日暮れにやってきた賓客は、背中に羽の生えた悪魔だった。
レッサーデーモンのお供を二匹連れているそれは、スコットさんが言うにはアークデーモンという個体らしかった。
思ったよりムキムキの悪魔である。
「パール伯爵ご討伐の儀、誠に祝着でございます……」
「ありがとう」
アークデーモンは私の前に跪き、お祝いの言葉を重ねて来る。
褒められて嬉しくない訳でもない。
しかし、パール伯爵がいなくなったのは、彼等にとって何のメリットがあるのだろう?
「……さて、わが主ベリアルと致しましては、現魔王アトラスの横暴を許すわけにはいきません!」
「ほぉ」
……本題というやつだな。
「……で、我が主ベリアルが魔王となった暁には、ベルンシュタイン伯に公爵位、つまり魔族のロードの地位を進呈いたしたい!」
「……ははは」
返答に困り、愛想笑いを返すが、魔族の公爵位とはそんなにいいモノのだろうか?
「……で、その為にはなにをすればいいんです?」
「さすが、お話が早いですな!」
「実は二週間後に開かれる魔王選出会議で、我が主を魔王にご推挙願いたいのです」
「当日の招待状はおってお送りいたします……」
アークデーモンはそう告げるなり、早々に帰っていった。
魔王の選挙でもするのだろうか?
……なんだか行ってみたいような、でも怖いような、そんな気持ちだった。
☆★☆★☆
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」
マリーに見送られ出発する。
今回もドラゴに乗ることが出来た。
鞄にはスコットさんを詰め、背中にはポココがしがみ付いた。
「旦那様、今回、ワシは留守番したいなぁ……」
「駄目!」
「駄目ぽこ~」
死霊のスコットさんがいないと、魔族の仕組みとか風習とか全然分からない。
行きたくないかもしれないが、連れて行かない選択肢は無かった。
二週間かけて山を越え、森を抜けた。
さらに高い山を登る。
招待状にあった地図の場所には、小さくも古風な宮殿があった。
庭には噴水や、奇麗に整備された花壇が見える。
「いらっしゃいませ、ベルンシュタイン伯爵でいらっしゃいますね」
「どうぞこちらへ」
執事のグレーターデーモンに案内された部屋には、円卓がおかれ、椅子が9つ用意されていた。
「これはこれは、ベルンシュタイン殿ですな? 先日にあのパール殿を討伐されたそうで!」
「……あ、恐れ入ります」
先に座っていた、肌が岩石のような大男に声を掛けられる。
「あ、申し遅れました。某、岩石王のエンケラドゥスと申す!」
陽気なプロレスラーみたいな男だった。
こういう人ばかりだと楽しいかもしれないが、その隣の男は無口で怖そうな男だった。
「……ども」
会釈だけして、名札がおかれた席に着いた。
他の出席者からも、私がパール伯爵を倒したということにお褒めを頂く。
彼を倒したことは、そんなにすごいことだったのだろうか?
「皆さま、ようこそお集まりいただきました! 私、今回議長のベリアルと申します!」
欠席者3名を除き、最後にやってきた魔物は、端正な顔立ちの細身の悪魔だった。
『……げ、あれはデーモンロードですぞ!』
スコットさんが耳元でつぶやく。
……というか、魔王を決める会議なのだから、何が出てきてもおかしくなさそうだが。
ベリアルは言葉を続ける。
「この度、600年ぶりにこの会議のメンバーが変わりました。パール伯爵に代わりまして、ベルンシュタイン伯爵となっております!」
――パチパチパチ
衆目が私に移り、拍手を受ける。
なんだか照れくさいね……。
「……さて、今回の議題は、先日魔王を勝手に僭称したアトラスについてです」
「我々、魔王選出会議はこれに抗すべく、新たな魔王を選出したいと思います!」
9つの席の内、3つは空席だ。
多分、現魔王アトラスとその派閥の魔族のものだろう。
「……では、皆さま他薦ということで……、先ずはパール伯爵をお倒しになったベルンシュタイン殿、いかがですか?」
……てか、いきなり御指名。
とても緊張する。
「ベリアル殿で如何でしょうか?」
出来レースに参加して興ざめな気もするが、一応頼まれたので推挙しておく。
……魔王を決める会議だから、さぞや揉めるだろうと気をもんでいたのだが、あっさりとベリアル氏に決まった。
「あ~はっはっは、やはりこの地上一美しい私に決まってしまうのですね!」
ベリアルさんが何故か突如ハイテンションに……。
そこへ隣の岩石王が耳打ちしてくる。
『彼は良い男なのですが、その、若干ナルシストでしてな、ははは……』
……ははは、次期魔王様はナルシストなんですね。
☆★☆★☆
その後、魔王就任の御祝のパーティー会場に移動する。
豪華な料理と果物、そして高級酒が並ぶ。
ここには、会議出席メンバー以外に、100名ほどの高位の魔物が出席していた。
「怖いポコ~」
「全く、場違いですな!」
そういうのは、ただの死霊に、ただのタヌキ。
かくいう私も、少し前まではただの巨人でしかなかったのだが……。
「まぁ、硬くおなりになるな」
私のグラスに果実酒を注いでくれるのは、先ほど知り合った岩石王のエンケラドゥスさん。
我々3名の緊張を解してくれた。
「まぁ、でもですな、これで魔族も二派にわかれますな……」
心配そうな岩石王。
「……でも、魔王って自称って多くいらっしゃるんでしょう?」
そう言ってみると、
「いやいや、今回はそうではないんですよね……」
……魔族の内情も人間様と同じく複雑であるようだった。
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