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夏野わおん
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5-6 ハーレムの実態③ ~高級武具屋のオーク~

公開日時: 2021年8月31日(火) 17:01
更新日時: 2022年1月6日(木) 12:17
文字数:3,603


 再び、三十分後。


 今度は身長三メートル超えの人々が、総勢十三名という集団でやってきた。


 内訳は、男性2人に女性11人。

 

 皆一様にモノトーン調のスーツを着用しており、身に着けたアクセサリも革靴も品がいい。

 猫背の者は一人も居らず、微笑みを絶やす者も居ない。


 そんな異色の集団が、例のごとくサロンに入ってきた。「うわー物々しいなぁ」とツインテールが零す。


 

 彼らはいったい何者なのか。


 顔を見れば、正体は一発で判明した。


 

「……まさかあなた方、オークですか?」


 

 オーク。

 未だガスマスクを装着している、間の抜けた雄一郎の指摘通り、彼らは紛うことなき『豚人』だった。


 

 豚の顔に豚の耳がついた種族なんて、この世界でもそうそう見かけられるものではない。

 

 なぜならオークは、山間部にある小さな集落で生涯を過ごし、外界と交流することが滅多にない種族であるからだ。

 

 ましてや、ヒト族の多い始まりの町まで下りてきてハーレム生活を送るなど、前代未聞の選択。

 常識では計れない発想である。


 

 そんな型破りな彼らから、いったいどんな話が聞けるのだろうか。


 …………まずはオーナーと思しき男が、深々と頭を下げてきた。


 

「申し遅れました。

 わたくし共は、高級武具専門店『パレイドリア』を経営しております、フオトェイ一族と申します。

 以後お見知りおきを」


 

 オーナーの顔面偏差値は、オークとは思えないほど高かった。


 きりっとした目元は清涼感にあふれているし、引き締まった頬は肌艶が良すぎて文句のつけようがない。

 しかもオークにも髪の毛は生えるらしく、その髪型がまたサラッサラに手入れされているものだから、相手にずば抜けて好い印象を与えている。


 

 ヒト族と比較しても遜色ないレベルの美男を前に、雄一郎は口元を歪ませた。


「あー、なんか大勢で来られたようですけど。

 …………もしかして、あなたがエイチさんから紹介された方で?」


「そうなりますかね」


 ソファに腰掛けた美形オークは、ニコリと笑って訂正する。


「厳密にいえば、『私たち』と表現するのが正しいかと思われます。

 現在後ろに控えている側室11人は、と私の横に立つ寡黙な彼との間で、共同的に縁を結んでいますから」


 なるほど。

 どうやら雄一郎は意図せずして、ガチもんの一夫多妻制グループを招いてしまったらしい。


 というより。


 夫が二人いても、ハーレムは成立するものなのだろうか。

 


「――つかぬことをお伺いしますが」

 控えめに手を上げ、皆が聞きたかったことをバイトは質問した。

「えーっと……これほど大きな家庭をお持ちになったのって、なにか特殊な事情があったからなんですか?」


 粗相なく、丁寧に美形オークは応える。


 

「そうですね、これには我々の種族が持つ伝統が関係しています」


「オークの伝統、ですか」


「私が生まれ育った村のしきたりでしてね。

 ――ある歳に達した一族の長となる男、及びそれを補佐する男は、同じ年に禊を終えた女性と夜を過ごし……っと。

 これでは話が逸れてしまいますね」

 

 おほん。

 咳払いを一つ挟み、彼は言った。

 

「――簡潔に言えば、複数の女性を娶ることは我々オークにとって普通のことなのですよ」


 

 日本人が、家で靴を脱ぐのが常識なように。


 イタリア人が、パスタをフォーク一本で巻くのがマナーなように。


 オークにとって、一夫多妻の家族というのは、れっきとした文化の一種だったのだ。


「―――我々としては、皆さんが『ハーレム』と呼ばれるこの家庭に関して、何も特別な感情は持っていません。

 優越感を味わうなどという慮外な行為をしては、妻たちに失礼ですから」


 

 心の底から家族を大事にしていることが、熱としてこちらまで伝わってきた。

 

 これが純愛か、と聞く側は圧倒されていた。


 

 そして。

 美形オークは、話をこう締めくくった。


 

「一夫多妻制に違和感を覚えるのは、致し方ないことではあります。

 

 ――ですが、それは単に文化の違いによるもの。あなた方と我々との間に、まだまだ分かり合える余地があるというだけのことです。

 

 そうご理解いただけましたら、こちらとしても幸いですね」

 



「……はー、なんかスゴいなー」


 予想と違う深い回答に、性格にそぐわず雄一郎は感服していた。

 

 顎に手を当てて、目を瞑って、空っぽの脳みそで感服のポーズをとっていた。


 

 だが、


「あれ、でも待てよ?」


 雄一郎は、とあることに気付いた。


「じゃあなんで、あなた方はこの町に来たんですか?

 村で暮らしていればいいでしょうに、なして始まりの町みたいなカオス空間に、わざわざ居を構えたんです?」

 


 次期一族の長と次期副長が、十一人もいる妻を引き連れて街に下りた意図。


 それが雄一郎たちには皆目見当つかなかった。

 


 村を追い出されたから?


 駆け落ちしてきたから?


 それとも、童貞どもへの嫌がらせ?

 

 

 すべてを知っている美形オークは、ケロリとした顔で答えてみせた。


 

「――『町で武具店を経営してみたかったから』ですね」


「……え、それだけ?」


「他種族が住む町で開業したかったんです、ずっと前から」


 

 彼が語るところによると、もともとオーク族の社会的評価は芳しくなかったという。

 

 一昔前に存在していた盗賊団がオーク族で構成されていたために、風評被害にさらされたのだ。

 


 粗暴で不潔で悪徳なイメージを、勝手に持たれて肩身の狭い思いをした彼らは、ついに復讐を思い立つ。


 その内容とは、


 

「―――礼節と良心を磨いて、悪いイメージを払拭してやる!

 我々はそう決意したんです」


「……あなたがウワサの聖人君子?」


 

 彼ら曰く、オークは決して「顔が醜く、身なりに気を遣わない、汚らわしい種族」ではないらしい。


 

 顔が醜いといわれるのは、オークとヒト族の間で美的感覚が正反対なだけ。


 オーク側にとってのイケメンが、ヒト族側にとって不細工なだけなのだ。


 

「――それに私たちは、普段から身なりにとても気を遣っているんですよ?」


 オークが空気のよどんだ場所にいると思われがちなのは、迫害されていた歴史からくる歪曲した先入観によるもの。


 本当は獣人やエルフよりも潔癖なのだ、と彼は言う。


「体質的に、寄生虫の宿主になりやすい種族ですからね。

 身の回りはかなり清潔にしています」


「例えば?」


「毎日の水浴びですとか、防虫の煙を浴びたりですかね。

 泥浴び……泥をつけ合うこともありますが、これは土着信仰を重んじた風習でして、泥顔料の方はちゃんと魔法で消毒してあります。

 もちろん服も清潔。

 おかげで、私の故郷で病が流行ったことはありませんよ」


「――っとなると、その黒スーツは相手に好い印象を与えるためで?」


「えぇ。

 ヒト族のお客様に不快感を抱いていただきたくないので、店の者は基本スーツ着用で応対しております」


「まじか、気合い入り過ぎだろ……」


「念のため香水も工夫を凝らしていまして……今日はオレンジエキスを配合したものを付けてますね。

 わかりますか?」


 

 そう言われ、バイトは意識を集中させる。


 ボークソテーのオレンジソースがけを彷彿とさせる、爽やかな香りが鼻梁を撫でた。



 

「ホントだ、なんか美味しそうですね。ちょっと涎が出ちゃうかも……!」

 

「茶目っ気が効いた演出は、好印象に映りやすいですからね」

 この意見にはシュガーも同心なようだ。

「女性にモテて当然かも」


 

 さて。


 ようやくハーレムの極意が見えてきた。


 なにせモテるために必要なものは、目の前のオークがすべて体現しているのだ。

 彼の真似さえできれば、何時でも誰でも女性を侍らすことが可能。

 人が出来ているのなら造作もないテクニックである。


 しかし底辺中の底辺に住まうゴミにとって、このアドバイスは実現が至極困難。


 残酷な現実を突き付けられ、冷静に雄一郎は腕を組む。

「オレには無理そうな手法だな…………元がクズだから、うん」


 

 清潔で誠実で頭がキレて、おまけに人当りもいい。


 そんな隙のない美形オークは、最後に色欲の塊である転生者にこう助言した。


「あなたにだって出来ますよ、そう難しいことではありませんから」


「んなわけないでしょ」


「信じてください。

 村で不細工と言われた私でさえ、ここまで家族に恵まれたんです。

 顔の良し悪しは、あなたの仰るハーレムには関係ありませんよ」


「……」


「頑張れば、何だって出来ます。

 だから自分の短所を綺麗に磨いて長所を伸ばせば、雄一郎さんにもきっと―――」


 

「…………努力したくない」


「え?」


「楽してモテたいの、オレは」


 

 ポク、ポク、チーン。


 空虚な効果音を、その場の全員が聞いた気がした。


 それはあまりに突拍子もない返答が起こした、呆気混じる奇跡の空耳。


 思わずツインテールは、くぁーと頭を抱えて仰天した。

「……ダメだコイツ、腐ってやがる」


 

 せっかく良い話をしてくれていたのに、それをドロップキックで叩き折るとはこの男、恐れ知らずにもほどがある。


 しかも、その身勝手さは止まることを知らなかった。

 


「そーだ、閃いた!」


 脳内に豆電球を光らせ、雄一郎はこんな無茶を言う。


「――高級武具店なんだったら、モテる魔道具とか売ってるんじゃないですかね!」

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