三十分後。
豪邸のサロンにて、バイトたちは二人目のハーレム師匠を待っていた。
ちなみに家主であるパイルストンはというと、レンタル彼女たちを連れて大聖堂へ告解しに行ってしまった。
だから部屋には現在、受付所職員と転生者とツインテールしかいない。
(……呼び出した本人がいなくなって良いのかな)
そうバイトが疑問に思う最中。
定刻ピッタリに、件のハーレム男はやってきた。
「――いきなり呼ばれたので、何事かと思っちゃいましたよ」
使用人によってサロンに通された彼は、顔を見せるなり頭を掻く。
「なにせ、『女の子と仲良くなる方法をレクチャーしてほしい』なんて、生まれて初めて頼まれたものですから。
ははは」
「いきなり呼んですんません。依頼者の雄一郎です(シュコー)」
「エイチって言います。
今日はよろしく……ところで、なんでガスマスクをお被りに?」
「……趣味です(シュコー)」
「へぇ、そんな趣味がおありで……えっ、趣味?」
目を丸くした彼は、腰の低いこのナヨッとした青年だった。
第一印象は、どこにでもいそうな気の弱い男子学生。
これといった特徴は見当たらず、学や武に秀でているようにも思えない。
顔面偏差値だって、雄一郎とはどっこいどっこいだ。
こんな冴えない彼から、いったい何を学び取れるというのだろうか。
雄一郎は訝しむ。
「……あなた、本当に代打のハーレム先生?(シュコー)」
「いやぁ、お恥ずかしい」
再び、エイチは頭を掻いた。
しかし、不逞なこの呼び名を彼は否定しない。
「でも、そうですね……認識自体はそれで合ってますよ」
エイチは言った。
「今も女の子四人とパーティを組んでるし、ハーレムの先生として受注する条件は満たしているはずです」
なるほど。
よくよく見てみれば、サロンに通されたのはエイチ一人だけではなかった。
彼の取り巻きは、すべて女子。
ジョブや特徴は四者四様のようで、おっとり系の僧侶っ娘もいれば、冗談しか言わなさそうな弓っ娘もいる。
おまけに、誰も彼もAPP値が高いから、どこに出しても見劣りしない。
先ほどの親方ハーレムが『両手に華』なら、こちらのハーレムは『両手に小鳥』といったところだろうか。
冒険者らしい風紀があって、如何にも青春真っ盛りのリア充パーティだ。
「……確かにそうですね、受注条件は満たしてます」
一応依頼書の内容と照らし合わせて、バイトはハーレムであることを確認する。
「なので、クエスト引継ぎは可能です」
それを聞いて、ペコリと雄一郎は頭を下げた。
この青年をハーレムの師匠と認めたようだ。
「それじゃあ、エイチさん。
さっそく女の子にモテるためのレクチャー、よろしくお願いしゃす(シュコー)」
はてさて。
主催者側の意向もあって、エロ坊主の身になりそうな講義の幕がいよいよ上がろうとしていた
だが、その直前。
「―――あ、その前に雄一郎さん」
少し気まずそうに口元を歪ませた彼は、何のつもりかこんなことを言い出した。
「ボクもあなたのお役に立ちたいんですが……先にちょっとだけ、個人的な話を挟んでもいいですか」
「何か不都合なことでも? (シュコー)」
不思議に思う雄一郎へ、エイチはぽそりと本音を漏らす。
「……実はボク、あなたに教えられそうなことが一つもないんです」
「は?」
「だから正直、あなたの力になれるかどうかわからないです。すみません」
いきなりの自信喪失宣言。
しかし、これには深い事情があったらしい。
「――ボクが冒険者になったのは、ほんの一年前のことでした」
なんか一人語り始まったぞ、と囃し立てる雄一郎を他所にして、静かにエイチは過去を振り返っていく。
「そのころから、ボクは何もできない人間で……寧ろ、みんなに迷惑ばかりかけて来た人間なんです」
「と、言いますと?」
「足を滑らせて店員さんを押し倒しちゃったり、物を探しに蔵を訪れた拍子にうっかり女の子と閉じ込められちゃったり。
……しまいには貴族のお嬢さんと誤解がもとで結婚沙汰になりかけたり――」
「……女子更衣室に間違えて入ったり?」
舌打ち混じりで雄一郎は合の手を入れる。
彼なりの冗談のつもりだったのだろう。
しかし、
「そんなこともありました」
真っ向からエイチは、ラッキースケベボーイであることを肯定した。
「失敗談なんか上げたらキリがありませんよ」
「……ウソだよな?」
「悪霊退治でうっかり憑依された時は、みんなを酷い目に合わせてしまいました。
……内容は察してください、口にするのも恥ずかしいので……」
本人にしてみれば、これらは全て情けない思い出扱いなのだろう。
語尾はすべて尻すぼみで要領を得ず、伏せた目には覇気がなかった。
沈んだ表情で、エイチはうじうじと話していく。
「――そんなボクでもよろしければ、喜んで力をお貸ししますよ。
何か訊きたいこととかはありますか?」
すると。
転生者の方に反応があった。
ガスマスクの下で何やら呟いている。
「……る」
「え?」
「……てやる」
雄一郎の眼が光った。
そして。
彼は、叫んだ。
「―――殺してやらァァァァ!」
刹那。
ガスマスクが謎原理で弾け飛んだ。
今の今までキモいだけだった転生者の豹変ぶりに、周囲の人間はドン引きしている。
それでも雄一郎は、叫ぶのを止めなかった。
「こんなっ……こんなイイトコ取りの鈍感野郎なんてなぁ!
この世から滅べばいいんだよぉッ!!」
これは雄一郎による、漢の命を懸けた魂の発露。
つまり彼は、モテ男への僻みによって覚醒したのだ。
「おぉん、そうとも!
全世界のDTたちよ、己に力をォォォ!」
もはや雄一郎は、半分以上発狂していた。
どうやら憤怒が臨界状態に達してしまったらしく、今にも目の前にいるエイチに噛みつきそうな勢いである。
これは…………マズイ。
「――落ち着いてください、雄一郎さん!」
咄嗟にバイトが間に入った。
だが前からいくら押しても、進撃する彼の歩みは止まらない。
すぐにツインテールも加勢しに来た。
「もぅ! なんでそんなにムキになってんのよ!」
「でぇいっ、黙れ小娘どもッ!」
長い付き合いの相棒に向かって、非モテの雄一郎は悲痛に嘆く。
「こんなラッキースケベだけで生きてきたようなラブコメ主人公は、異世界から一掃しなきゃならないんだよ!
――でなきゃ、オレにチャンスは一生回って来ねぇんだ!」
「何を言ってんのかワケわかんないわ、このクソ馬鹿!」
「オレなんかなぁッ!
……落ちてたトマトに足取られて、八百屋の看板娘にダイブしたら、無言で衛兵呼ばれたんだぞ!」
「だから!?」
「キャーえっちぃ、の一言もなしで収監! 血も涙もウフフもねぇ! ふざけんな!」
「――待って、逆に考えようエロガッパ。
あの時の看板娘さんは、アンタを塵を見るような目で見てたよ。
ある意味、願いは叶ってた!」
「――どこがだよ!」
そんなカオスなやり取りが交わされる最中。
蚊帳の外に置かれたシュガーは、どう行動したものか決めかねていた。
両親の喧嘩でどちらの味方に付くか悩む子供のように、傍でずっとおろおろしている。
「えーと、えーと、えーと……」
「どうかしましたか、シュガーさん!」
雄一郎と格闘するバイトと目が合う。
シュガーは困ったように苦笑いした。
「―――私も抱き着いて止めたほうが、いいの?」
「そのままのあなたで、大丈夫です!」
尚も雄一郎は止まらない。
どうやら彼特有の暴走状態に入ってしまったらしい。
というより、雄一郎とエイチの相性が最悪だったのだろう。
この調子では、とてもハーレム作りのレクチャーを受けることなどできそうにない。
しょんぼりした顔で、エイチは席を立った。
「やっぱり、僕は適任でないようですね」
残念そうに彼は微笑む。
「…………わかりました。もっと適任の方をお呼びしますよ」
「……うぇ?」
ポカンと口を開ける雄一郎に、彼は笑いかける。
「友人に一人、こういうコミュニティを作ってる知り合いがいるんです。
高級武具店を経営している凄い方なんですけどね」
「……マジすか?」
「すぐにご紹介できますが、それでいいですか?」
「―――お願いシャース!」
目にも止まらぬスピードで、雄一郎は土下座した。
その弊害で組み付いていた二人、バイトとツインテールは鮮やかに宙を舞う。
それはもう、手首がねじ切れんばかりの手の平返しであった。
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