「いたのか、間男」
クロカミは呆れ顔で言った。
「姿が見えないから死んだのかと思ったよ」
「お前にぶっ飛ばされて応急処置してたんだよ」
営業は少しだけ憤る。
「おかげで額が割れたんだぞ。ほら、見てみろよ、ほら」
その額にはバツ印の絆創膏が貼られた。
だが、血の量からして大した怪我ではなさそうだ。
益々クロカミの表情が呆れたものになる。
「…………それじゃ、あだ名は考えてくれたんですかねー?」
興味なさげにクロカミは訊ねた。
それに営業はガッツポーズで応える。
自信満々らしい。
「――もちろん! 良いのができてるぜ!」
おおっ、これは頼もしい。
なんとあの営業が、町娘のあだ名決めに割って入ってきた。
彼はクロカミより、幾ばくかは常識があったはずだ。
「バイト」よりもセンスの光るあだ名を考えてくれるに違いない。
そう思った町娘は、彼にすべてを託すことにした。
……壮大な、フラグである。
「俺の考えたあだ名、聞きたいかい?」
「はい、ぜひお願いします!」
「よぅし、とっておきのあだ名を贈ってあげるよ!」
彼は大声で叫んだ。
「美乳ちゃん、清楚ちゃん、低姿勢ちゃん、キョン(鹿科で眼がクリクリのあれ)ちゃん、食べちゃいたいほど愛い奴ちゃん、目に入れて痛いのはむしろご褒美ちゃん!
そ・し・て!
――我がクエストカウンターの姫!!!!
さぁ、どれでも好きなのをどうぞ!?」
ああ、うん、はい。
やっぱり期待するだけ無駄でした。
完全に死んだ目で営業の顔を直視した町娘は、クロカミに向かって静かに懇願する。
「――――すいません、バイトって呼んでください。後生です」
「おっけー、バイトちゃんね」
こうして、町娘はバイトへと名前が上書きされた。
横で「あれっ、俺の意見は聞いてない感じ?」とかほざいている男は、三十秒間だけ無視しておこう。
「……じゃあ、バイトちゃん」
通過儀礼を終えた新入社員へ、クロカミは真面目な顔で向き直った。
無意識のうちに、バイトの背筋もしゃんと伸びる。
「君にはさっそく、仕事を覚えてもらおうかな」
「はい! よろしくお願いします!」
仕事というワードでスイッチが入ったのか、バイトはすっくと立ちあがった。
「――最初はカウンターでの顧客対応、ですよね。がんばります!」
積極的な姿勢。
労働意欲バリバリの顔。
見るからに、バイトは張り切っていた。
だが、しかし。
「……あぁ、それは今日やらないよ」
「え?」
早々に、バイトはズッコケた。
水の入ったバケツを振り回して遊んでいたら、いつの間にか手からすっぽ抜けてお隣さん宅に水を撒いてしまった時のような。
そんな寂しい情動に彼女は襲われる。
「受付所の職員なのに、受付業務をやらないんですか?」
「うん。やらない」
のほほんとした表情で応えるクロカミ。
どういうことなのだろう。
聴かされていた話とは正反対の告白だ。
クエストの受諾をしない。
クエストの契約をしない。
では、
「……わたしは何をすればいいんですか?」
「ふふん」
軽快に鼻を鳴らしたクロカミは、とある紙を見せつけてきた。
ポスター大の紙面中央には、世にも恐ろしい怪鳥の絵が大きく描かれている。
これは…………モンスター討伐の依頼書?
「鷲さんがどうかしたんですか?」
「ま、想像つかないよね」
ちょっと残念そうに、クロカミは言った。
自分たちの仕事が世間に広く知られていないことを、嘆いているようだった。
依頼書を丸める間に、彼女はポツリとつぶやく。
「クエスト受付所の仕事って、館内で完結させられる楽な仕事だと思ってる人が多いんだよなー」
「……?」
意味深長な発言だった。
バイトの頭上に疑問符が付く。
もしかして何かこの先、クエスト受付所の名のイメージからかけ離れた出来事でも起きるのかもしれない。
だとしたら、心の準備をしておくべきか。
彼女は密かに神に祈った。
どうか危険な目に遭いませんように……!
「――じゃあ、制服に着替えてきてくれるかな。あと、外へ行く準備もしておいて」
「え、外ですか?」
「そうだよ。なるべく早く支度してね」
いったい何をやらされるのだろうか。
未来が読めず、バイトはぽかんと口を開ける。
その姿が滑稽に映ったのだろう。
悪戯っぽく目を細めて、クロカミは言った。
「――――冒険者の抜き打ちテスト、始めようか」
皆さんは学校や職場でなんて呼ばれてますか? 私はチビと呼ばれなければ何でもウェルカムな立場貫いてました。
……いつか骨延長手術してやろうかな。
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