「んなこたぁどうだっていい!」
そう、リーダー格の男は声を荒げた。
「それより俺たちの方がお前に訊きたいことがある!」
男の物言いが未だに上からだったのが鼻についたのだろう。
クロカミは心底嫌そうに眉をひそめた。
「……私の質問が先だよ。ほら、早く答えてくださいな」
「俺たちは仕事でそこの嬢ちゃんと話をしに来たんだ! そこへ前触れもなしに茶々入れるなんて、いくらなんでも横暴……借金取りが借金の踏み倒しを防いで、何が悪いってんだよ!」
「……もう一度訊きますねー。
あなた方がさっき口走った『剣術に長けたモンスター』について、小さなことでも結構ですので情報はありませんかねー?」
「――ねぇよ、そんなもん!
それよりアンタ、俺の舎弟をぶん殴ったことについて謝罪しろ!」
堂々巡りの会話だった。
これでは埒が明かない。
地球の自転が止まって、太陽が巨大化して、宇宙が収縮して消えるそのときまで、彼らは同じような言葉をオウムのようにただ繰り返すだけ。
双方ともに会話を成立させる気がなかったがゆえに起こった現象がこれだった。
そして、このような時間の浪費はクロカミにとって「晩酌タイムの死」……ひいては、彼女自身の死を意味していた。
だから。
だからこそ。
クロカミは強引な一手に出る。
「……めんどくさい人だなー。そんなに私が君の仲間をぶっ飛ばしたのが気に喰わないの?」
「当たり前だ! せめて真っ当な理由でも述べてみろ!」
「わかった。でもその前に……」
そう言うと、クロカミは筋肉大入道に急接近した。驚き怯む大男は、平手打ちを警戒して両腕で顔面をガードする。
……次の瞬間。
クロカミ自慢のジャーマンスープレックスが炸裂した。
「く……ぉ」
まさか後頭部へダメージが及ぶとは思い付かなかった筋肉男は、へにゃりとその場で大の字にのびる。
「さてと。
これで残るはアンタ一人になったわけだね」
制服に付いた土埃を払ったクロカミは、舎弟二人を失って棒立ちになるリーダー格の男へ詰め寄った。
そして、顎を外して茫然とする彼の耳へ、ゆっくりと唇を近づける。
「じゃあお望み通り、君の質問から答えようか。内容は君の仲間をぶっ飛ばす理由、で合ってたっけ?」
「……あ、あぁそうだ。嬢ちゃんに殴られる筋合いはあっても、アンタに殴られる道理はないはずだからな……」
「だったら教えて上げるよー」
腰を反らせ、胸に親指を押し当てると、クロカミは明朗にこう述べて見せた。
「――君たちの顔が気にくわなかったから。
喋り方がムカついたから。
だからぶっ飛ばした。
以上、証明終わり」
「それ、本気で言ってるのか……?」
「人は感情で動く生き物だからね。私の衝動は誰にも止められないのさー」
「いや、そうじゃなくてだね。
俺とアンタの間には怨恨も因縁もないのに、なんで俺たちはフルボッコにされてんのかって話を聞きたいんだよ」
「…………もしかして君。
『バイトちゃんが借金取りにダル絡みされて困ってること』と『私が君たちを殴りたいって思ってること』との間に、なにか関係性があると思ってるの?」
「――ないんですかぁ!?」
会話の齟齬は爆竹的暴論で破壊された。
先ほどまで確かに存在していたシリアスな空気も借金取りと小娘というアングラな状況設定も、一人の受付嬢が引っ掻き回して粉砕機にかけてしまった。
おかげで体を震わせて恐怖する役は、バイトからリーダー格の男へ完全に移行。
既に退場した二人のチンピラは、足癖の悪いクロカミによって道路脇まで蹴飛ばされてしまい、現時点で舞台に立っている演者はバイト・クロカミ・リーダー格の男の三人のみ。
その他に通行人は誰もおらず、雑草茂る田舎道に薄暮は迫っていた。
「……これが最後の質問だよ。答えてくれたら五体満足で解放してあげるから、正直に答えてね」
がっしり。
クロカミは男の肩を猛禽類のように両手で堅くホールドする。
もはや逃げる術を失った男の顔は半泣きで、その情けなさと言ったら今にも失禁しそうな勢いだ。
そんな圧迫面接の中。
クロカミは口を開く。
「では質問……剣術に長けたモンスターについて、何か知ってることはありませんか?」
「――知ってる! 知ってるぞ!」
歯をガチガチ鳴らして、男が答えた。
訝しむように、クロカミは目を細める。
「ほー。そりゃあいったい、何を知ってるって言うんですかね」
「モンスターの居場所だ!」
彼の言い分は以下の通りだった。
「――この坂道をちょっと上って、立て看板のところを西に行け! 小川を辿って山奥まで入れば人面岩がある! その岩の裏手に開いた洞穴にそいつは棲んでるって話だ!」
「へー。そんな噂があるんですねー」
顎を撫でるクロカミ。
そこへリーダー格の男は、恐れを知らずに噛みついた。
「――つーか、なんでそんなことを訊きたがる!」
「……え?」
「こっちとしちゃ意味がわからないんだよ! 冒険者が高レアモンスターを狩りたさに根城を聞き出そうってんなら話はわかるが、アンタらは単なる受付嬢だろ!」
「そうですけど、何か?」
「受付嬢はクエストを陳列してやり取りするだけの役職だろ!
なのに、なんで探偵ごっこみたいな真似してまで俺たちに訊くんだ!」
「……仕方のない人だなー。そんなの少し考えればわかるでしょうに」
そう言うとクロカミは、右手で男の鼻をこれでもかと力強く摘まんだ。
そして、痛がる彼に向かってこう答える。
「――その人に用があるから、私たちは会いに行くんですよ」
「んあッ? 『人』?」
「ええ、人です。
だってお客様になるかもしれないですからね、無礼のないようお呼びしないと」
「……?」
「私の飲酒が懸かってるんだ……このチャンス、逃すもんですか!」
テンションがマックスに達したクロカミは、天に拳を突き上げる。
「――見てろよ領主このヤロー! 絶対あんたに一泡拭かせてやるからなー!!」
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