「まずは、情報を集めることから始めないとねー」
あっけらかんとそう言ったクロカミは、酒場に足を運んでいた。
クエスト受付所に併設されたこのオアシスは、今日も昼から賑わっていた。
テーブル席は七割が埋まっていて、誰も彼もビールとおつまみを愉しんでいる。
飲み方も他人によって違うようで、店の中央では和気藹々とするグループが、端の方ではチビリチビリと酒に酔う一人客が見事に棲み分けて座っていた。
ここなら多種多様な人々がいることは間違いない。
ソードマスターの称号を持つ友人とつながりを持つ人だって、早々に見つかるはずだ。
そう安易に考えたバイトとクロカミは、メモ帳片手に聞き込みを開始してみた。
証言A。
レベル三十二の冒険者より。
「ソードマスター?
はっ。あんなクソみたいな奴らの居場所なんか知るかよ。
他人のご機嫌取りと坊ちゃん剣術で御大層な称号もらっただけだってのに、一丁前の面して剣を教えてるんだぜ?
最近じゃ前線で対魔王軍の技術指導をやってるらしいが、どうせ実戦じゃ役に立たねぇよ。
探すだけ無駄だと思うぜ、お嬢さん方よぉ……zzz……」
証言B。
独自調合の薬を売り歩く七十才の薬師より。
「ふむぅ、この辺りにいたという噂はとんと聞かんなぁ。
一人はとある神山で更なる修行に励んでいると聞いたことがあったが、それでさえ大昔の話だ……すまんな、役に立てんで。
お詫びにこの白い粉をやろう……要らんか。そうか」
証言C。
仕事する気はないけど酒場の愉しい雰囲気には混ざりたい若人。
「あー知ってるー。
世界に数人しかいない職業の人でしょー。すごいよねー、お金とか一杯もらってるんだろーなー…………え、知り合いにいるか?
いないよそんなのー!
ご先祖様には一人くらいいたかもしれないけど、もうあの世に行っちゃったからねー。力になれなくてごめんねー」
証言D。
浮浪者。
「……そんなことより金をくれ」
証言E。
不審者。
「へぇ。
んじゃあ、俺が代わりになってやろうか?
……遠慮すんなって、要は相手が俺をソードマスターだと勘違いしてくれればいいんだろ?
簡単だよ。報酬は一日三万グランでいいぜ。そしたら俺が完璧に演じ切ってやるよ――まぁ、本業は机に座って受話器を取ってるだけなんだけどな。
……って、ドコ行くんだい君たち。
ちょっと待って、無視しないでくれよ、頼むよ、オレ別に怪しい人間じゃな――」
こうして。
酒場にいる客全員への聞き込みが終わった。
しかし、これはマズい状況だ。
ソードマスターの大まかな居場所を噂程度に知っている人間なら多くいたが、有力な手掛かりは未だ掴めていない。
明日までにソードマスターを領主に紹介する過程は、早くも暗礁に乗り上げていた。
「どうしましょうか」
酒場の空いた席でぐったりと骨を休める中。疲れ切った表情のバイトは、向かいに座るクロカミに訊いてみた。
どうせ聞き込みが無駄だったとしても、次の手を考えてくれているのだろう。先輩への厚い信用を寄せる彼女は、いつになく楽観的になっていた。
……油断大敵とは、まさにこのこと。
次の瞬間。
メモ帳を閉じたクロカミは、さっぱりとした口調でこう答えた。
「――今回のクエストは、お断りしよう」
「諦め早っ!」
まさかの職務放棄宣言。
一社会人として、その選択は果たして如何なものか。いくら仕事のできる先輩だからといっても、これは性根を疑う発言であった。
しかし。
そんな風にして驚くバイトを横目に、けろりとした顔のままクロカミは立ち上がる。
「だーって。ここまで聞いてまわっても手掛かり一つないんだよ?
そんな亡霊みたいな人見つけるなんて、私からしても無理ゲーだって」
「でも、良いんですか? 領主さん直々の依頼ってことは、余程信頼されてないと任されない案件だと思うんですけど……」
「やれることをやった。その結果がコレ。
だったら素直に『達成条件が厳しすぎるので、申し訳ありませんが見直してもらえませんか』ってな感じで、さっさと謝りに行くべきなんだよ」
「……そういうものなんですかね」
「そういうものなんだよ」
現在時刻は、陽がオレンジ色に染まり始める午後三時過ぎ。
テーブルで酒に浸る客層に変化はなく、クエスト帰りに一杯ひっかけに来る冒険者たちの姿はまだ見えない。
さすがにこの時間帯だと、街の交流場と称される酒場であっても回転率は落ちるらしい。
新しい客がいないのなら、聞き込みも意味がない。であれば少なくとも、無理を利かせてこの場に留まる道理もない。
それに、経験値の高いはぐれモンスター並に幻なソードマスターを頑張って探すより、剣の先生としてお呼びする人のグレードを下げてもらうよう提案営業した方が、受付所側としてもメリットが多くて助かる。
諦めが肝心。
先人の知恵に従うのが、今は懸命な判断なのだ。
「――さぁて。
んじゃ、領主に会って依頼書突っ返して来ましょうかねー」
そう言って、クロカミは朝採れクランベリーのソーダをイッキ飲みした。
氷属性魔法で氷点下二度までキンキンに冷えされたそれは、漿果特有の酸味と甘みで舌を強烈に刺し穿ち、シュワシュワと弾ける炭酸が喉に堪らない快感を伝えていく。
果肉のプチプチとした食感は、病みつきになること間違いなし。
ソフトドリンク部門第一位の看板飲料を飲み干すと、クロカミは満足げに口元を拭う。
「……ぷはーっ!
いやー、たまにはカクテルじゃないジュースを飲むのも悪くないね、コレ!!」
そうして。
バイトたちは面倒事を断るため、依頼人である領主の下へと向かうのであった。
週末まで更新はお休みです。申し訳ありませんm(_ _)m
次回はいよいよパワハラ領主が登場します!
ご期待ください!
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