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薄幸の町娘は、借金返済のためクエスト受付所で働きます
夏野わおん
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特別番外編④ ビターな大人とは

公開日時: 2021年4月30日(金) 18:28
文字数:2,976

特別番外編④「ビターな大人」

 

 

 昼休憩時。

スタッフルームにて。

 営業の独白からそれは始まった。

 

「最近、コーヒーにはまってるんだ」

 ちょっとしたキッチンで、彼はコーヒーミルに手をかけていた。

 手元には買ったばかりの小さな豆袋。円錐形にカッティングされたフィルター。お湯の入ったケトル。そして、二つのカップ。

 用意周到に揃えられたグッズたちは、ダイニングの空いたスペースに整列させられていた。

 

 あまりに唐突な発言だった。

席に付いていたバイトは、本能的に苦笑いをする。

自己防衛のためだ。

「……へ、へぇー」

「あれ。なんか反応薄くない?」

「そうですか?」

「そうだよ。薄いよ」

 

 あれれー、と予想以上に後輩が食いついてくれない現実に、営業は首を傾げていた。

 しかし、これは正常な反応だろう。

 訊いてもいない趣味を朗々と述べられても、聞かされる方としては感想に困るだけ。方向性が合わない限り、会話なんて弾むがはずがない。

 

 それでも、なるべく相手の気持ちを汲み取ろうとする質だったからか。

 

「――どんなところがお好きなんですか?」

 

 バイトは訊ねてみた。

 

「それはだねぇ」

 勿体ぶるように顎に手をやって、営業は答えた。

 

「――ズバリ、『お洒落なところ』だよ」

 

「おし……?」

「そう。オシャンティ」

「……?」

「ファッショナブルでしょ。やっぱり」

「あー、そっち系の動機でしたか」

 

 クラシック音楽を聴いてる俺イケてるよなぁ、だとか。

 趣味が高じたマッサージ術があれば男を籠絡できるかしら、だとか。

 菜食主義を貫けば、儂は天国に行けるのじゃ、だとか。

 

 そういった下心丸見えの状態で、新たな世界に身を投じる人は多い。

 

 もちろん、理由に甲乙つける必要性はない。浅い理由から入って一流になる人間は一定数いるものであるし、どんなに高尚な目的があっても挫折する人は挫折するものだ。

 何かを愉しむこと自体は、取り立てて悪いことではないのだろう。

 

 問題は、彼が自らの趣味を一種の「万能道具」であると思っている点。

 大人っぽいことをしていれば、自分がより魅力的になると勘違いしている点にあった。

 

 つまり。

 なおも営業は、モテたかったのである。

 

 

「コーヒーが好きな男はカッコいい、っていう女の子がいてねぇ」

 じゃららっ。

 ミルに豆を投入し、彼は言う。

「シェスカって名前の商家の娘さんなんだけど、その子がまぁ可愛くてさぁ。今度、お家に招かれることになっちゃって!」

「もしかして、そこでコーヒー好きをアピールするつもりなんですか?」

「ソユコト! 簡単に話題を共有できるし、お近づきになるには最適な趣味でしょ?」

 

 ははは、とバイトは乾いた笑いを浮かべた。

 

「……でも、うまく行きますかね?」

「だーいじょうぶだよ。こう見えても俺、けっこう手先が器用でさ。ここ何日かで淹れる腕がメキメキ上達してるんだ!」

「付け焼刃とかって、すぐ見抜かれちゃうものですよ?」

「厳しい意見だなぁ」

 そこまで言われて、急に不安になったのだろう。

 何としても女子の前でカッコつけたい営業は、ぱっとバイトの方に顔を向けた。

 

「……バイトちゃんって、コーヒー淹れられる?」

「え。あ、はい。お茶汲みなら一通りできますけど――」

 

 借金取りに追われ、捕まった際。

 闇金業者の幹部連中にコーヒーを淹れて回ってました。

そのおかげで売られることもなく、隙を見て逃げおおせることが出来ました。

だから、コーヒー淹れるのが得意なんです。

 

そんなエピソードトークを展開する暇もなく。

 

「よっしゃ!」

 パンッ。

 軽快に手で膝を打った営業は、面食らうバイトにこんな提案を持ちかけた。

 

「じゃ、こんな頼みを聞いてくれないかな!」

「はい?」

「んで、できれば開いてくれ!」

「……?」

 

「すべての仕事が細やかな新人ちゃん直伝、『美味しいコーヒーの淹れ方』講座を!!」

「え、えー…………え?」

 



かくして。

昼休憩の三十分。

 バイトによる優しく易しい指導が始まった。

 

「この豆は華やかな香りを愉しむタイプですね……そうです。破砕する時は一気に挽き切ってください。

 果肉や胚に内包された香りも弾けさせたいので」

 

 

「なるべく粉は、表面が平らになるよう均等に入れてください。

 お湯を注す時は、中心から渦巻き模様を描くように……慎重に、まんべんなく……それで少し蒸らして……はい、注いでください」

 

 

「濾過槽が出来たら、なるべくそれを削らないように意識して、三回程度に分けてお湯を注いで。

 ……あ! ドリップの時、ろ液をイチイチ落とそうとしちゃだめです、渋みが出ちゃうので……継ぎ足すイメージでお願いします」

 

 

「コーヒーを入れるカップは、あらかじめ温めておいた方がいいですね。

 今回はお湯を直接入れて温めましたけど、次からはお湯を張ったボウルで容器全体を温めるといいですよ。

 そうすれば、長く香りを楽しめますから」

 

 

 そして。

 試飲。

 

「―――うーん、かなりうまく淹れられたと思うんですが、意外に雑味が出てますね。

 営業さんの腕は良かったので、もしかしたら豆自体に問題が合って……焙煎の管理が甘かったのかも……」

 

 

「ちなみに、営業さん。この豆、どこで買いましたか?

 ……あー、三番通りのお店……よくわからないから、とりあえず高そうな豆を買った。

 ……なるほど。その考え方は、ちょっと危ないですね」

 

 

「ブランドだけ見て買っていると、むしろ思った味が出せないことが増えちゃうんですよ。

 身の丈に合った、という言い方も変ですけど、まずは一度別の商品も試してみるのもいいかもしれませんね」

 

 

「あと、本気でコーヒーを美味しく淹れたいのであれば、焙煎職人さんと仲良くなって、豆の産地、使う道具、カップの装飾にも気を遣うといいですよ。

『食事は舌だけではなく、目でも味わうものだ』とよく言いますからね…………」

 



 

 そして。

 無事にバイトによるコーヒーの淹れ方講座を完走できた営業は、ぐでっと机に突っ伏した。

 

 圧倒的な疲労感。

 それを身体で表現しながら、彼は一言述べた。

 

「――――めんどくさいね、コーヒー淹れるのって」

 

「慣れてしまえば、それほど大変じゃなくなるんですけどね。こだわるポイントが多いので、趣味にされる方が多いのかと思います」

 自分の教え方が不味かったのか、とソワソワするバイト。

 恐る恐る、彼女は訊いた。

 

「……で、どうでしたか?」

「何が?」

「その、コーヒーを御趣味にされることについて……です」

 

 くわっ、と営業は眼を見開く。

 

「止めときます! 軟弱な俺にはムリ!!」

 

「……す、すいませんでした。わたしが下手なご指導をしたばっかりに――!」

「いや、教え方は丁寧だったよ。

俺がコーヒー淹れるの諦めた理由、そこじゃないんだ」

「……?」

 

 キョトンとした表情で、バイトは営業の眼を凝視した。

 どういう意味だろう。

 今までの流れの中で、営業がコーヒー嫌いになるきっかけなんてあっただろうか。

 

 すると。

 カップに残った黒い液体を飲み干した営業は、思考回路がショート気味のバイトに向かって口を開いた。

 

 苦いものを食べた後には、甘いものを食べるに限る。

 そんな世間一般の概念に呼応するかのように、彼はねっとりとした声で囁くのだ。

 

 

「…………ほらさ。

 『ガールフレンドが淹れてくれた方が、どんな飲み物もうまくなる』って。

 わかるでしょ、この気持ち?」

 

 

 バイトは黙っていた。

 ただただ黙って、己の両腕を擦っていた。

 

 ……彼女は言った。

 

 

「―――営業さん。寒い、です」

 

 営業は悲しそうな顔をした。

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