「お爺ちゃんを倒す!?」
片付けが半ば終わったパーティー会場に、私の声が響く。
「ええ、倒して欲しいのです!」
小さな角が生えている少女が、涙ぐんで言葉を繋ぐ。
どうやら、嘘冗談では無いようだった。
「貴女様はどちらの御息女様ですかな?」
スコットさんが恭しく尋ねる。
今気づいたが、この少女の服装は貴族のものと思われた。
「わたくしはレーヴァティンの孫娘です」
「えっと、少々お待ちくださいね」
聞きなれない名前に、スコットさんと書斎に行き、魔族が詳しく書かれた事典で調べる。
そこには小さく記載があった。
「……!?」
……レーヴァティンとは、伝説のエンシェントドラゴンの名前であった。
――エンシェントドラゴン
体力、魔力のみならず、その知性も人知を遥かに超える古代竜。
……つまり、ほぼ全能なる神に比肩する存在。
「……さ、流石に無理かな? お嬢ちゃん」
急いで書斎から大広間に戻り、竜族の御息女に弁明する。
そもそも、エンシェントドラゴンとは、存在するかどうかも謎なくらいの存在だったのだ。
「わたくしのお爺ちゃん病気なの……、助けて……」
再び泣かれてしまう。
……しかし、古代竜って病気になるのかな?
「貴方の物になってあげるから、お願い!!」
給仕係のオークの目線が痛い。
ええっと、広間でそんなことを大声で言わないで欲しいな……。
「わかりました、執務室の方でお話をお聞きしますね!」
竜族の少女をあやしながら、執務室に案内する。
秘書のバンパイアであるイオの目線が、妙に生暖かい。
「……で、お爺ちゃんが病気だって話まで聞いたね」
「うん」
泣き止んだ少女から、いろいろと事情を聴く。
彼女の祖父は古代竜らしいが、半年前に不治の病気になったらしい。
その後、病気見舞いに訪れた魔王アトラスの献上した薬を飲んだ後、さらにおかしい容体となってしまったようだった。
古代竜曰く、もう治らないので、倒して欲しいとの事だった。
「おかしい容体ってどんなの?」
「アトラスのおじちゃんの言うことを聞かないと、気が狂っちゃて暴れちゃうの……」
……げ、魔王の言うなりとは怖いな。
まぁ、本来騙されるはずは無かったのだろうけど、そこは病気中だしな。
「小隊長殿、戦場で巨大なドラゴンを見たという証言も、傭兵団からありましたぞ!」
傭兵団からの連絡係でここにいる、シェル爺さんが口を開いた。
ちなみに、傭兵団からの仕事は、今も継続的にこなしている。
私が忙しく、直接に行かないだけで、ジークルーンやルカニ、バルガスなどが順番に仕事を受けていた。
「お爺ちゃんはね、戦場になんか行きたくないの!」
「……そうでしょうとも、古代竜に戦争に度々介入されては、魔族も人間も滅びかねませんからな!」
頷くスコットさんの言い分と、少女の発言の趣旨は少し違う気もするが、結果としては同じことだった。
「まぁ、倒してあげればいいじゃろ!」
いつの間にか執務室に入ってきた岩石王エンケラドゥス。
「我が盟友が、古代竜と親戚になれて悪い話じゃあない! わはは!」
「いやいや、どうやって倒すんですか? 古代竜ですよ!」
「戦闘だけに関しては、魔族屈指のパール伯爵を倒したお前さん以外に、適任なぞおらんだろ!?」
……くそう、あれはマグレな気がしてきたぞ。
そもそも、あれって倒したのはポココなのでは?
「お爺ちゃんを助けて!」
「わかりましたよ! やればいいんでしょ! やれば!」
半ばやけになりながらも、承諾することにした。
ヤバかったら逃げて帰るとしよう。
……その後、1か月ほど岩石王にも協力してもらい、対ドラゴン戦を念頭に戦闘訓練を行ったのだった。
☆★☆★☆
古代竜との戦闘の準備をしていると、
「小隊長殿! 急報です!」
「何事だ!?」
私の代わりに、バルガスが大きな声で返事をする。
急報を知らせてきたのは、旧知の傭兵団のメンバー。
しかし、内容は人間では仲良くしている数少ない人物、ザームエル男爵からの救援依頼だった。
受け取った書状によると、男爵が守っている小さな砦が、いきなり多数の小型龍族からなるズン王国軍に襲われたらしい。
「……旦那様、ひょっとしてこれは?」
「……かもねぇ」
書状を覗き込んでくるスコットさん。
多分、古代竜と魔王アトラスに関係しているだろう。
魔王アトラスは、人間側の認識としては、新しいズン王国の王である。
「ガウ、先に救援に行ってあげたら?」
マリーに言われ、レーヴァティンの孫娘の方を見る。
「そのようなお急ぎの要件があるなら、あとでも構いません」
そう言ってもらえたので、とりあえずはザームエル男爵の救援を先にすることにしたのだった。
「バルガス! 皆の動員の準備を!」
「お任せあれ!」
今度は討伐ではなく、戦争の援軍だ。
此方も相応の人数を連れて行く手はずを頼む。
「イオ! 皆の食料と武器の用意を頼む!」
「かしこまりました!」
秘書のバンパイアに兵站の準備を依頼する。
「急ぎ地図をくれ!」
「はっ! ここに!」
地図を受け取り城の外へと出ると、納屋からドラゴを連れ出し、その背にマリーとポココを乗せる。
私は鞄にスコットさんを詰め込むと、背中に力を込めた。
――メリメリメリ
巨人の体の背中から、全幅8mもの蝙蝠のような大きい羽が生える。
パール伯爵の心臓を食べてからというもの、背中がむずがゆかったのだが、その実は羽が生えかけていたのだ。
ドラゴごと抱え、私は大空へと羽ばたいたのだった……。
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