――月が煌めく夜半。
「ぐっ!」
暗闇をドラゴの引く幌付きの荷車で御者をしていると、突然に矢が左ひざに刺さる。
矢を調べると黒塗りの毒矢だった。
明らかに殺害目的の攻撃といえよう。
「ガウ、どうかしたの?」
「どうしたポコ?」
マリーとポココに尋ねられるが、
「敵だ! 頭を低くして!」
と、注意喚起する。
そして、急いでドラゴの手綱を操り、皆が乗る荷車を、路肩の木々の中へと隠す。
「誰だ!?」
最初は強盗目的の山賊かと思ったのだが、矢ばかりが飛んでくるだけで、相手が一向に姿を現しては来ない。
「出てこい、臆病者め!」
そう挑発してみるも、返答は黒塗りの毒矢ばかりであった。
「スコットさん、相手がだれか見て来てくれない?」
「了解です!」
そもそも幽体で、毒矢に耐性がありそうなスコットさんに偵察を頼む。
……が、スコットさんはすぐに戻ってくる。
「旦那様、矢を抜いて下さい。痛い!」
スコットさんに刺さっていたのは、アンデッドモンスター対策が施されていた銀矢だった。
……これはただの山賊じゃないな。
ひょっとして、此方のパーティーの構造までわかっている確信犯的な襲撃かもしれなかった。
「……痛いですがな!?」
矢を剣で払わず、ワザとしゃべる盾で矢を受ける。
盾に刺さった矢の方角向けて、矢を撃ち返した。
「グァ!?」
何度かそのようなことを続けていると、敵に矢が当たったようだった。
「スコットさん、みんなを頼む!」
「了解です!」
スコットさんに荷車の守りを頼むと、矢が当たったであろう敵の場所まで疾駆する。
「なんだこれは!?」
驚くべきことに、矢を受け絶命していた敵は、姿を消せる魔法の衣を被っていた。
衣を剥ぐと、中から現れたのは、着こんだ甲冑まで黒色に塗られた、魔族の射手であった。
しかも、弓から剣から鎧まで、一級品の装備をしていた。
「……くそう!」
これは明らかに、我々に対する暗殺目的だ。
装備からするに、相手はきっとただものじゃない。
私は急いで荷車まで戻った。
「……こ、これは、難敵ですな!」
敵が持っていた身を隠す魔法の品を見せると、スコットさんも唸る。
敵が身を隠したまま遠距離の物理攻撃に徹するのは、私が近接攻撃である剣技に強いことや、マリーやスコットさんが魔法を得意なのを下調べしているのだろう。
……どうしたらいいのだろう?
皆で顔を合わせて対応を思案していると、
「……でも、私の情報は無いんじゃないです?」
そう言ったのは、今回の旅のメンバーに入っていた、古代竜の孫娘アイリーンだった。
☆★☆★☆
「出でよ、僕たる火竜! 周囲の敵を焼き尽くせ!」
アイリーンがそう唱えると、上空に全長10mクラスのレッドドラゴンが現れた。
……そう、彼女の特技は、様々なドラゴンを召喚できるとのことだった。
レッドドラゴンは我々の周囲の木々に向けて、高温の炎のブレスを吐きかける。
「ギャァァア!」
あちこちの木々の影から、火に包まれた暗殺者の姿が現れる。
その姿めがけて、私の矢やマリーの必殺の魔法が襲った。
此方はさらに、スコットさんやポココが炎対策の結界を展開。
敵にだけ、一方的にレッドドラゴンの炎が浴びせられた。
しばらくこちらに有利な展開が続くと、突然に暗闇からレッドドラゴンに飛び掛かる黒い影が、月の光の逆光に浮かび上がる。
敵がしびれを切らし、こちらの攻撃のキーであるレッドドラゴンを狙うであろうことが、今回の作戦の要だった。
「今だ!」
私はその黒い影めがけて飛び掛かり、そして斬りかかる。
――ザシュ
眼で確認できたわけではないが、確かな手ごたえがあった。
『ドサッ』という音とともに、黒い影が血を迸らせながらに、地面に倒れ込む。
その姿は見たことがある。
以前にパール伯爵を倒すよう依頼してきた、黒騎士エドワードの姿であった。
☆★☆★☆
「殺せ!」
脇腹にできた深手の傷口を抑え、倒れたエドワードは観念したように口を開く。
大量に流れ出た血が、周囲の地面に光る。
その様子と同時に、周囲から気配が減っていく。
彼の部下が逃げ去ったようだった。
「何の恨みがあって、襲って来た!?」
「恨みはない! 主の命令こそが全て!」
敵とは言え、騎士らしい発言だった。
こういう奴に、主が誰かと聞くのも失礼だろう。
私は彼の首筋に、静かに剣をあてる。
剣は月明かりで妖しく光る。
「……」
「……なぜ、止めを刺さぬ?」
「……、刺したくないからかな?」
「……」
☆★☆★☆
私達は気を取り直し、ドラゴの曳く荷車で、魔王ベリアルの居館へと急いでいた。
夜間でも、竜族であるドラゴの足並みは速く力強い。
「ガウ、なんで止めを刺さなかったの?」
再び荷車の客となるマリーが、御者台に座る私に問いかけてきた。
「じゃあ、マリーが刺したければ刺せばよかったじゃない?」
「ガウのいじわる」
「あはは……」
確かに止めを刺した方がよかったのかもしれない。
そんな気もする。
……でも、そうしない方が良い気が、私たちの中ではあったのだ。
「エンケラドゥスさんもお元気かな?」
「そういや、しばらく連絡がなかったね。お忙しかったのかな?」
しばらく連絡のない岩石王の話もしながら、朝方には森を抜ける。
魔王ベリアルの居館がある山々は、もうすぐそこであった。
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