初めまして、藍浦流星と申します。
本作品は過激な描写がございます。
苦手な方はご注意ください。
昔幼なじみと話したことを思い出していた。
将来の夢についての事だった。
「イシルは大きくなったら何になりたいの〜?」
栗色の髪をした、ぱっちりとした目。
人懐っこそうな愛嬌のある、愛おしかった幼なじみの女の子。
名前はハルという、最初にできた大切な人の名前だ。
対して僕ことイシルは、焦げ茶色の少し癖っ毛で目つきは垂れ目。
お父さんとお母さんには何でいつも眠そうなんだといじられるほど、眠そうな顔つきだ。
僕の住んでいるフアナ村は近隣住民のトラブルすら起こらない平和すぎる村で、のほほんとした空気に影響されたのだろうか。
この村自体、世界屈指の大国である聖マルティアナ王国の領土内なのも相まって
基本安泰で、経済的に苦しいこともない。
せいぜい起こるトラブルが、ハチに刺されてすごく痛いと喚く子供がたまに現れるくらいだ。
そんな平和な村で生まれたからには眠そうな顔つきにもなると一人で理論武装していると、ハルがまた将来の夢は何?聞いてると言ってきた。
僕はハルの質問に答える前に、なぜそんな事を気になったのか気になったためこちらから聞き返すことにした。
「どうしたの急に?」
「だから〜!イシルは大きくなったら何になりたいの!」
「んー、そうだなぁ。みんなと平和に過ごせたら何もいらないかな」
「えー!つまらないよ!もっとドーンと行こうよ!
「ハルちゃんどこでそんな言葉覚えたの…」
ハルは結構豪快なところがあった。あそこに伝説のモンスターがいるかもしれないと言って僕を強引に連れまわし、泥まみれにした挙句ちっこい虫しかいなかったなんて事がザラだった。
だけどそんな時間は嫌いじゃなかったし、ハルといて楽しいから僕は喜んで泥まみれになっていた。
基本僕は平和主義者だが、一つだけ平穏じゃないところがあった。
僕の名前だ、イシルという名前は昔から言い伝えられる伝説の勇者と同じ名前なのだ。
普通勇者の名前は畏れ多くて誰もつけないというのが常識だったのだが、お父さん曰く。
誰よりも勇敢であれ、困っている人を助ける男はかっこいいぞ、だから勇者イシルと同じ名前をお前につけたとの事。
だけど僕自身は、そんな勇者みたいに荒っぽいことなんてしたくないし、村の平和な暮らしが好きだった。
大して目の前にいるハルはそんな僕と違って、何か変な虫がいるから一緒に観に行こうとか、泥遊びしようとか、とにかく興味のある場所に向かって突っ込んでいくような子だ。
「なんでまたそんなことを…」
「これ昨日読んだの!」
とハルが目の前に何やら茶色に薄汚れた古本を出してきた。
表紙には勇者イシルの物語と書いてあった。
イシルの物語なんて普遍的だ、人々を苦しめる魔王を倒す話。
魔物から世界を救うと言った話だ。
「今更読んだの?僕それ死ぬほど読まされたんだけど」
「イシルと同じ名前だからびっくりしたの!」
「あのねハルちゃん、僕はイシルみたいに強くないし、名前だけが同じのただの村人だよ?」
「そんなことは知ってるよ!だってイシルひ弱でナメクジ野郎って言ってたもん!」
「おい誰だそんな失礼なことを言ったのは」
「イシルのお父さん!」
「ジジィ!」
肉親に馬鹿されるのか僕はと落胆しているとハルが優しい表情でこちらを観ていた。
そこにはふざけも一切ない、真剣な表情だとなんとなく言われなくてもわかった。
「でも私にとってイシルは十分勇者様だよ?」
「僕何かしたっけな…」
「いつもわがまま聞いてくれてそばにいてくれたじゃん!」
「それは幼な地味だから心配で」
「すごく嬉しいの、一緒にいてくれるの」
真っ直ぐな好意とはまさにこの事だろうか、ずばりと言い切ったその時のハルの顔は
本当に輝いていて、可愛らしい女の子だった。
「だから私にとっての勇者様はイシルなの、本のじゃなくてね!」
「お、おう。いや照れくさいんだけど…」
「名前は同じだけど私にとっての勇者イシルは目の前にいるイシルなの!」
ハルの眩しい笑顔を見て、顔が熱くなる。
そんなハルの将来の夢は何?と僕は聞く。
「私の夢はね…イシルと一緒に楽しく過ごす事!」
「夢って言えるのかそれ…でも嬉しいよ」
「えへへ…」
その時のハルの笑顔は今でも忘れられない。
魂にしっかりと焼き付けているから。
「うわあああああ!魔物の大群が来たぞ!!!」
「女子供は早く逃せ、武器は何でもいい!農具でも何でも使え!」
その日は突然やってきた、魔物の大群がこちらへやってきた。
一言に魔物と言っても、獣の集団じゃない。
人型の魔物はしっかりとした武装をしており、知能もある。
普段あまり見ることがないので、王国所属の軍隊や騎士などが対応するといったことが
ほとんどだ。
だからこそ何故こんな何もない、ただそこに平和に暮らしていた僕たちを襲ったのか理由がわからなかった。
平和が大好きな僕の世界は破壊されてしまったのだ。
「父さん!一緒に逃げよう!ここに残ったら死んじゃうって!」
「イシル、それは出来ない。奴らの数は多い。足止め役がたくさん必要になる」
「でも!」
「聞きなさいイシル!」
占い師ではないけれど、そんな僕でもわかるくらい父さんの顔には死相が浮かんでいるような気がした。
「足止めがいなくなれば確実に追いつかれる、そしたら皆殺しにされる。それだけは何としても避けたい。村を出てまっすぐ東に迎え、王国軍の駐屯地があるはずだ。そこに助けを求めろ。」
「父さんを置いて行きたくない…」
「大丈夫だ…父さんは強いんだ、ちゃんと鍛えてるからな」
強がりなのは子供の僕でもわかる、手が微かに震えている。
父さんだって人間なのだ、そんな父さんを観て無理するなとは言えなかった。
「イシル…行こう」
「あなた…大丈夫、子供たちは任せて」
「ハル…母さん」
一緒に避難しようとしたハルがボソリと言った。母さんは泣きながらそう言った。
僕は何でこんなことにとずっと考えていた、その時。
「ウオオオオオオオオオ!!!!」
「なっ…伏せっ」
雄叫びみたいな声が響く、その瞬間地面が赤く光り始めた。
それが魔物が放った魔法だと気付いた瞬間、空間そのものが砕けたと錯覚するような衝撃と爆風で吹き飛ばされた。
僕はものすごい勢いで体が宙を舞うのがわかった。五体満足なのが不思議だったが、爆発の直前で目の前に魔法陣を光っていたのをみていた自分は、魔法で守られたのだと理解した。
だが衝撃までは打ち消せなかったのか、蹴飛ばされたボールのように吹っ飛び、何回か地面をバウンドして止まった。
「う、うえええええ…」
急に放り出された衝撃や腹部への鈍痛で吐き戻してしまった。
苦しい、でも生きている。ハル…母さん、父さんは…?
よろめきながら僕は焼け野原になってしまった村をひたすら歩く。まだそんな遠くないはず。
「ハル!!!!母さん!!!父さん!!!」
誰も答えない、割と歩いているはずだ。近くにいるのに何故返事がない。
呼び掛けても誰も返してこない、あるのは火が建物やら死体が焼けるパチパチとした音。
魔物なのか人なのかわからない誰かのうめき声、ついこないだまで平和に過ごしていたはずの村は瞬く間に地獄へと変貌した。
「何で…何で」
僕は悲しみよりもフツフツと腹の中から湧き上がる憎しみの方が強くなっていくのを感じた。
ただそこで暮らしていただけなのに、何でこんな目に遭う。
何でこんなことをしたのか、魔物は何が目的なのだと。
「…ル」
「はっ…ハル?」
微かに声がした、誰よりも一緒にいたからわかる。
か細くてもそれがハルだとわかった。誰よりも大切な、好きな女の子の声。
「ハル!ハル!今行くから!」
「イシル…」
声のする方向へ走っていく、瓦礫の向こうからしている。
自分の背丈よりも高いが、そんなことは関係ない。
散らばった破片で手や足が怪我しつつも、痛みを全く感じずただひたすら瓦礫をよじ登った。
「ハル!」
やっと見つけてたと言おうと思った。
だが何も言えなかった、目の前の光景があまりにも現実離れしていたから。
ぐちゃりぐちゃりと啜るような音が聞こえる、魔物がハルの中身を引きずり出して食べていた。ハルは腰から下が無かった。
ハルは虚な目をしてうわ言のように僕の名前を呼んでいた。
「イシル…イシル」
「ハ…ル」
魔物は僕の存在に気付いたのか、ハルを貪るをやめこちらへ近づいていくる。
僕はそれを認識はしていたが動けなかった、もし死んだらハルと同じとこへ行けるのかな。
それなら僕はいいかなと冷静だった。
「伏せろ少年」
「!!」
凛々しい声が響く、すると銀色の閃光が魔物の頭を貫いた。
魔物は叫ぶ暇もなく事切れていた。
「隊長、生き残りは!」
「この少年だけだ…他は…」
「そんな…」
「まだ魔物がいるかも知れん、気を引き締めろ」
「はっ!」
統率の取れた動きで隊長と呼ばれた全身を鎧で包んだ銀色の騎士がそう部下らしき人物に伝えた。
僕は助かってしまった、ハルを置いて。
「何で…」
「大丈夫か少年?さあ離れよう、ここは危険だから」
「どうして助けたの?」
「どうしてとは?」
「僕は助かってしまった、好きな子が生きたまま喰われているのも観ていただけ、父さんも母さんもきっと消し飛んでしまった。村のみんなも絶対こんなひどい死に方なんてしなくてよかったのに」
僕は自分の近くの小さな世界だけがあればいいと思っていた。
ただ平和に過ごせればよかった。
「君は助かってよかったのだよ少年」
「何で言い切れるの?」
「君こそ何故死ぬべきと言い切れる?」
僕は言い返せなかった。
「この村で生きてきた君は、ここで亡くなった彼らの分まで幸せに生きるべきだ。」
「僕は全てを失った…」
「だが生きている、生きている限り、どうにでもなる。死んでいった彼らは君に死ねとは絶対に言わない。それは君が一番わかっているはずだ。」
ハルならきっと生きてほしいと言うことを容易に想像できていた。
ハルは優しい子だから。
「僕はどうしたらいいの、もう何もわからない」
「君の身柄は王国騎士団で預かる、そこで君を保護する。きちんと自立ができるその日まで、守り通すさ。」
「騎士か…」
「そうだ君の名前は?何と言う」
「イシル」
「かの勇者と…同じ名前か」
「僕は勇者と同じ名前なだけだよ、僕は今はただ」
ハルが何になりたいのかと聞いてあの時ははぐらかした。
ただ平和に過ごせたらそれでいいから。
でも今の僕はちょっとそう思えなかった。心の奥で煮えたぎる思いが湧いて出てきた。
僕は勇者のような高潔な人間じゃないけど、将来の夢は見つかった気がする。
「奴らをはやく殺し尽くしたくてたまらない」
この夢はきっと間違ってない、自分が平和に過ごすためだもの。
読みに来てくれた全ての人に感謝します。
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