「――まぁ、てなわけで件のクエストはお取下げください」
そうクロカミは話を繋ぐ。
「現実的に不可能なこと要求されても、こっちが眉を寄せるだけなんで」
「ほぅ。この私の頼みを無碍にするとは貴様、中々に覚悟があるな」
「ひゃー、まさか脅迫する気ですか?
怖いなー、やっぱり領主ってパワハラしかできないんですねー、最低だなー」
「一応は仕事のできる貴様のことだ。
剣士を一人見つけるくらいなら造作もないだろうと評価していたのだが……どうやら見込み違いだったらしい。
至極残念だ、女」
「じゃあ何ですか?
断ったら私を解雇でもしますか?
いいですよー、クビにしても。貴重な収入源であるクエスト受付所の業績は低下するでしょうけど、領主さまの辞令じゃあ仕方ないよねー、ねぇ?」
下からメンチを切るように、クロカミは挑発していった。
本当の上司でないとはいえ、メインスポンサーである領主相手にここまで中指を立てた言葉遣いをできるとは、さすが受付嬢イチの怖いもの知らず。
後先考えず、反抗しまくっている。
対して領主のリアクションはというと、眉を顰めるだけで声を荒げるような愚行は犯さなかった。
どうやら悪趣味で毒舌な性格であっても、器だけはそこそこ大きいらしい。
「……やはり貴様は一筋縄ではいかんな。
このままだと強硬策を取ることになるが、それでも良いのか?」
「へぇ! ホントに圧力掛けるつもりなんですね! さっすが悪徳さんだぁ!」
「私とて心苦しい選択なのだ。受け入れろ、女」
「でも、どーするんですかねー。
私、レベル三〇〇あるんだけどなー。
どうやって力で押さえつけるつもりなんだろー、そんな都合のいい方法あるなら知りたいですねー」
「そうだな。確かに私如きでは、貴様を力で懲らしめるのは不可能かもしれん…………」
ちなみに補足しておくと、領主のレベルは六〇ぴったり。
幼少期よりエリート教育にどっぷり浸かってきた彼は、領地の運営だけでなく剣術スキル・狩猟スキル・軍略スキルと戦闘面でも優秀な人間だ。
一流に拘る偏屈家なだけあって、並の冒険者では歯が立たない強さの心技体を持ち合わせている。
だが、その程度では化け物じみたクロカミを力でねじ伏せることは、万が一にもあり得ない。
例え自身が持つ近衛を総動員しても、ウィンウィンの関係になる国王に援軍を要請しても、正面切って彼女を痛い目に遭わせることは叶わないだろう。
力量の差は、領主も十二分に把握していた。
では、クロカミに己の命令を呑ませることはできないのか。
否。
彼女を従順にする方法は、ある。
相手にとって一番嫌がることをチラつかせる。もしも自分の命令に従わなければ酷な苦行を強いるぞ、と交換条件で脅迫する。
要は、相手の精神的弱点を突いて骨抜きにしてしまえばいいのだ。
だから、領主は脅迫することにした。
無表情で抑揚を付けずに、汲々と嫌がらせを敢行する。
彼は、こう述べた。
「――だが、禁酒法を発動することはできる」
「やめてぇ! それだけはやめてぇ!?」
クロカミの反応は、千里の野を駆ける駿馬のようにそれはもう早かった。
自分のたった一つの愉しみを心底奪われたくなかったのだろう。
先ほどまでの嘗めた態度とは打って変わり、領主のコートに縋りついて半泣きで懇願している。
「何でもする! だからお酒を殺さないで、お願い!」
「……」
領主の策略通り、クロカミは骨抜きにされた。
ただ、たかが酒如きでここまで無様に踊ってくれるとは、さすがの領主も予想していなかったらしい。必死の形相で迫るクロカミに圧され、少しばかり後ろによろけた。
ともかく。
クロカミから言質を取ることを、領主はいとも容易く成功させた。
禁酒法を出さない代わりに、領主はクロカミに「ソードマスター探し」の仕事を極々自然に押し付けたのである。
しかも当のクロカミは、自分が条件的に損をしていることに気付けていない。
つまり領主は、ほぼノーコストで(主に受付嬢にとって)超高難易度なクエストの続行を命じたのだ。
どこぞの悪代官を上回るしたり顔で、領主は天に向かって高々と哂う。
「さぁ選べ。
大人しく私の要求に応えるか、私に逆らって晩酌タイムを取り上げられるか……!」
「やりますやります!
誠心誠意がんばります!
だから私の生きがいを奪わないでー!」
「……言ったな? 二言はないぞ?」
「はい、やります! やり遂げますよ、任せてください!」
もはやクロカミは錯乱状態に陥っていた。
酒を人質に取られただけで、人間はこうも弱くなってしまうのか。手首がねじ切れんばかりの手の平返しで、彼女は領主に媚びていく。
そんな先輩の後姿に、目を白黒させたバイトは何も言うことができなかった。
領主とクロカミの会話は続く。
「では、明日の午後までに指導者候補となるソードマスターを連れてこい。
それができなければ、明後日からは愉しい愉しい禁酒生活スタートだ」
「はい、了解です!」
「では、私は帰る。息子に一流のけいこを付けさせてやるためだ……頼んだぞ、女」
「御意です――ってなわけでソードマスター探し、一緒に頑張ろうね! バイトちゃん!」
「……え、わたしもやるんです?」
流れるように巻き込まれたバイトは、しばらくの間自分を指差して固まっていた。
まだまだ本騒動は終わりそうにない……。
所用のため、しばらく更新が止まる可能性があります……申し訳ありません。
次回更新は、おそらく一週間後です!
お楽しみに!
※追記
諸事情により、あと数日だけお時間をいただきたいです。クリスマスまでには上げたいなぁと思っております、はい。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!