『公爵様、ご武運を!』
ここへ来る前に、レーヴァティンの孫娘に渡された、お世辞にも上等とは言えないネックレスを首に掛ける。
流石にあの巨竜を相手にするのに、報酬がこのネックレスだけとはな……、と自嘲する。
いざとなれば、すぐに逃げるようにマリーには伝えてある。
私も逃げたい気持ちは山々なのだが、まぁここで終わる人生も悪くないのではと考えてしまう。
……想えば、二度目のこの世界での人生は、意外と好きに生きることが出来た。
温かい家に、温かい仲間、温かい家族。
そして爵位に城。
さらに言えば、人知を超える戦闘力。
前世の力ない私には、どれも望むべくもないモノばかりだった。
この世界への感謝の証として、死地に赴こう。
私はそう思ったのだった。
「旦那様、武者震いですか?」
「……いや、怖いだけだよ」
我に返り、隣に浮遊するスコットさんに振り向くと、もう魔物も人間も逃げ散っており、無人の荒野が拡がっていた。
もちろん正面には、古代竜レーヴァティンがそびえ立っていた。
「小僧、逃ゲヌノカ!?」
低く小さい声が、空気を震わせる。
「実は、逃げ遅れた!」
逃げるべきだったとも思った、自分としての正直な返答となった。
「……デハ、迷ワズ死ネ!」
――ゴォオオオ
巨大竜が大気を吸い上げた後、一気呵成に炎を噴きつけてきた。
「くっ!」
スコットさんを懐に隠し、盾を掲げ、歯を食いしばる。
高温の輻射熱によって、衣服が焦げる。
あまりの炎の勢いによって、足がくるぶしまで地面に埋もれてしまった。
事前にマリーに炎耐性の防御魔法を重ね掛けしてもらっていなければ、この世界の素子にまで分解されていそうな威力だった。
「……ナ、何故生キテオル!?」
古代竜が不思議そうに呟く。
……ふふふ、さあ反撃だ。
私は不思議なくらい、この戦いに高揚していた。
☆★☆★☆
鉄をも溶かす高温の炎のブレスを躱しながら、切り込むこと7度。
……しかし、相手に与えたのは足元へのかすり傷のみだった。
魔剣イスカンダルによって、古代竜の魔力を幾ばくか吸い上げていたが、彼我の戦闘力が縮まることは無さそうだった。
「スコットさん、防御結界を頼む!」
「任せた!」
私はスコットさんに防御を一任すると、高位魔法の詠唱に取り掛かった。
「開け荘厳なる冥界の門、七度我に魔神の力を付与させ給え! 秘儀・ダークロード・イリュージョン!」
これはパール伯爵の十八番の魔法だった。
過剰な魔力が飽和し、体のあちこちの毛細血管が切れる音がする。
体への負荷は大きかったが、その効果は絶大だった。
私の体は、その戦闘力を維持したまま7体へと分化した。
つまりは戦力が7倍と化したのだ。
「出でよ! 屈強なる地獄の剣士たち! ドラゴントゥース・ウォーリアー!」
「炎の怪鳥よ! 我が敵を焼き尽くせ! ファイアー・フェニックス!」
二人の私が魔法を唱え、五人の私が古代竜に斬りかかった。
「ク……、小癪ナ!」
古代竜は大きいために、複数で纏わりつく私にイラついているようだった。
召喚した竜牙兵も、古代竜の足元めがけて、一斉に攻撃を始めていた。
更にはスコットさんの電撃魔法が、古代竜の頭部付近を襲う。
古代竜は段々と失血し始めていたのだった。
「!?」
最初は装飾品だと思っていたのだが、古代竜の左手にある腕輪の形に、既視感を覚える。
……!?
あ、これは以前マリーに施されていた魔法封じの輪だ。
ということは、古代竜は力を封じられたまま私と戦っているということになる。
一体誰に施されたのだろうか?
「レーヴァティンよ、その左手の腕輪は何だ!?」
気になったので、素直に聞いてみることにした。
「ナンダト? 余ノ腕ニ腕輪トナ?」
どうやら古代竜自身には見えないようだった。
……どういうことだろう?
「うぐ!?」
腕輪に気をとられていると、古代竜の鋭い爪によって、等身分身の体が二つ消滅させられた。
「開け荘厳なる冥界の門、七度我に魔神の力を付与させ給え! 秘儀・ダークロード・イリュージョン!」
スコットさんに同じように時間を稼いでもらい、再び等身大の体をさらに7体召喚した。
魔力の過剰使用に伴い、皮膚には禍々しい模様の痣が浮かんでくる。
「……旦那様、それ以上は……、もうその禁忌の術はお使いになりますな!」
スコットさんが心配してくる。
しかし、これを使わねば、エンシェントドラゴン相手に伍する方法がないのだ。
使わないこと。
それは死と同義であり、使わない手段は無かったのだ。
☆★☆★☆
「開け荘厳なる冥界の門、七度我に魔神の力を付与させ給え!……がはっ!」
7度目の詠唱には、ついに失敗。
詠唱効果どころか、口から血の塊を吐いてしまった。
……万策尽きたか!?
「旦那様!」
スコットさんが心配してくる。
しかし、6度目の詠唱からの攻撃で、古代竜の左目から光を失わせていた。
古代竜の硬い表皮にも、生傷が目立ってきたのだ。
こっちの攻撃がまるで無駄でもないようだった。
……あともう少し体が持ってくれれば。
――ガクッ
「だ、旦那様、しっかりしてください!」
私は魔力の使い過ぎで、全身から力が抜けてしまい、左ひざを大地に着けてしまったのだった。
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