いよいよ本格的にお仕事です!
……冒険者の抜き打ちテスト。
それは受付所にとって、半ば日常業務のような扱いをされている仕事であった。
テスト内容はいたって単純。
冒険者に委託したクエストが、依頼書の内容通りにちゃんと行われてるかどうか。
また、クエストを隠れ蓑にして違法行為を働いていないかどうか。
現地に行って、それを確かめるだけ。
ゆえにクロカミとバイトの二人は、黙々と平原を歩いていた。
目指すはあの、小さな丘の向こう側だ。
「――クロカミさん」
「なーにー?」
「少し聞いておきたいことが……わっ!」
急に足元から飛び出したバッタに驚き、町娘は跳び上がる。
いけない、いけない。これしきの脅威でビビっていては、
千差万別のお客さんを相手にするなんて叶わぬ夢になってしまう。
落ち着いて、息を整える。
そして、彼女は訊ねた。
「……抜き打ちテストって、具体的に何をするんですか?」
「んーとねー……」
先頭を往くクロカミは、のほほんとした顔でこの散策を楽しんでいた。
今の時刻は、午前の九時頃。
いい感じに陽気が肌に当たって、気温もちょうどいい時間帯だ。
きめ細かな肌の内でビタミンDを生成する感覚を、彼女は心地よく受容しているらしい。
肌触りの滑らかな風が吹きすさぶ中。
それはもう気の抜けた声で、クロカミは回答する。
「クエストが進められてる現地まで行って、その様子をただ遠くから見てるだけ。
それが抜き打ちテストだよ」
あまりの内容の薄さに、バイトは呆気に取られた。
「……それだけ、ですか?」
「そー。それだけー」
丘の上から、冒険者パーティが戦っているのを眺めるだけ。
ホブゴブリンの群れと剣を交えたり、森厳なる魔術師と魔法勝負をしたりする冒険者を、何もせずにスポーツ観戦感覚で眺めていなさい。
そう、クロカミは言うのだ。
「……ちゃんとした仕事なんですか、それ?」
午前中まるまる使ってまですることか。他にもやることはあるだろう。
常識的ものさしで物事を測るバイトは、真剣みに欠けたクロカミの発言に一抹の不信感を抱く。
だが、このモニタリング。
割と重要な仕事らしい。
「――だって考えてもみて」
そこでクロカミは、初めて後ろを振り返った。
人差し指を立て、語る。
「モンスターの討伐クエストの結果報告って、だいたいは冒険者の自己申告なんだよ」
「それだとダメなんですか?」
「うーん、嘘つく人が出てきちゃうんだよねー」
確かに、彼女の言う通りだ。
ここは無数のソースコードで構築された、ネットゲームの世界ではない。
クエストをクリアしたら自動的に受付所に連絡が行くような、そんな誰もが得するビジネスシステムなど存在しないのだ。
例えば、スライムを五体倒した、とか。
例えば、キングボアを二体倒した、とか。
そんな風に、ずっと冒険者の報告を鵜呑みにしていようものなら、受付所の金庫が空になるまで報酬金を騙し取られるのは必至。
クロカミが危惧するわけである。
「――前に一度、ステータス画面と進捗状況のデータを連動させようとした奴ならいるけど、結局は失敗しちゃったし。難しい問題なんだよ」
前回話した通り。
この異世界ファンタジー風の世界にも、レベルやステータスの概念はある。
スキル使用時には視界の端に《発動成功》のメッセージが表示されるし、自分専用の異空間《インベントリ》から貨幣や小雑貨を取り出せる。
加えて、これらの機能は一般人でも使用可能だ。
しかし、クエスト受付所はそういったファンタジー要素に頼らず、ヒラメ筋を酷使するような試験スタイルを推奨する。
なぜだろうか。
「……魔法があるんだもん。アナログなやり方にプロテクトをかけたほうが、こっちは都合がいいんだ。しょーがないよ」
雨粒が崩れ。
稲妻が哭き。
火が息をする。
その瞬間、この世には『魔力』が生まれる。
それは天地を廻る気の流れと称される時もあれば、生命が紡ぐ模倣子の樹の栄養分と表現される時もある。
万物に宿りし、七色の可能性を秘めたエネルギー。
それが魔力。
そして、この魔力を理論と方法によって現象に変換する行為を、人は『魔法』と呼んでいた。
本来であれば魔法は、人間社会に多大な恩恵をもたらす技術として広まる予定だった。
社会の発展に大きく貢献し、生活を根本から改善し、世に幸せを運ぶ鳩となる。
そう魔法学者たちも信じて疑わなかったはずだ。
だが、しかし。
ここにいるクロカミは、どうも魔法をあまり良く思っていない様子だった。
唇を尖らせて、彼女は愚痴をぶちまける。
「――最近の魔法は『ステータス詐称』とか『幻惑』とか、相手を騙す方向にばかり発展を遂げちゃってるからねー。まったく悩みの種を尽きないよー」
「以前、わたしの村でも魔法戒律を破った人が出ましたのは記憶に新しいですけど……そんなにひどいんですか?」
「ヤバいよー? 一日に何人憲兵のお世話になることか、分かったもんじゃないからね」
「……都会ってコワイですね」
「おかげでもー、イタチごっこが終わらないったらありゃしない!」
くぅっ、と涙を呑むようなポーズ。
大袈裟なボディランゲージで、ついに彼女は本音を語った。
「――――偽証できないインクを用意したり、幻覚系魔法の無効化装置を買ったり……お金ばっかり出ていって、こっちの給料が上がらないの!
わたしゃ泣きたいよ!!」
「……大変、ですね」
どんな道具も使い方次第で凶器になる。
悲惨な事件が起こる毎に叫ばれる言葉が、この世界では魔法にも刺さっていた。
いつの時代も「モラル」という一口では語れない概念は、人類にとって永遠の課題であるらしい。
「そこまで対策しても、魔法犯罪って減らないんですか?」
「こっちも目は光らせてるんだけどねー。
それでも懲りない奴はいるよ。だから楽じゃないんだ、この仕事」
「……イイ話、ありがとうございました」
いつの間にか、一行は丘陵地へと足を踏み入れていた。
辺りに木がなく見通しが良いためか、草食系モンスターの姿はどこにもない。辺り一面に草花が広がってはいても、彼らにとっては生活に適さない土地なのだろう。
おかげで道中、大型肉食系モンスターに出くわすこともなかった。
緩やかな坂を上る。
その片手間に、クロカミは《インベントリ》から依頼書を取り出した。
抜き打ちテスト直前に、問題のおさらいをしておくらしい。
「――さぁて今回の対象は……剣士中心のオーソドックスパーティだったっけ」
紙面の下半分に書かれたクエスト契約者についての備考。
ひとつひとつ、クロカミは読み上げていく。
「――アベレージレベルは28。装備は領主公認の武器で統一。不正品の使用前科はなし。今回受注したクエストは、『大怪鳥オル・アクィラの討伐』、か」
すると、
「――いやぁ。その面子だと、ちとキツくないか?」
空耳だろうか。
今、付近で男の声がした気がする。
そんなわけがない。
ここには女子二人しかいないはずだ。
すぐさまバイトは、パッと横を見てみた。
……誰かいた。
知り合いだ。
というか。
「……営業さん?」
「おっす、バイトちゃん。追いついちゃった♪」
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