……ずっと真夜中でいい○に。良い曲多いですよね。
最近はアポロ、メリッサ、低血ボルトの順に聴いてます。
というわけで、本編開始です。
かくかくしかじか。
自身の親の家庭事情から借金取りに追われる経緯に至るまで、敬虔な彼女は洗いざらい話し切る。
「――――というわけで、莫大な借金があるわたしは、借金取りさんに追われてるんです」
「ははぁー」
可憐な町娘に似つかわしくない、スーパーハードな人生譚。
クロカミは舌を巻いた。
「それは……大変でしたね」
ずっと町娘は顔を挙げていた。追い詰められた窮鼠のように潤んだ目をしていたが、しょげかえっている様子はない。
それどころか彼女の顔には、十二の試練を乗り越えんとする勇者のように、熱々の覚悟とやる気が漲っていた。
「何とかお金を稼いで返済したいんです」
そう言って、彼女は頭を下げる。
「どこか人を募集しているところ、ご存じありませんか?」
それをクエスト受付所で訊きますかー、とクロカミは思わず猫口になった。
当たり前の反応だろう。
普通、職探しで訪れる場所といえば職業安定所の一択。
なのに、この娘は知ってか知らずか、冒険者にしか仕事を渡さないクエスト受付所へやってきた。
ただの受付嬢であるクロカミでは、応対に困るに決まってる。
だが、町娘にも同情の余地はあった。
せめて行商人に事情を説明して丁稚奉公させてもらうだとか、収穫期の農家へ突撃して短期で雇ってもらうだとか工夫すればいいものを、彼女はそれをしなかった。
できなかったのだ。
(たーしかに借金取りに追われてるんじゃ、どこも雇ってくれないよねー)
多重債務者を採るようなホワイト会社なぞ、この始まりの街でもそうそう見つかるものではない。
彼女がどれだけ器量の良い娘だろうと、付録が怖いお兄さんたちとのご縁ではエントリー時点で弾かれてしまうだろう。
不運だ。
そして不憫だ。
もう彼女の人生は八方塞がり。取立人に身柄を拘束されて、クジラ漁に駆り出されるかいかがわしい行為をさせられるか。
自由からほど遠い生活を強いられるのは、目に見えていた。
……なんとか助けられないだろうか。
「ちなみに、雇用の条件は?」
とりあえず、クロカミは希望を訊いてみた。
「そうですね。寮付きの接客業であると嬉しいんですが……」
中々に度胸のある娘だ。
月給や週休などに言及せず、住環境と業務内容のみに焦点を当ててくるなんて芸当、国立魔法大学の新卒程度では絶対に真似できない。
たくましさを感じ取れるこの回答。
好印象である。
クロカミは立て続けに質問していく。
「――じゃあ、字の読み書きはできます?」
「できます」
「魔法道具を使った経験は?」
「家庭道具なら使いますし、免許の要らないものであれば大抵使えると思います」
「接客業が志望なのは?」
「お隣さんの八百屋で、よく売り子のお手伝いをしていたんです。
自分の取り柄は愛想くらいしかないですし、それ以外にできる仕事はないのかなと……自信はあります」
「ふぅむ、なるほどなるほど…………」
話を聞く限り、この町娘は特に大きな欠点を抱えていない。
それどころかド田舎出身だというのに識字もできる。
ハイテク機器も使える。
接客マナーの下地も身についている。
ハキハキ喋っているから印象もいい。
これで借金の問題さえなければなぁ。クロカミは頭を掻いた。
そこで、気付く。
……借金。
それが彼女の採用率ゼロパーの原因なのか?
違う。
彼女が雇用されないのは、借金取りが悪質な取り立てを強行することで、雇用先がとばっちりを喰う可能性があるからだ。
それを皆が怖がるからだ。
なら、降りかかる火の粉をものともしない雇用主が現れれば?
借金取りからの催促がない、夢のような職場を提供出来るとしたら?
そうすれば何事もなく、町娘は働くことができるだろう。
「――――よし、決めた」
一言、クロカミは呟いた。
そうだ。
ちょうど一人、女性職員を募集しているところがあったんだった。
町娘にはそこに就いてもらおう。
そうすれば全て解決。
彼女も私も万々歳だ。
心の中で計略を練ったクロカミは、町娘としっかり眼を合わせた。
そして。
彼女は最も重要なことを、告げた。
「君、ウチで採用ね」
「……へ?」
あり得ない角度からの不意打ち。
狐につままれたように、その場で町娘は茫然としていた。
それもそうだ。
受付所の勝手も知らない小娘が、その場で内定を決めるなんてまず有り得ない。
からかっているんじゃないかと疑うのだって致し方ないことだ。
だが確かに、クエスト受付所であれば町娘は就職可能かもしれない。
取立人の男たちが看板を見ただけで逃げ帰る施設なら、仕事をするうえで誰かに借金絡みの迷惑をかけることは絶対にない。
なぜ彼らが血相を変えたのか理由は不明だが、きっとそれなりの根拠はあるのだろう。
つまり彼女にとってすれば、この受付所は最高の隠れ蓑。
だからこそ、町娘は戸惑いを隠せない。
「――いやぁ最近さー、受付嬢の社員さんが一気に減っちゃったんだよねー」
採用を言い渡したクロカミは、彼女の心境になぞ興味はない様子だった。
呆気に取られる彼女のケアを放置し、一人で嬉しそうに盛り上がっていく。
「一人は寿退社で、もう一人は魔王退治に行っちゃって、実質二人しかいなくてさ。今までずっと大変だったんだよー」
そして、クロカミは町娘の肩をバンバン叩く。
新たな職員をゲットして興奮しているのだ。
「困ったもんだよねー。ツナギの人くらい紹介してからいなくなってよって感じ。
だから君が一人入ってくれるだけで、こっちはすごくありがたいんだー」
町娘は目を丸くしていた。
「……つまり、わたしを受付嬢として雇ってくださると?」
「そゆこと。理解が早いね」
受付嬢。
それはクエスト受付所カウンター担当の女性職員に付けられた俗称。
毎日大量に持ち込まれる依頼を捌き、整理し、吟味し、適切な冒険者と契約を交わす。
そういう仕事をする者のことだ。
「……わ、わたしなんかでいいんですか?」
「歓迎も歓迎、大歓迎だよー!」
「仕事内容とか全然知らないですよ?」
「だーいじょうぶ。
研修期間はちゃんと設けてるし、私がみっちり教えてあげるから!!」
しまいにクロカミは明朗に笑うと、町娘の頭をポンと叩いた。
どうやらこの受付嬢、本気で町娘を雇用する算段らしい。
人事部の許可も下りていないのに、一個人の判断でこんなことをして許されるのだろうか。
……多分、許される。
でなければ、一個人の判断でここまで話を進められるはずがない。越権行為をものともしていないのだ。
一連のやり取りからも、そのでたらめさ加減の片鱗は窺い知れる。
この受付所の採用管理の緩さに目を瞑っても、間違いない。
受付嬢クロカミ。
彼女は恐れ知らずの麗人であったのだ。
「――んじゃ、決まりね。明日からよろしくー」
「え? 面接とかしなくていいんですか?」
「いいのいいの、手続きは私が勝手にやっとくからさー」
「履歴書などはどうすれば?」
「必要ないよ、個人が特定できるものを見せてくれればね――あ、こんにちは。今日はどうされましたか?」
「え、あの、ちょっと!」
まだまだ聞きたいことは山ほどあったというのに、正職員であるクロカミは来館したお客様の対応へ行ってしまった。
ぽつねん。
その場に取り残された町娘は、足の動かし方を忘れてしまったかのように立ち尽くしていた。
「……ええっと」
ようやく喉から発せた言葉は、誰でも言えるような無味乾燥なものだった。
自分がどうなってしまうのか、先行き不透明にも限度があるだろう事態に巻き込まれた彼女は、何とはなしに天を仰ぐ。
「――テ、テキトーだなぁ……(困惑)」
こうして。
借金生活からの脱出のため、町娘は始まりの町で働くこととなった。
クエスト受付所という、波瀾万丈で奇天烈な職場にて。
そこで働く、アクの強い先輩方と共に。
【業務報告】
受付嬢を一名雇用。
ツッコミ適正あり。
以上。
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