再び、三十分後。
今度は身長三メートル超えの人々が、総勢十三名という集団でやってきた。
内訳は、男性2人に女性11人。
皆一様にモノトーン調のスーツを着用しており、身に着けたアクセサリも革靴も品がいい。
猫背の者は一人も居らず、微笑みを絶やす者も居ない。
そんな異色の集団が、例のごとくサロンに入ってきた。「うわー物々しいなぁ」とツインテールが零す。
彼らはいったい何者なのか。
顔を見れば、正体は一発で判明した。
「……まさかあなた方、オークですか?」
オーク。
未だガスマスクを装着している、間の抜けた雄一郎の指摘通り、彼らは紛うことなき『豚人』だった。
豚の顔に豚の耳がついた種族なんて、この世界でもそうそう見かけられるものではない。
なぜならオークは、山間部にある小さな集落で生涯を過ごし、外界と交流することが滅多にない種族であるからだ。
ましてや、ヒト族の多い始まりの町まで下りてきてハーレム生活を送るなど、前代未聞の選択。
常識では計れない発想である。
そんな型破りな彼らから、いったいどんな話が聞けるのだろうか。
…………まずはオーナーと思しき男が、深々と頭を下げてきた。
「申し遅れました。
わたくし共は、高級武具専門店『パレイドリア』を経営しております、フオトェイ一族と申します。
以後お見知りおきを」
オーナーの顔面偏差値は、オークとは思えないほど高かった。
きりっとした目元は清涼感にあふれているし、引き締まった頬は肌艶が良すぎて文句のつけようがない。
しかもオークにも髪の毛は生えるらしく、その髪型がまたサラッサラに手入れされているものだから、相手にずば抜けて好い印象を与えている。
ヒト族と比較しても遜色ないレベルの美男を前に、雄一郎は口元を歪ませた。
「あー、なんか大勢で来られたようですけど。
…………もしかして、あなたがエイチさんから紹介された方で?」
「そうなりますかね」
ソファに腰掛けた美形オークは、ニコリと笑って訂正する。
「厳密にいえば、『私たち』と表現するのが正しいかと思われます。
現在後ろに控えている側室11人は、私と私の横に立つ寡黙な彼との間で、共同的に縁を結んでいますから」
なるほど。
どうやら雄一郎は意図せずして、ガチもんの一夫多妻制グループを招いてしまったらしい。
というより。
夫が二人いても、ハーレムは成立するものなのだろうか。
「――つかぬことをお伺いしますが」
控えめに手を上げ、皆が聞きたかったことをバイトは質問した。
「えーっと……これほど大きな家庭をお持ちになったのって、なにか特殊な事情があったからなんですか?」
粗相なく、丁寧に美形オークは応える。
「そうですね、これには我々の種族が持つ伝統が関係しています」
「オークの伝統、ですか」
「私が生まれ育った村のしきたりでしてね。
――ある歳に達した一族の長となる男、及びそれを補佐する男は、同じ年に禊を終えた女性と夜を過ごし……っと。
これでは話が逸れてしまいますね」
おほん。
咳払いを一つ挟み、彼は言った。
「――簡潔に言えば、複数の女性を娶ることは我々オークにとって普通のことなのですよ」
日本人が、家で靴を脱ぐのが常識なように。
イタリア人が、パスタをフォーク一本で巻くのがマナーなように。
オークにとって、一夫多妻の家族というのは、れっきとした文化の一種だったのだ。
「―――我々としては、皆さんが『ハーレム』と呼ばれるこの家庭に関して、何も特別な感情は持っていません。
優越感を味わうなどという慮外な行為をしては、妻たちに失礼ですから」
心の底から家族を大事にしていることが、熱としてこちらまで伝わってきた。
これが純愛か、と聞く側は圧倒されていた。
そして。
美形オークは、話をこう締めくくった。
「一夫多妻制に違和感を覚えるのは、致し方ないことではあります。
――ですが、それは単に文化の違いによるもの。あなた方と我々との間に、まだまだ分かり合える余地があるというだけのことです。
そうご理解いただけましたら、こちらとしても幸いですね」
「……はー、なんかスゴいなー」
予想と違う深い回答に、性格にそぐわず雄一郎は感服していた。
顎に手を当てて、目を瞑って、空っぽの脳みそで感服のポーズをとっていた。
だが、
「あれ、でも待てよ?」
雄一郎は、とあることに気付いた。
「じゃあなんで、あなた方はこの町に来たんですか?
村で暮らしていればいいでしょうに、なして始まりの町みたいなカオス空間に、わざわざ居を構えたんです?」
次期一族の長と次期副長が、十一人もいる妻を引き連れて街に下りた意図。
それが雄一郎たちには皆目見当つかなかった。
村を追い出されたから?
駆け落ちしてきたから?
それとも、童貞どもへの嫌がらせ?
すべてを知っている美形オークは、ケロリとした顔で答えてみせた。
「――『町で武具店を経営してみたかったから』ですね」
「……え、それだけ?」
「他種族が住む町で開業したかったんです、ずっと前から」
彼が語るところによると、もともとオーク族の社会的評価は芳しくなかったという。
一昔前に存在していた盗賊団がオーク族で構成されていたために、風評被害にさらされたのだ。
粗暴で不潔で悪徳なイメージを、勝手に持たれて肩身の狭い思いをした彼らは、ついに復讐を思い立つ。
その内容とは、
「―――礼節と良心を磨いて、悪いイメージを払拭してやる!
我々はそう決意したんです」
「……あなたがウワサの聖人君子?」
彼ら曰く、オークは決して「顔が醜く、身なりに気を遣わない、汚らわしい種族」ではないらしい。
顔が醜いといわれるのは、オークとヒト族の間で美的感覚が正反対なだけ。
オーク側にとってのイケメンが、ヒト族側にとって不細工なだけなのだ。
「――それに私たちは、普段から身なりにとても気を遣っているんですよ?」
オークが空気のよどんだ場所にいると思われがちなのは、迫害されていた歴史からくる歪曲した先入観によるもの。
本当は獣人やエルフよりも潔癖なのだ、と彼は言う。
「体質的に、寄生虫の宿主になりやすい種族ですからね。
身の回りはかなり清潔にしています」
「例えば?」
「毎日の水浴びですとか、防虫の煙を浴びたりですかね。
泥浴び……泥をつけ合うこともありますが、これは土着信仰を重んじた風習でして、泥顔料の方はちゃんと魔法で消毒してあります。
もちろん服も清潔。
おかげで、私の故郷で病が流行ったことはありませんよ」
「――っとなると、その黒スーツは相手に好い印象を与えるためで?」
「えぇ。
ヒト族のお客様に不快感を抱いていただきたくないので、店の者は基本スーツ着用で応対しております」
「まじか、気合い入り過ぎだろ……」
「念のため香水も工夫を凝らしていまして……今日はオレンジエキスを配合したものを付けてますね。
わかりますか?」
そう言われ、バイトは意識を集中させる。
ボークソテーのオレンジソースがけを彷彿とさせる、爽やかな香りが鼻梁を撫でた。
「ホントだ、なんか美味しそうですね。ちょっと涎が出ちゃうかも……!」
「茶目っ気が効いた演出は、好印象に映りやすいですからね」
この意見にはシュガーも同心なようだ。
「女性にモテて当然かも」
さて。
ようやくハーレムの極意が見えてきた。
なにせモテるために必要なものは、目の前のオークがすべて体現しているのだ。
彼の真似さえできれば、何時でも誰でも女性を侍らすことが可能。
人が出来ているのなら造作もないテクニックである。
しかし底辺中の底辺に住まうゴミにとって、このアドバイスは実現が至極困難。
残酷な現実を突き付けられ、冷静に雄一郎は腕を組む。
「オレには無理そうな手法だな…………元がクズだから、うん」
清潔で誠実で頭がキレて、おまけに人当りもいい。
そんな隙のない美形オークは、最後に色欲の塊である転生者にこう助言した。
「あなたにだって出来ますよ、そう難しいことではありませんから」
「んなわけないでしょ」
「信じてください。
村で不細工と言われた私でさえ、ここまで家族に恵まれたんです。
顔の良し悪しは、あなたの仰るハーレムには関係ありませんよ」
「……」
「頑張れば、何だって出来ます。
だから自分の短所を綺麗に磨いて長所を伸ばせば、雄一郎さんにもきっと―――」
「…………努力したくない」
「え?」
「楽してモテたいの、オレは」
ポク、ポク、チーン。
空虚な効果音を、その場の全員が聞いた気がした。
それはあまりに突拍子もない返答が起こした、呆気混じる奇跡の空耳。
思わずツインテールは、くぁーと頭を抱えて仰天した。
「……ダメだコイツ、腐ってやがる」
せっかく良い話をしてくれていたのに、それをドロップキックで叩き折るとはこの男、恐れ知らずにもほどがある。
しかも、その身勝手さは止まることを知らなかった。
「そーだ、閃いた!」
脳内に豆電球を光らせ、雄一郎はこんな無茶を言う。
「――高級武具店なんだったら、モテる魔道具とか売ってるんじゃないですかね!」
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