら、なんぞ小鬼が走り回っとってな」
「とってなじゃなくて、そういう時はお早めに当受付所へご依頼を!」
「……ひゃあ、近頃の小鬼はタンスを物色するんかぁと、しみじみ眺めとったんじゃ」
「肝太すぎませんか、おばあさん!?」
そんなやり取りをしているうちに、作業を終わらせてきたのだろう。
ついに奴が帰ってきた。
「――話は聞かせてもらいました」
「……クロカミ!?」
依頼書を手に持ったクロカミは、音もなく営業の背後に立っていた。どうやら慈善クエストの最終確認が済んだらしい。
腕組みをして斜に構えた彼女は、鼻を鳴らすなり阿呆なことをほざく。
「ゴブリンがお家で発生してしまったんですね。それは大変だ。
……でも、大丈夫!
ここはプータローと変人と冒険者が集まる、天下のクエスト受付所ですから!」
そう言うや否や。
手近にあった余り紙を丸めてメガホンにして、クロカミは館内に向けてこう宣伝する。
「――緊急クエストー! 緊急クエストー!
『ばっちゃんの家を取り返せ』
ただいま、絶賛発生中でーす!」
「――アホたれ! お祭り状態にしてどうすんだ!」
営業の指摘はもっともだ。
金欠の冒険者たちなど、どいつもこいつも大抵ハイエナ。
モンスター討伐のクエストのような必ず金が手に入る機会を、彼らは決して逃さない。
現に館内をうろついていた冒険者たちは、眼をギラつかせてこっちを見ていた。
このままでは、おばあさんと町娘が食い物にされかねない……というのに。
受付嬢の暴走は、どうやっても止まらなかった。
「――本日限定のご依頼なので、早い者勝ちですよー! 興味がおありでしたら、ぜひ契約カウンターの方までー……プフッ♪」
「面白がってんじゃねぇよ、このハラグロノカミ!」
そうして。
金欠冒険者たちは、高速でこちらへにじり寄ってくるのだ。
二時間後。
ゴブリン退治に行った選ばれし冒険者から、報告の電話が返ってきた。
「――おっす、仕事は終わったぞ。ゴブリン共なら全部退治できたはずだ」
「ありがとうございました」
相手から顔を見られないものの、クロカミはお辞儀した。癖なのだろう。
「後で係の者に確認させに行かせますね」
そう言うと、古いスピーカーから男の声で返事が戻ってくる。
「それなんだが、報酬の受け取りはちっとばかし後にしてくれないか。
煙で燻したから、家ん中が煙臭くてな。後始末に時間がかかりそうだ」
「受付所の業務終了時刻は、日の入りまでです。
時間にはまだ余裕がありますから、気を付けてお戻りくださいね」
「まぁ、これで鼠もいなくなっただろうからな。
一石二鳥ってことで勘弁してくれるよう、依頼人には伝えといてくれ」
「かしこまりました。お伝えしておきます。
……はい、それでは」
チンッ。
壁にかけられた電話の受話器を置き、クロカミは待ち合いスペースの方に向き直る。
……おばあさんは現在、カウンター脇に常備してある劇団専門誌を読み耽っていた。
この御仁、町には観光も兼ねて下りて来たらしい。
新解釈された古典の特集に興味津々なご様子だ。
「――お楽しみの途中、失礼します」
一言断りを入れ、クロカミは彼女に話しかけた。
「ただいま駆除が終わったそうです。
燻して追い払ったそうですので、後始末に小一時間ほどかかる模様ですが……これでご自宅は安全です。よかったですね」
「おぉ、すまないねぇ」
「銀貨一枚の報酬金はお支払いになられていますので、契約された方をお待ちになる必要はありませんが……お帰りになられますか?
それでしたら、馬車便の時間をお調べいたしますが」
「そんなもん、いらんいらん。
今日はヤタさん家へ泊めてもらう約束じぇけぇ。骨董屋を営んでる言うから、今から楽しみじゃ」
んだば、と立ち上がったおばあさんは、ゆっくりと頭を下げる。
「今日はお世話さまでした。マル坊の件、どうかよろしくお願いしますじゃ……」
「ええ、承りました。
本日は当受付所をご利用いただき、ありがとうございました」
「……では、失礼」
そう一言告げると、マイペースおばあさんは去っていく。
行方知れずになった孫への不安感は取り払われたようで、その後ろ姿はご年配とは思えないほど足腰立ったものだった。
あれなら付き添う必要はない。おばあさんの好きにさせても問題はないだろう。
「……たはー」
顧客を見送り終わるや否や、あからさまにクロカミは肩の力を抜いた。
彼女にとって、これは久々に預かりこなした良案件だった。
困った人を助ける無償の愛は、それを施す側からしても気持ちがいいもの。
クロカミの胸の内に、じわりと満足感が広がっていく。
「――さぁて、それじゃあ通常業務に戻りますかー」
表の仮面を脱いだ彼女は、天井に向かって大きく伸びを一つした。
この職員の体たらくぶりを見るお客さんは、現在受付所には誰もいない。
いるのは夜間のクエストを吟味する冒険者や、昼酒が過ぎて受付所へ迷い込んだ泥酔おじさんくらい。
……いや。
その他にもう一人いた。
「――あの。ちょっといいですか」
「……?」
ふとクロカミが横を見ると、あの町娘が立っていた。
橙色の絵具が撒かれたような空間の下、足を揃え、身だしなみを整え、彼女は静かに佇んでいた。
未だなぜ、この娘はここにいるのだろう。おばあさんの一件は既に終わったから、彼女が受付所に居続ける必要はもうない。
ならば自分の用事を済ませるなり、さっさと自宅に帰るなりすればいいはずだ。
相手の狙いが読めず、クロカミは不思議に思った。
「どうかされましたか?」
「実はわたし、少々困っていましてですね…………」
「……?」
なぜとクロカミが聞く前に、町娘は語り始めた。
まだ幼かった頃に、親友達の家で七輪を出して蜜柑を焼いたことがありました。甘酸っぱい灰を煙と共に嗅ぐのが好きでしたけど、今考えると危ない行為ですね。
酸素欠乏で頭が悪くなってるかも(゜∀。)
さて。
次回はついに、町娘がクエスト受付所に雇われるかどうか!
注目の小話、お楽しみに!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!