幸いにも、古代竜を追い払ってからというもの、ズン王国軍の攻勢は下火になった。
今日も手負いの私に代わって、傭兵団からの依頼を受けたバルガスとジークルーンは出払っていた。
ちなみに先日。
ジークルーンはマリーのお抱えの騎士となり、彼女の夢は叶ったのだった。
しかし、最近の私は古代竜との死闘の影響で疲れが抜けないでいた。
……そして、その事件は唐突に起こった。
「ガウ~、こっちのお肉も宜しく!」
「ぽこ~」
今日は岩石王ことエンケラドゥス夫妻を招いての、小さなホームパーティーだった。
マリーから、我が領地の特産品である熟成イノシシ肉を焼いてくれと頼まれたのである。
「出でよ炎の精霊サラマンダー! ファイアウォール!」
強火で周囲を炙る様に、炎の魔法を唱えた。
……が、
「きゃあ!」
イノシシ肉を運んできたマリーを、肉と間違って焼いてしまったのだ。
しかも、服だけをこんがり強火で焼いてしまったため、マリーは一糸まとわぬあられもない姿になってしまった。
さらに反動でこけたマリーの胸と、私の顔がコンニチハしてしまったのだ。
「これは眼福、眼福!」
「ちょっと、アナタ!」
岩石王の発言に、岩石王の奥さんが鼻白む。
……私は鼻白むどころか、顔が真っ青になってしまった。
『やべぇ……、殺される!』
私は観念した。
その後、私の左頬はマリーの愛杖がめり込み、大破してしまったのだった……。
☆★☆★☆
――左頬大破事件から3日後。
はるばるパウルス王国の王都から、ベルンシュタイン領に初めての大規模な商隊が来た。
傭兵25名に守られた、王都の有名大商館様たちの混成商隊だった。
ベルンシュタイン領は魔物が住む森に覆われているために、今まで大手の商館が商売しに来ることは無かった。
しかし、マリーが準男爵に任じられることになってから、ベルンシュタイン領は一躍脚光を浴びるようになったのだ。
「ガウ殿、左頬は如何なされた?」
「いえいえ、先日クマに襲われましてね! ははは……」
私は商人の心配をよそに、領内の溶鉱炉に案内する。
丁度、力自慢のオーク達が汗まみれになり、炉に木炭と鉄鉱石を運び入れていた。
「ほほう、ここで鉄を溶かしているわけですね!」
「そうです、作った鉄はあちらの水車小屋に運んで、叩いて加工します」
「なるほど!」
「仰っていただければ、鍋や釜、鎧などもお造り出来ますよ!」
私の前世はしがない営業職だった。
よって、こういう腰の低い案内スタイルが自然とスラスラできる。
……悲しいかな、しみついていて、死んでもとれない性のようだった。
「とりあえず、鉄をインゴットで50本頂けますか?」
「毎度あり!」
「他に銅が25本に、銀を25本……」
羊皮紙に注文を次々に書き込んでいく。
王都は相次ぐ戦乱で金属不足の様で、ある程度の価格でも飛ぶように注文が入った。
……これは前金を頂いたら、すぐに炉を増設しよう。
売れるなら沢山作る甲斐もある。
「沢山注文いただいたので、臨時ボーナスを出しますよ!」
「「「やったー!」」」
作業員のオーク達が喜ぶ。
これからも領内一丸となって儲けねば……、ふふふ。
他にも、川魚の干物なども、大量に注文が入る。
小麦も買い入れたいとの申し出だったが、農産物は売るほどは生産できていなかった。
――その晩の夕食会。
「こちら、今年の果実酒になります!」
「おお、頂きますぞ!」
マリー準男爵様が不機嫌なので、私が商人たちにお酒を注いで回る。
「このイノシシ肉が絶品ですな!」
「素晴らしい! こんなのは食べたことがありませんぞ!」
王都の商人たちから、次々に称賛の声が上がる。
このイノシシ肉は新鮮なうちに下処理を行い、さらに得意の闇魔法で熟成したのだ。
前世の高級和牛の赤身にも劣らぬ、深い味わいとなっていた。
……やはり、みんなお肉は好きだな。
「お替わりはありますから、どんどん食べてくださいね!」
「おお! ありがたい!」
「ガウ殿、このイノシシ肉も売っていただくわけにはいきませんかな?」
複数の商人から、この肉を売ってもらえないかとの打診が入る。
「ええ! お売りしますよ! 明日の朝一番に、ご案内しますね!」
「うはは! 流石、マリー準男爵様の執事殿は、やり手ですな!」
……執事!?
人間の姿をしていると、執事に見えるのだろうか?
まぁ、家来の設定だから、あってはいるのだろうけどね。
――夕食の後。
城の執務室にて、
「200頭分だって!?」
「いえいえ、こちらの方も100頭分をご所望ですよ!」
女バンパイアの秘書であるイオと、頂いた注文書の山を整理する。
近くの山のイノシシが絶滅してしまいそうな注文量となっていたのだった。
――翌日。
「またのお越しをお待ちしております!」
「道中、お気をつけて!」
機嫌がいくらか治ったマリーと共に、今回の大商隊をお見送りする。
長引く戦争で、物入りな貴族家や地方領主にとって、御用商人のような存在は大切だったのだ。
我がベルンシュタイン家も、貴重な現金収入を沢山手にすることが出来た。
前金だけでかなりの額となっていたのだ。
この資金を元手に、さらに領地を発展させることが、鋭意可能となっていったのだった。
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