ある日の昼間。
昼休み間際。
受付カウンターにて。
バイトは、ある男性客を対応していた。
ようやく1人で受付を任せてもらえるようになったバイトではあるが、まだその動きはぎこちなく、拙い。
いつでもカバーに入れるよう、横にクロカミが待機してくれてはいるが、客に粗相してしまう時というのは本当に一瞬だ。
客に満足して帰ってもらえるかどうかは、対応する受付嬢がどこまで頑張ることができるかにかかっている。
そう。
これはバイトの実力テストでもあったのだ。
「――――それでさ。
親方が服屋に頼んでた、そのオーダーメイドのジャケットをさ。
手が回らないって言うから、見習いのオレが取りに行くことになったんだよ」
「……なるほど?」
「そしたら、服屋の裏手から声が聞こえて来てさ。
ちょっと気になって覗いてみたら、彼女が泣いてんだよ」
「……それで、どうされたんです?」
「もちろん、ハンカチ渡してさ。
話を聞いてみたんだ。
したら、メチャクチャびっくりしたよ。
コケた拍子に親方のジャケットを傷付けちゃったって言うんだ」
そういう風にして、短髪の男性客は意気揚々と自身の武勇伝を語っていた。
ギリギリ成人していない彼の見た目は、まさに鍛冶屋に奉公している丁稚。
夢いっぱいの男子だからか眼を燦々と輝かせ、幼い頃からヤンチャしてきたのか活動的な性格がえくぼからあふれ出している。
そんな男に対し、バイトは正面から向き合っていた。
柔和な笑みを浮かべ、緊張を心の内に閉じ込めて、彼女は絹糸を引くように客から言葉を引き出そうとしていく。
いつの間にか会話は弾み、周囲は温かなムードに包まれていた。
「――――そんで店主からこっ酷く叱られて、落ち込んで。
困って、悩んで、泣いてるところに、オレがたまたま来ちゃったってわけ」
「……ヤバいですね」
「そう、ヤバかったんだよ」
バイトの相槌で、さらに気を良くしたのだろうか。
男性客は鼻を膨らませる。
「うちの親方ってかなり気性の荒い天然記念物でさ。
特にコトが自分の思い通りにいかないと、すーぐ物にあたるような人なんだ。
自分が恥をかくような事態になったら、家の一つは軽く潰せるだろうね」
「……彼女さん、クビにされちゃうんじゃ?」
「そこでオレが一計を案じたわけよ」
「ここから逆転できるんですか!?」
バイトは目を丸くする。
「かなり厳しいと思うんですけど……!」
「別に大したことはしてないんだけどな」
得意げに、男性客は語る。
「彼女を安心させて、店から無理やりジャケットを受け取って。
ちょっと上着に細工をしてから、工房に戻って。
んで、親方にブツを渡すときに、オレはこう言葉を添えたんだ」
「……聞かせてください」
「『今、巷では少し年季の入った服を着こなすのが流行ってるらしくてですね。
服屋の看板娘さんが気を利かせて、生地をオシャレに加工してくれて……よかったですね。
オプション代金、今回は無料だそうですよ。
ひゃー、うらやましいっ!』ってね」
「……うまく行きました?」
「それがさ、ジャケットにわざと傷をつけた甲斐があったんだよ!」
彼は言った。
「次の日、親方がほくほくの笑顔でギルドの会合から戻ってさ。ファンキーでカッコいい、って言われたんだと。
まぁ、半分おためごかしだとは思うんだけど、やっぱ流行ってのは水物だよね。
一週間経った頃には、もう彼女が働いてる服屋が長蛇の列でさ。
彼女には何度も感謝されちゃってさ。
……やー、あの夜は燃えたなー!」
「えーっと」
男性客がなぜ嬉しそうなのか。
なぜ夜は燃えるのか。
なぜ人生経験豊富なクロカミが、隣の席でつまらなそうに耳をかっぽじっているのか。
状況が理解できず、バイトは首を傾げた。
「ファイヤーされる意味がちょっとよく分からないんですが……その後はどうなったんですか?」
「あぁ。
ここまでくればもうわかるだろうけど、お付き合いさせてもらってるよ」
そう言うと、彼はこんな言葉も付け加える。
「もちろん、結婚を前提にね?」
「……つまり」
脳内で状況を整理したバイトは、彼の言わんとすることを代弁した。
「今日、受付所に来られたのは『ブライダルコーディネーターの紹介』を依頼されるため、という認識でよろしいですか?」
「そう! よくわかったね!」
手を叩いて歓喜する男性客。
猿のように浮かれている彼を前に、落ち着いた態度でバイトは次の行動へと取り掛かった。
机の下から紙を取り出し、男性客へと静かに手渡す。
「かしこまりました。
では、こちらの依頼書をお渡ししますので、指定の欄にご記入いただけますでしょうか?」
「ラジャー!」
「こちらからも連絡のつく方を何人か紹介いたします。
今、リストを持ってきますので少々お待ちください――」
しばらくして。
鼻歌まじりで帰っていく男性客を見送った後。
隣でずっと黙っていたクロカミが口を開く。
「うん、いい対応だったよ」
パチパチ。
小さく拍手をして、先輩はバイトを褒め称える。
「受付業務もスムーズだったし、特に指摘することはないかな。うん、すごくよかった」
「あ、ありがとうございます!」
緊張の糸が切れたのか、ふぅっと椅子の背もたれに体重を預けるバイト。
額の汗をぬぐう彼女へ、クロカミはこんな質問をした。
「しっかし、バイトちゃんって割と洞察力あるよねー」
「……?」
「彼が結婚式で困ってるって気付いて、すぐにコーディネーターの紹介に移るなんてさ。なかなかできることじゃないよ?」
すると。
「あー……実は、さっき紹介した方たちって、厳密には結婚式をプランニングする人じゃないんですよ」
「え。じゃあ、誰を紹介したの?」
気まずそうに、バイトは答えた。
「―――『婚活アドバイザー』、です」
「…………」
「…………あと、『弁護士』も一応」
「…………その理由は?」
ぽそり、とバイトは理由を口にする。
「……私の村で以前、似たような結婚詐欺事件がありまして。
ほら、店の裏手で泣いてる女の子と鉢合わせるなんてこと、まずないじゃないですか。
だから、あのまま行くと持参金繋がりで騙される可能性があるんじゃないかなー、って思いまして……」
カウンター周りの空気が一気に冷え込んだ。
先ほどまであった恋バナムードは何処へやら。
そこには世知辛い現実が凝然と横たわっていた。
クロカミが呟いた。
「――――バイトちゃんって、時々ダークな面見せるよね」
「……まぁ、親が親ですから」
結論。
金は人の醜悪な面を見せる。
借金まみれの親を持つ娘が言うには、どうやらそういうことらしい。
「……」
「……」
「「…………ハァ」」
そして。
受付嬢の二人は、カウンターの陰で小さくため息を吐いた。
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