営業は何食わぬ顔をして、クロカミとバイトの抜き打ちテスター班に混ざっていた。
この男、なんという気配遮断スキルの高さだろうか。
ぬらりひょんも尻尾を巻いて逃げ出すくらい、唐突な現れ方だ。
百戦錬磨のクロカミも、思わずツッコまざるを得なかった。
「ちょっと待て、営業さんよ」
「ん?」
「しれっと会話に割り込んでるけどさ。アンタ、仕事はどうしたの」
「シゴト?」
「だってアンタ、さっき私たちと別れたばっかでしょ。まさかボイコットですか?」
「……?」
まるで意味が分からない、とでも言いたげな表情。
そのまま営業は、身の潔白をこう主張した。
論破するつもりだ。
「――仕事なら、もう終わらせてきたぞ?」
「ダウト」
「本当だって。
昨日中に受注上限いっぱいまで、高難易度クエストをもらって来たんだ。
だから今日は、お得意先からの連絡チェックくらいしかやることないんだよ」
「……達者な口だなー」
猜疑的になるクロカミ。
だが、この場でどうこう言ったところで、野次馬根性を持つ営業が帰るはずがない。
面白いイベントが終わるまで、彼はどこまでも引っ付いて来るだろう。
オナモミみたいな男である。
「――まぁ、さぼって怒られるのはアンタなんだし、私には関係ないことか」
そうして、とうとうクロカミが折れた。
同行の許可を得た営業は、頬に軽薄そうな笑みを含ませる。
「そーいうことさ。だから話、戻そうぜ」
「はいはい、わかりましたよ」
しょうもない話が終わり、モニタリング対象の話が再開されようとする。
まだ順応力の低いバイトは、会話について行けずおろおろしっぱなしだった。
だが彼女に構うことなく、正規職員たちは己の見解を述べていく。
「――――で、どうなんだよクロカミ」
「何がです?」
「あの大鷲って取り巻きの雑魚が厄介で、ワンマンだと当たり負けするって噂だぞ。
大丈夫なのか?」
「いやー、前衛職なら四人いるかなー。
だから二対三にチーム分けして対処すれば、別に難しくはないはず」
「確かにレベル差はそこまでないのか。うまく連携して戦えば、ノーダメージクリアもできそうだな」
「ただ一点、空中戦だけは厳しいかもね」
「弓手とか魔導士とか、居ないのか?」
「居ないなー、後衛は回復術士くらいだ」
「――ってことは、翼をもげるかどうかがカギになるな」
「だねー…………おっ?」
そうこうしているうちに、目的地に着いたらしい。
気付けば一行は、丘の頂上に立っていた。標高はせいぜい百メートルくらいだろうが、見晴らしは中々に良い場所だ。
眼下にある平原と小森林は風の流れが分かるくらい近くに見えるし、万年雪の白粉がほんのり乗ったグラニュー連峰もはっきりと望める。
後ろを振り返れば始まりの町も見えるから、如何に遮蔽物のない地形の上に自分たちが居るかがよくわかる。
璃々やかな空気が髪を梳いていくのを感じながら、バイトは大きく深呼吸した。
「はぁー……絶景ですね、ここ。ピクニックに最適なところかも」
感嘆するバイトだったが、ここで一つ思い出してほしい。
自分たちはこの丘へ、いったい何をしに来たのか。
そう。
抜き打ちテストをしに来たのだ。
「絶景は絶景なんだけど、バイトちゃん」
新人の緩みかけた気合の帯を、クロカミはそれとなく引き締めた。
「今日は一味違うのを忘れちゃいけないよ」
「ひとあじ?」
「――冒険者のモニタリングだよ」
「あっ、そうでしたね」
「もうターゲットは見えてるよ……ほら、あの岩を飛び越えた先にいるでしょ?」
クロカミが指をさした先には、戦陣を組んだ五人の冒険者の姿があった。
少し低まった平原にいる冒険者から見て、受付所職員たちのいる丘は八時の方角。
つまり、バイトたちは完全な死角にいた。風下にいる限り、こちらの存在が向こうに気取られることはなさそうだ。
……ただ、なんだろう。
何かがおかしい気がする。
違和感を覚えたバイトは、目を凝らして首を捻る。
すると、
「あれ?」
営業がバイトの気持ちを代弁してくれた。
「――大鷲のモンスターがいないぞ、なんでだ?」
そうなのだ。
草原には大型のモンスターが一体もいなかった。
視界の端から端まで観察しても、依頼書に描かれていたような鳥類は見当たらない。上空に目を向けても旋回する影はないし、かといって地面に潜り込んだ形跡もない。
黄金色に変わりつつある緑地は、やけに静かで不気味だった。
「もしかして、冒険者さんたちが倒してしまったんでしょうか」
「でも妙だなぁ。まだフォーメーションを組んでるようだし、何より顔が険しすぎる……」
と、そこで。
営業は素っとん狂な声を挙げた。
ふぁっ、とか。むぉっ、とか。
およそいい歳の男が挙げそうにない変な声で、だ。
「……どうかしましたか?」
頭でもおかしくなったのか。
それとも仕事に慣れているベテランとして、予期せぬ事態でも見抜いたのか。
バイトは理由を訊ねてみる。
営業は答えた。
「俺の目が変なのかもしれんけど、あそこ! 見える!?」
「……?」
どさくさに紛れ、営業はバイトの肩を引き寄せた。
「――ほら、あそこ! 六人いないか!?」
「えっと。ひぃふぅみぃ…………あれッ!?」
言われて見て、初めて気が付いた。
……人数が一人、増えている。
なんと冒険者たち五人のほかに、もう一人。
あの平原には『人』が立っていたのだ。
しかもあの佇まい……何処か異質だ。
冒険者たちと敵対した立ち位置からして、『奴』は間違いなくモンスター側。
そんな色眼鏡をかけて見ると、心なしか異形の二足歩行生物に見えてくるのはなぜだろう。
そう。
あの六人目は、前兆なく出現した『人型モンスター』の一種。
ブリキで覆われた頭部にモノアイのバイザーを装着し、未来人のような珍奇な恰好をしたサイバーロイド。
予測不能の異常事態は、今目の前で起こっていたのである。
「――クッソー、これじゃあ向こうの会話が聞こえないな」
興味そそられるおかずを目の前にした営業は、歯ぎしりをした。
そして、
「しゃーない。こうなったら『拡聴角』、使っちゃおう!」
営業が手元に取り出したのは、法螺貝のように螺旋を描いた草食獣の角。
一見すると何の変哲もない角なのだが、何を隠そうこれは魔法道具の一種。
何百メートル先の音を拾って空洞部分からノイズを取り除いて再生してくれる。
そんな恐るべき諜報道具だ。
「これをこーして、あーして……セット完了。ポチッとな」
外付けされたボタンを押すと、すぐさま角は収音を開始してくれた。
はたして、あの怪人は何者なのか。
冒険者の会話から、謎に包まれた奴の正体が今明かされる……
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